第14話 ひつじ雲をかぞえて
あれから1年が過ぎようとしている。穏やかで幸せな日々は過ぎていくのも早いのか、一瞬だったような気がする。何も変わらず、大切な人たちと信頼できる仲間と、愛する人に囲まれて、毎日が当たり前のように過ぎて行った。毎日笑っていたような気がする。それはとても有意義で、特別なことだ。
浩之は、社会人2年目を迎えた4月に岡田さんの元を離れ、独り立ちした。そして私のクリニックには来なくなった。クリニックにはあいかわず岡田さんがやって来ている。昔から何事も即なくこなす浩之が、仕事では少し悪戦苦闘しているらしい。それは岡田さんが教えてくれた。でも、浩之は私と過ごしていてもそんな様子は一切見せなかった。少しそれが寂しかったが、浩之らしいと思うことにした。
タケちゃんは、夏に4年付き合った彼女と結婚した。入籍だけを済ませて、彼女はタケちゃんが住む街に引っ越して行った。あれから半年ほどが経とうとしているが、仲良くやっているそうだ。喧嘩はきっと絶えずしているんじゃないかと私は思っている。
里紗は、仕事が順調でとても忙しくしている。昔からバリバリ周りの人を仕切ったり、行動力も半端ないほどアクティブな里紗はニューヨークでもやっていけてるんだろう。ブライアンともうまく付き合っている。
今年は一度も集まれる時間がなかったけれど、私たちはいつもどこかで繋がっている。
私と浩之は、週末になるとお互いの家を行ったり来たりしている。たまに遊びに行ったり、食事に行ったり、ごく普通のカップルと同じだと思う。何も特別なことはない。
去年の今日、12月31日から私たちの時計の針が再び動き出した。止まっていた3年の日々を埋めるように一緒にいただけだ。
今年のお正月は浩之の実家に行く。私の両親は、母方のおばあちゃんが先週、転倒して足の骨を骨折した為、田舎に帰るらしい。これがとんでもない田舎で、何もないところだ。
普段は、田舎に残った叔母さんと叔父さんが面倒を見ている。
小さな島で、コンビニも食事ができるようなお店も、信号も、横断歩道も、駐在さんだってちゃんと休みをとるのでいない。都会で育った私には何もかもが新鮮で、衝撃を受けるようなところだ。そんな田舎で育った両親は、早くも帰って行ってしまった。
今日は二人でもう一度、あの場所に行く。私たちにとってあの場所はやはり特別な場所だから。
「湊、そろそろ行こう。」
そういう浩之は準備万端だった。私も急いで準備をした。
電車に乗って、駅に着いたらあの日の気持ちを思い出した。不安と緊張でどうしたらいいのかわからなかったあの日。私は浩之の手を思っていたより強く握っていた。
「どした?何かあった?」
浩之はそれに気づいた途端、私を覗き込む。
「大丈夫。今はちゃんとここに浩之がいてくれるから!!」
そして彼の手を引いて走り出した。
もう少しであの瞬間の時間になる。今日は中庭には入れないが、校門の前に着いた。
「俺、事故ってから最初に見たのが湊の泣き顔だった。その人が誰か分からなったけど、やってはいけないことしたって思った。母さんも父さんも兄貴もタケを見ても思わなかったけど、この人だけは泣かせちゃダメなんじゃないかって思った。湊の話を聞いてからは余計にそう思った。あれから、お前が笑う度に思うんだ。俺はずっと湊と一緒にいたいって。だから、一緒に暮らさない?一緒に部屋借りよう。朝起きた時から夜寝る前まで一緒にいたい。」
急に話だした浩之の言葉がとても嬉しくて、私は彼に抱きついた。
「あたしも一緒にいたい。毎日一緒にいる!」
私がそう言うと、彼も抱きしめ返してくれた。
「次の休み、不動産屋さんに行こう。二人の家探しに行こうな。」
そして、彼は優しくキスをしてくれた。そしてその瞬間、また新しい1年が始まった。
翌日は浩之の実家に行った。彼の家族が集まっている時に、浩之が報告してくれた。
「俺、湊と一緒に暮らそうと思う。湊もそう思ってくれてる。別にいいよな?」
「いいよなって、あなたは良くても、湊ちゃん本当にいいの?ヒロで大丈夫?」
浩之のお母さんはいつも私を気にしてくれる。
「母さん。なんでいつも湊ばっかり。俺じゃ駄目なのかよ。」
「そりゃあ、駄目でしょ。ウジウジばっかりするような男。ちゃんとしっかりしなさいよ。」
「自分の息子だろ?!って今ここでそんなこと言うなよ。」
「湊ちゃんに愛想尽かされないように頑張りなさい。湊ちゃん、この子をよろしくね。何かあったらいつでも言ってね。バシッと言ってやるわ。」
お母さんの一言でみんな笑っている。
「はい。よろしくお願いします。」
「浩之、湊ちゃんのご両親にはちゃんと了承してもらったのか?」
お父さんが少し心配そうに聞いた。
「いや、まだだけど。こっち帰ってきたらちゃんと言うよ。」
「そうか、その辺ちゃんとしてから一緒に暮らしなさい。大事な娘さんなんだから。」
「わかってるよ。あっ!ちゃんと翔太さんのオッケーはもらってるから。」
浩之は私を見て言った。
私は完璧に忘れていた。お兄ちゃんの存在を。ってもう言ったの?!
