第11話 ひとすじの月明かりを
あの夢が忘れられない。私はいつもあの夢の続きが気になって仕方ない。けれど、続きが見れることはない。目が覚めた時、仕事に行く時、家に帰った時、お風呂に入っている時、常に私はあの夢に支配されている。寝る前には期待する。
夢の中の浩之は、私のことを全部覚えてくれている。それに、愛されてると感じる。ただ、それが嬉しかった。夢だけでいい。ただそれだけで幸せだった。
そして月日が経ち、勉強会の日がやってきた。
今日は久しぶりに浩之に会える。いつもは憂鬱な勉強会。でも今回は心が踊って仕方がない。例えるならウキウキ。朝からいつもよりテンションが高くなってしまう。鬱陶しがられながらもみんな付き合ってくれる。
もうすぐ7時30分だ。診察が終わる時間が近づくにつれて、なぜか私が緊張してしまう。そこに浩之がやってきた。
「日本製薬の中村と申します。今日はよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。院長呼んできますね。少々お待ちください。」
小春さんが対応してくれた。フロント内はざわざわし始めた。
「なるほどねぇ。ふーん。」
「わぁお。ナイスガイ。」
そう言ってちーちゃんと砂羽さんが私の両方から冷やかす。
「いやいや、やめてくださいって。ってかナイスガイって死語ですよ。」
「えぇ!そう?言うでしょ。」
「言いません。年齢バレますよ?」
そう茶化し返すとふてくされる砂羽さん。
そして岡田さんもやってきた。
「どうも、今日はよろしくお願いします。みなさん、俺の後輩ですよ。ぜひ、可愛がってやってください。」
陽気な岡田さんは、私たちに浩之を紹介し始めた。
「新村さん!今日はちゃんと話聞いてね。」
「えっ?!私ですか?いつもちゃんと聞いてるじゃないですか。」
「そう?それならいいんだけど。」
岡田さんまで茶化してくる。結構私はちゃんと聞いてると思うんだけど...。
勉強会にはお弁当が用意される。それを食べながら話を聞く。
「いつも、トマト誰かにあげるでしょ?」
「見てたんですか?」
「見えるんだよ。あれ、面白いんだよね。」
「トマト、湊ってトマト嫌いなの?」
「好きではない。美味しくないんだもん。」
「子供かよ。」
「ヒロこそ、なす嫌いなくせに...。」
「え?知ってんの?」
「それくらい知ってるわ。いつもトマトとナス交換してたんだよ?!」
そんな話をしていたら、診察を終えた院長がやってきた。
「先生、今日はよろしくお願いします。」
「こちらこそ、ちょっとこっち来てくれる?」
院長と岡田さんと浩之が診察室へ入って言った。
「ねぇ、会話おかしくない?付き合ってたんだよね?」
そういうことに鋭いちーちゃんが言う。
「あー話せば長くなるけど、彼、記憶ないんです。私の記憶だけごっそり。」
「なにそれ?!どう言うこと!!」
「事故にあって、結構すごい事故だったんですけど、意識が戻った途端、私だけ忘れてたってオチです。」
患者さんも帰り、スタッフがみんな揃った。これから勉強会が始まる。
話を切り、私たちは勉強会の準備に取り掛かった。
その間もさっきの話に納得いかない面々は不服そうにしていた。
院長たちが診察室から出て来て、私たちも席に着いた。
「今日は岡田くんの後輩、中村くんがしてくれるからみんなよく聞くように。」
院長がそう言って勉強会が始まった。
初めて担当する人は、自己紹介から始める。
「新入社員の中村浩之と申します。私は市立大学の経済学部を出て日本製薬に入社しました。中学、高校時代にはバスケットボールをしていました。今でも学生時代の同期とたまにバスケやったりしています。興味ある方は声かけてください。メンバーは常に募集してますので。
大学に入ってからは応援団に入ってました。この仕事は、応援団と似ていると私は思っています。私たちが扱う薬で誰かが救われる。先生がたが処方して、患者さんが少しでもよくなってくれるように、私たちは間接的にですがそのお手伝いができるんじゃないかと思います。今はまだまだ未熟ですが、わからないことや、提案など、なんでも言ってください。少し時間がかかるかもしれませんが、必ず答えます。どうぞよろしくお願いいたします。」