「えっ?いつ!!なんで?」
「湊に言う前。一番に相談したんだ。先に翔太さんに言わないと俺、絞められるわ。」
「あたしが一番じゃなかったんだ。そう、翔ちゃんが一番なんだ。ふーん。」
「え?もしかしてなんか怒ってる?」
「別に。」
「浩之。そりゃ湊ちゃんも怒るわよ。普通、そう言うことは言わないでしょう。実際そうかもしれないけど、女の子は一番に言って欲しいの。あんたそんなんで本当に大丈夫なの?湊ちゃん、やめるなら今よ。」
「そうですね。やめようかな...。」
「ちょっと待って!!母さんもいらないこと言うなよ!湊、落ち着け。あのシスコン兄貴に言わないと俺、生きていけないかもよ?それは湊が一番わかってることだろ?今度からはちゃんと一番に湊に言うから!!ごめんな。」
「シスコン兄貴って、今度言ってやろ。」
「あー違う!!言わないで。ごめん。本当にごめんなさい。」
「ヒロ、お前が落ち着けよ。」
浩之のお兄さんの一言で、彼以外みんな笑ってその場が落ち着いた。
そして、私の両親が帰ってきた日に二人で実家に行った。両親は快く了承してくれた。とりあえずおばあちゃんも大丈夫らしい。そして、私たちが一緒に暮らすことに反対する人はいなくなった。
それから、休みの日にいろんな不動産屋さんに行って、いろんな部屋を見た。
見れば見るほど、どこがいいのか分からなくなり、私たちは迷宮に迷い込む寸前だった。浩之が、私の職場に近い方がいいと新築の1LDKの賃貸マンションを推している。ただ、家賃が少し高い。でも、このままだと何も決まらないと言うことで、そのマンションを契約した。
そこからは早かった。タケちゃんもわざわざ帰って来てくれて引っ越しを手伝ってくれた。
ここから私たちの新生活がスタートした。
朝、目が覚めると彼がいる。仕事から帰って晩御飯の支度をして、ただいまと彼が帰ってくる。夜寝る時にも彼がいる。そんな毎日がただただ嬉しかった。同じところに住んでいるという事実に心が震える。そんな毎日が過ぎていた。
3月に入った頃、お母さんから急に連絡が入った。田舎のおばあちゃんが再び転倒してその際、頭を打って脳梗塞を発症したらしい。叔母さんだけでは介護がしんどいと言うことで田舎に帰るとのことだった。お父さんのこともあるので、私は実家と家を行ったり来たりすることになった。
お母さんは3人姉妹の母子家庭で育った。小学1年生の頃、病気でお父さんが亡くなった。私にとったらおじいちゃんだ。そこからおばあちゃんは一人で女の子3年を育て上げた。なので3年でおばあちゃんを見てあげたいと言う。
2週間向こうに滞在して、1週間帰ってくる。そんな生活になった。
私にとっても大好きなおばあちゃんだ。
何かできることがあるなら協力したかった。
平日はたまに実家に帰って実家の様子を見に行き、週末には浩之と一緒に実家に帰った。食事を作り置きし、洗濯を回して、お父さんのワイシャツにアイロンをかけたり、掃除をしたりできる限りバックアップした。
家のことは浩之も協力してくれていたので安心していた。
お父さんは一人でも大丈夫と言うが、やはりずっと仕事人間として生きてきたのでできないことは多い。シュワクチャのシャツで仕事に行かすわけにはいかない。
こんな生活を4ヶ月ほど送っていた。
お兄ちゃんも心配していたみたいで、夏休みをとって帰って来た。
8月に入った頃、田舎にいるお母さんから連絡が入った。
脳梗塞を発症したせいで、認知症がひどく進んでしまったらしい。いつまで持つかも分からない。だから、翔太も湊も最後に話ができるうちに会っておきなさいっと。
その連絡は私たちだけではなく、他のいとこたちも同様に伝えられた。
そこでお盆休みに日にちを合わせてみんなで会いに行くことになった。
何年振りだろう、3家族みんなが集まるのは。私が小さかった頃はお盆と正月は必ず全員集まって宴会をしていた。おばあちゃんはうるさいと嫌そうにしていたが本心ではないことは明らかだった。
当日、朝早くにお兄ちゃんが私を迎えに来てくれた。お父さんは前乗りしている。浩之は、行ってらっしゃいと私を送り出そうとしてくれたところに、翔ちゃんが言う。
「え?お前来ないの?」
心底驚いたような声を上げる。
「え?俺、行っていいんですか?」
浩之も驚いている。
「湊と同棲するってことはそう言うことじゃないの?ばあちゃんにちゃんと挨拶くらいしろよ。もうできないかもしれないんだぞ?」
もうできないかもしれない。その一言は大きかった。
「じゃあ俺も行きます。」
浩之は荷物を持って来て、一緒に行くことになった。
「翔ちゃん!!みなちゃん!!」
新幹線の駅につくと、近くに住んでいた7つ上のいとこのお姉ちゃんの優ちゃんが待っていた。
「優、声でかいわ。恥ずかしいだろ。」
そう言う翔ちゃんを無視して優ちゃんは浩之に話しかけた。
「あなたが浩之くん?姉ちゃんから聞いてるよ。」
優ちゃんはお母さんのことを姉ちゃんと呼ぶ。お母さんがおばちゃんと呼ばれたくない為に教え込んだらしい。
「はい。初めまして。」
「初めまして。翔ちゃんもよく許したねー。めちゃくちゃシスコンでしょ?」
そう笑う優ちゃんをお兄ちゃんが咎める。
「優!!もういいから。日帰りなんだから早く行くぞ!!」
ちょっと怒っているお兄ちゃんに私たちは笑いながらついて行った。
田舎の港に着くと、こっちに住む叔父さんが軽トラで迎えに来てくれていた。
「お前ら、久しぶりだなぁ。湊、大きくなったな。」
いとこの中で一番末っ子の私をいつまでも子供扱いする叔父さんだ。
「ずっと前から大きくなってるよ!!」
「そうかそうか。そうそう、おばあちゃんに会いに行く前に、一つだけ忠告がある。正直お前らの事が誰か分からないかもしれない。今日はみんなが来てくれて調子がいいみたいだけど、正直分からない。そこだけ、覚悟しておけ。」
「わかった。俺らはもう覚悟はできてるよ。」
お兄ちゃんがそう言うと、叔父さんも納得したように軽トラに乗った。私たちも後ろの荷台に乗った。
「湊、髪の毛しばっとけよー!!ばあちゃんボケててもそこは怒るからなー!!」
運転しながら叔父さんが叫ぶ。
「さっき、さっちゃんが着いたとき、怒られてたぞー」
さっちゃんは優ちゃんの妹だ。私の4つ上のお姉ちゃん。私はびっくりして急いで髪を結んだけれど、風でうまく結べず、ボサボサだ。
「湊、降りてから結んであげる。」
お兄ちゃんがそう言うと、優ちゃんが大笑いした。
「翔ちゃんまでいつまで子供扱いすんのー。」
そんな事言っているとおばあちゃんの家までついた。
家に入ると、私たち以外の家族みんながすでに集まっていた。
みんな個々に歓迎してくれたけれど、すぐに視線が浩之に注目していた。
すると、お母さんの一言でその場の空気が変わった。
「え?浩之くんも来てくれたの?いらっしゃい。」
そしてお兄ちゃんも続けて言った。
「こいつ、湊の彼氏。仲良くしてやって。」
「翔太。おめぇ大人になったな。」
すでに酔っ払っていた2番目の叔父さんがお兄ちゃんに絡み出した。
「なんだよ。俺だっていつまでも反対しないよ。もう36だぞ。」
「おい、もうおじさんじゃないか。お前こそ彼女連れてこいよ。」
「うるさいよ。俺は忙しいの。」
「言い訳になってないわ。金髪美女の一人や二人連れてこいって。」
私たちをほったらかしてやりあっている。
「もういいから。翔太、あんたからちゃんとおばあちゃんに挨拶して来なさい。」
お母さんに咎められ、おばあちゃんの部屋まで一緒に行った。
おばあちゃんの部屋には叔母さん2人がいた。