そして今日の本題に入った。私は彼が、製薬会社に入った理由がわかった気がした。昔から彼はそう言う人だった。困っている人がほっとけない。少しでも力になろうと全力で協力する。私は出会った頃の浩之の姿と、今説明している姿とをかぶせて見ていた。
そんなことを思いながら話を聞いていると、院長が私の後ろにやって来た。
「新村さん。ぼーっとしてると勉強会終わるよ?同級生が心配なのはわかるけど、お弁当食べないの?」
話しかけられてから気づいた。ずっと私は彼を見つめていたことに。
急に恥ずかしくなって、私はお弁当を開けた。
「え?食べますよ?お腹すいちゃったし、いただきます。」
すると院長は、「そりゃ食べるよね。」っと少し笑いながら去って行った。
どう言うことだと思いながら、お弁当をほうばった。
その瞬間、浩之と目があった気がした。彼は説明をしながら少し笑っているように見えた。
「砂羽さん。これあげる。」
私は隣にいた砂羽さんに自分のトマトをあげた。あげたと言うか、砂羽さんのご飯の上に乗せた。
「えぇーまたぁ?たまには自分で食べなって。」
「いらない。」
「いつも入れてくるけど、私だってそんなに好きじゃないのに。」
「でも、食べれるんでしょ?」
「そう言う問題じゃなくて...。しょうがないなぁ。」
砂羽さんはいつもなんだかんだ言って食べてくれる。あっ院長が見てる...。と思ったら、浩之の隣にいた岡田さんも見ていた。思いっきり笑いをこらえている。
浩之も少し気づいているようだった。
すると、急に浩之の様子がおかしくなった。説明する言葉が止まったのだ。岡田さんは少し心配しているが、浩之は大丈夫ですと続けようとしたけれど、頭を少し抑えていた。
それから浩之は説明を続け、なんとか説明会が終わった。私は、後片付けをしている浩之の元に向かった。
「大丈夫?頭痛い?もしかして何か思い出した?」
「わからない。でも、パスタ。パスタとトマトとナス...。」
「えっ?どう言うこと?」
「湊が、トマトをあげたのが見えたとき、フラッシュバックのように見えた。トマトとナスのパスタ。」
「それって、あたしたちが初めて出かけた時に入ったパスタ屋さん。その時に入ってたもの。あたしのパスタにトマトが入ってて、ヒロのパスタにナスが入ってた。あの時、何も言わずにヒロがあたしのトマトを食べた。その代わりに勝手にナス入れて来たんだよ。」
「そっか。それでフラッシュバックが...。たまにあるんだ。こういうこと。」
「どんな時?」
「家にいる時に、わからないものがたくさんあるんだ。ぬいぐるみとか、指輪とか、チョーカーとか、いろいろ。断片的だけど今みたいに頭が痛くなって画像が頭の中に現れる。でも、それがわからない。誰と何してた時かわからない」
「もしかして、全部置いてるの?あの頃のもの。」
「わからない。記憶も、気持ちもわからない。でも、きっと湊が関係してるはずなんだ。それがさっきわかった。それだけがわかった気がする。」
「思い出すよ。きっと。でも、正直、あたしは思い出して欲しくない気もする。きっと、きっともうこうして話せなくなるかもしれない。」
そうして私は自分の荷物を片付けようと戻って行った。
「湊!今のどう言う意味?」
少し怒ったような雰囲気を醸し出す浩之が私のところにやって来た。
「いつかわかる。でも、あたしからは言えない。今みたいに話せるのは私にとって、神様がくれたプレゼントだと思う。あたしはずるいからそのプレゼントを自分から手放せない。」
「何それ。ずるいってなに?」
「中村!!そろそろ帰るぞー!」
自分の片付けが終わった岡田さんが浩之を呼んでいる。
「はい。今行きます!!」
「じゃあ、またね。早く行きな?」
「ちょっと待てよ。なんなんだよ。このことタケは知ってる?」