「あら、今着いたの?いらっしゃい。母ちゃん、翔ちゃんと優ちゃんとみなちゃんが来てくれたよ!」
おばあちゃんはわかっているのかいないのか、先に目があった私に言った。
「みなちゃん。大きくなって、何年生になったの?」
私は驚いた。私がここに来ていた頃のように見えているのか、なんて言えばいいのか、私には分からなかった。
「母ちゃん。もうみんな大人になったのよ。」
叔母さんが言うと、「そうか、何歳になった?」と言った。
「ばあちゃん、もうすぐ26歳になるよ。」
「おぉ、そんなに大きくなったかぁ。」
私は浩之を引っ張って、横に連れて来た。
「ばあちゃん、あたし彼氏いるんよ。浩之くん。今一緒に暮らしてる。」
「中村浩之です。湊ちゃんと結婚を前提にお付き合いさせていただいてます。よろしくお願いします。」
「そうか、じゃあ、ばあちゃんの孫になるんかぁ。こんな男前の孫ができるんかぁ。そりゃ嬉しいなぁ。」
「ばあちゃん!!男前の孫は俺だろ。翔太だよ。」
「おぉ、翔ちゃんかぁ、今なにしとるん?」
「新聞作ってるよ。ばあちゃんの自慢の孫だろ?」
「翔ちゃんはすごいなぁ。新聞作ってるのかあ。頭がいいんだねぇ。」
「だから、自慢の孫だろ?」
おばあちゃんは楽しそうに笑っている。ちゃんと私たちのことを覚えてくれていた。それだけでただ嬉しかった。
それから居間に行くと、すでに宴会が盛り上がっていた。
叔父さん二人にお父さん、いとこが私を含めて全員で7人。久しぶりに全員が顔を合わせた。
お父さんは気を使っているのか、浩之を自分のところに呼んだ。
浩之は叔父さん二人とお父さん、翔ちゃん、8つ上のてっちゃん、1つ上のたぁくんの男チームと仲良く話していた。
私は、優ちゃんと同い年のみぃちゃんと優ちゃんとさっちゃんと4人で話していた。
「みなちゃん、結婚するの?」
みぃちゃんが聞いて来た。
「まだわかんない。でも2月から一緒に暮らしてるよ。」
みぃちゃんだけが私たちいとこの中で結婚している。
「そうなの?でもさっき結婚前提って聞こえたけど?」
「まぁ、どうなるか分からないよね。正直そんな話出てないんだけど...。」
「いつから付き合ってるの?」
さっちゃんがニヤニヤしながら聞いてくる。
「一応、一昨年から。20歳のとき一回別れてるから。色々あってやり直したんだけど。」
「どこで出会ったの?」
「高校生の同級生だよ。」
「えぇー!!いいなぁ、都会は。」
「関係ないでしょ?」
「関係あるよ!!うちにはいなかったよ。あんな爽やかな長身イケメンな人。」
「たまたまでしょ。」
「で?なにしてる人?」
「製薬会社の営業。」
「えぇ!すごいじゃん。新村家は昔からなんか違うよねー。」
急に優ちゃんのテンションが上がった。
「別にすごくないよ。一緒じゃん。」
「いやいや。そもそも翔ちゃんだってやり手でしょ。新聞記者ってなに?誰か紹介してほしいわ。」
「優は無理でしょ。」
さっちゃんが冷静に突っ込む。
「なんでよ?あんたこそ無理でしょ。」
「あたしは結婚する気ないからいい。」
「まぁまぁ、みなちゃんの事だからあんたたちがそんな事で喧嘩しないの。」
みぃちゃんはいつも仲裁に入ってくれる。
「みぃちゃんは旦那さん来てないの?」
「来てるよ。チビ二人連れて遊びに行ってる。」
「湊ぉー!ちょっとこっち来い。」
叔父さんが私を呼ぶ。私は渋々移動して浩之の横に座った。
「聞いたぞ、湊。高校生の頃に言ってたヒロって浩之くんだったんだな。」
まさかの爆弾発言だ。
「ちょっと、違うって!!なんか勘違いしてない?この話やめよ...。」
「違うってなにが?おめぇ別のヒロもいたのか?!」
「いないよ!」
「じゃあ彼しかいないじゃないか。顔真っ赤にして変わんないなぁ。」