「タケちゃんに聞きたければ聞けばいい。タケちゃんは全部知ってる。里紗だって知ってる。もう、岡田さんが待ってるから早く行きなって。」
「わかった。今日は帰る。でも、お前のこと必ず思い出す。俺はこの前そう思った。正岡結太だったかな?あいつに抱きしめられてる湊を見て、自分の感情がモヤモヤするんだよ。だから必ず、必ず思い出すからな!」
そう言い残して、岡田さんの元へ去って行った。
勉強会の日から1週間が経った。浩之とは連絡もとっていない。もともと連絡はとっていないけれど。
すると、久しぶりの人物から連絡がきた。タケちゃんだ。
「湊?生きてるか?」
「なんとか生きてるよ。タケちゃんこそ生きてんの?」
「生きてるわ!お前聞いたぞ?やっぱすげーな!!」
「ちょっと声でかいよ。何がすごいの?」
「お前とヒロだよ。運命ってやっぱあるんだな。」
「え?ちょっと、何聞いたの?」
「星の数ほど病院やクリニックがあるのに、お前の勤務先にヒロが当たるなんてすごいじゃん。よく考えろよ。こんなことねぇよ?」
「それはそうだけど。あたしが聞きたいのは、何か聞かれたでしょ?」
「あぁーもしかしてあれ?なんで湊は思い出して欲しくないのかってこと?」
「そう!!それだよ。」
「教えてねぇよ。だって俺わかんないもん。なんで思い出して欲しくないの?」
「だって、また愛想尽かされる。」
「はぁ?あいつが事故った日に言っただろ?全部湊のためだったって。何回も同じこと言わすなよバカ。」
「バカって、あたし怖いんだもん。また拒絶されたらもう生きていけないかも。」
「しつこいぞチキン。」
「もういい。切るよ。」
「おい!!切るなよ。俺を信じろよ。って言うかヒロを信じてやれよ。」
「信じてるよ。信じけるけど、怖いんだよ。何がこんなに怖いか自分でもわかんないけど。」
「俺は信じてるよ。お前らのこと。正直、お前らに感謝さえしてる。俺、結婚しようと思う。」
「えぇ!!それ先に言いなさいよ。おめでとう!ってでもなんで?」
「お前らってすごいじゃん。いろんなことあっても巡り会える。俺も、そうありたいって思った。彼女と何度でも巡り会いたい。巡り会える気がするんだ。だから、俺は彼女と結婚したいって思った。俺にとっての運命の人は彼女だって。」
「タケちゃんってそんなこと思ってたんだ。ただのロマンチストだと思ってた。」
「ただのってなんだよ。天性のロマンチストだよ。」
「バカじゃないの?」
「うるせー!!バカはお前だけで十分だよ。」
久しぶりにタケちゃんと話してすごくスッキリした。彼がいなければ私は潰れて無くなってたかもしれない。
「で?プロポーズしたの?」
「まだ。」
「はい?まだなのにそんなこと言ってんの?あたしに言う前に彼女に言いなさいよ。」
「わかってるわ!報告だよ報告。今度会うときに言う。」
「そっか。そういえば、今度会うとき、里紗も帰ってくるんだって?」
「なんでそれ知ってる?」
「浩之に聞いた。」
「はぁー!!あいつ言ったの?里紗のこと。」
「聞いたよ?びっくりしちゃった。」
「もー!お前にドッキリしようと思ってたのに...。里紗にも口止めしてたんだけど。」
「そうだったの?なんかおかしいなって思ってたんだけど。里紗何も言ってくれないから...。」
「これはヒロにお仕置きだな。って俺も会うと思ってなかったからあいつに口止めしてなかったけど。」
「それでいつ帰ってくるの?」
「とりあえず年末かなぁ。あと3ヶ月だな...。」
「そっかぁー。楽しみだなぁ。」
「そうだな。また連絡するよ。」
「じゃあ、またね。」
「おう。ちゃんとヒロと向き合えよ。」
「うん。わかった。」
そう言って電話を切った。タケちゃんとの会話はいつも私を前向きにしてくれる。男と女の友情は存在しない。本当か嘘かでいえば嘘だ。高校時代に一生の友達ができる。これは本当だ。私にとってはの話だけれど。
人生で一番楽しい時はいつ?って質問に、高校時代と答える人はたくさんいると思う。私にとってもそうだ。私以外の3人はなんて答えるのだろう?