「ほんともうやだ。」
そう言って立ち上がった。そして浩之を引っ張って外に出た。
「ごめんね、あんな人達で。昔からそうなの。」
「全然。面白い人たちばっかりだな。湊がどれだけ愛されて育ったかもわかったし、ほんとに来てよかったよ。」
「それはそうだけど。ほんとに恥ずかしい。」
「湊、ずっと耳まで真っ赤。」
「だから、それが嫌なんだって。」
「じゃあ、もう少しここにいよう。」
しばらく二人で寄り添っていると、みぃちゃんの旦那さんと子供達が帰って来た。
「湊ちゃん?久しぶりだね。」
「一史さん。お久しぶりです。まぁくんもえりちゃんも元気だった?」
「うん!!みなちゃんの横のお兄ちゃんだれ?」
5歳になったまぁくんが問いかける。
「ヒロくんだよ。みなちゃんの大切な人。よろしくね?」
「ひろくん。」
3歳になったえりちゃんが浩之を引っ張って家に入ろうとする。
「ごめんね。最近えりは若い男性が好きなんだよねぇ。困ったもんだよ。」
「みなちゃんも一緒にいこ。」
私もまぁくんと手を繋いで一緒に家に入った。
家に入ると、フェリーで帰る人たちが帰り支度をしていた。
それぞれにおばあちゃんに挨拶して帰って行った。
私はうるさい酔っぱらいの叔父さんがいなくなって安心していた。
残ったのは私たちと、お兄ちゃん、優ちゃん、みぃちゃん家族だけだった。
私は、おばあちゃんの部屋でまぁくんと一緒に遊んでいた。
おばあちゃんはもう、まぁくんがひ孫であることを覚えていなかった。
でも、まぁくんにとってはひいばあちゃんだ。一緒に居たかったんだろう。
浩之はえりちゃんに捕まって離れられないで居た。
そんな時間を過ごしていたら、お兄ちゃんがやって来た。
「湊、そろそろ時間だぞ。帰ろうか。」
お兄ちゃんと、優ちゃんがおばあちゃんに話しかけた。
「ばあちゃん、俺ら帰るよ。また来るからね。」
すると、おばあちゃんの目が少し変わったように感じた。
「翔太、優。あんたたちもいい大人になったんだから、頑張って早くいい人見つけなさい。来年はばあちゃんに紹介してね。来年までばあちゃん頑張るから。」
「わかった。ばあちゃん、俺らも頑張るからばあちゃんも頑張って待ってて。」
そういうおばあちゃんは昔の元気だったおばあちゃんだった。
「浩之くん。湊は甘えん坊で、わがままでどうしようもないところもあるけど、一番かわいいわたしの末の孫なの。この子の事、よろしくお願いします。」
「はい。僕が、湊ちゃんをお預かりします。来年、頂きに来てもいいですか?」
「まぁ、待ってるからね。」
「湊、いい人見つけたね。さすがばあちゃんの孫だよ。浩之くんは少しおじいちゃんに似て気がするよ。きっと湊を一番に想ってくれる。だから湊も浩之くんを一番に想いなさい。幸せになりなさい。あんたたちなら大丈夫。」
「おばあちゃん。ありがとう。」
急に涙がこみ上げて来た。帰りたくない。
「じゃあ、帰ろうか。」
お兄ちゃんがそう言って帰ろうとするけど、わたしは動けなかった。
「湊?帰るぞ。船の時間くるから。」
「嫌だ。あたし帰らない。」
「お前、まさか...。いやいや、帰るぞ。」
「だから帰らない。あたしここにいるもん!」
「みなちゃん、帰りなさい。またおいで。ばあちゃんここでずっと待ってるから。来年までばあちゃん頑張るから。約束ね。」
私は小さい頃からいつも、帰りたくないと駄々をこねていた。こうなった私を誰も止められなかった。でも、いつもおばあちゃんがさっきみたいに笑いながら優しく言ってくれた。そうしてお兄ちゃんに手を引かれ、泣きながら帰るんだ。
「湊、帰ろう。」
そう言って手を引いてくれたのは浩之だった。
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