学生時代はいつだって楽しかった。でも、一番充実していたんじゃないかと私は思う。
あれから3ヶ月。私と浩之の間に何もなかった。月に1回は仕事で顔を合わすくらいだった。それも仕事中ということもあって、特別話すこともなく、本当に姿を見るくらいだった。それでも目が合えば胸の鼓動は速くなるし、苦しくなる。彼はどんな気持ちなんだろうか。
結太くんとは、約束した通り月に1度会っていた。どういう関係かと聞かれるとわからない。ただの元恋人?友人?知り合い?どの言葉もしっくりこない。あんなにひどいことをした私になぜここまでしてくれるのか。私が反対の立場だったら絶対にこんなことしない。結太くんはどこまでも優しかった。
そして、里紗から久しぶりに連絡が入った。彼女は大学2年生の時、ニューヨークの大学に留学した。高校時代から英語が得意だった里紗は、英語を使った仕事がしたいとずっと言っていた。今はあっちで通訳の仕事をしている。暇があればツアーガイドもしているそうだ。
「湊?今から帰るから!!」
そういう里紗の声はテンションが高い。それもそうだ。留学してから1回も帰ってきていない。3年ぶりの日本だ。
「わかった。何時につく?」
「うーん。多分そっちでいうと金曜日の8時ごろかなぁ?」
「1回実家帰るんでしょ?」
「帰んなきゃだめ?」
「そりゃ帰んなきゃだめでしょう。家族みんな待ってるよ?」
「とりあえずあたしは湊に会いたい。」
「もう。家に帰ってからうちにおいで?あたしは何時になってもいいから。」
「じゃあ住所送っといて。勝手に行くから。」
「はいはい。じゃあ気をつけて帰っといで。」
里紗は昔から突拍子もない。もっと早く言ってくれればいいのに。明日帰ってくるなんて。それでも久しぶりに会う親友に私は嬉しくなった。
話さなきゃいけないこともたくさんある。明日は眠れなさそうだと思ったので、その日はいつもより早く眠りについた。
翌日、仕事を終えた私はケータイを見ると、里紗からメールが届いていた。
「今ついた。とりあえず実家に帰る。」
たったそれだけ?!まぁ里紗らしい。私は「了解。」とだけ返信を打った。
帰り道にスーパーに寄って、里紗が好きだったプリンを買って帰った。
そして2時間ほどがたったとき、インターホンが鳴った。
「はーい。」
「あたし!里紗!!早く開けて。」
「はいはい。お待ち下さい。」
そして扉を開けると里紗が待っていた。
「湊!会いたかったよー!!」
そう言って抱きついてくる。ここは日本だ。いや、玄関だ。里紗はすっかりアメリカ色に染まってしまった。
「里紗、ここ日本だから。抱きつかないの。」
「なんで?!いいじゃん別に。3年ぶりだよ?!」
「そうだけど。とりあえず入りなよ。」
なんとか里紗を部屋に入れた。
「で?ヒロはどうなの?生きてんでしょ?」
「生きてるよ。元気だよ。」
「あんた何も言わないから...。タケから聞いた。湊のこと覚えてないって。」
さっきまでテンションMAXだった里紗が真面目に聞いて来た。
「言えないよ。あたしだけ忘れられてるなんて、口に出したら身につまされる。それに、里紗には言えない。」
「なんで?」
「あたし、あの時、里紗と話せばきっと里紗は飛んで帰って来てくれたと思う。でも、こんなあたしのために貴重な時間使って欲しくなかった。」
「何?何言ってんの?あたしは、湊に使う時間なんて惜しくないよ。それに、自分のことこんなっていうの辞めな。」
「言うよ...。だってあたし、里紗と会えなくなって、浩之と別れてから今まで最低なことたくさんして来た。」
「え?あの湊が?何したの?!」
それから結太くんとの出会い、付き合ってたこと、浩之の事故のこと、結太くんとの別れ、そして今の現状。全て話した。
「ねぇ、湊。一発殴らせて。」
「え?」
すると、里紗の手のひらが私の頬に当たりそうになったので目を瞑った。
でも、一向に想像してた痛みはやってこない。恐る恐る目を開けてみれば、目の前に涙を流している里紗がいた。
「なんで今まで何も言わなかった?あたしは、あたしはそんなに頼りない?なんでいつも一人で抱え込むの?なんで一人で苦しむの?あたしはあんたの何?確かにヒロと別れた時に、嫌な予感がした。やけになるんじゃないかって。もっとあたしが連絡したり、帰ってこればよかった。そうすれば、湊はここまで苦しまなかったよね?ごめんね...湊...。」
「なんで里紗が謝るの?あたしは、あたしは、自業自得だって思ってるから。泣かないで、私が悪いんだから。本当にごめんね?あたし、里紗が大好き。大切でずっと一生親友でいてほしいって思う。だからこそ言えなかった。ごめんね。嫌われたくなかったの。」
「バカ。ほんとバカ。言われない方が悲しい。嫌いになるわけないじゃん。」
泣きながら里紗が私を抱きしめてくれた。
「湊にはあたしがついてる。どこにいたって湊のためならいつだって助けたい。湊は昔からあたしのためにいつだって助けてくれたでしょ?これからはちゃんと言って。どん底に落ちる前に声かけて。一緒に落ちてあげるから。」
「里紗、ありがとう。本当にありがとう。それと、本当にごめんなさい。でも、一緒に落ちちゃダメだよ。二人で落ちたら誰も引き上げてくれないよ?今度からは里紗があたしを引き上げてくれる?逆ならあたしが里紗をあげてあげるから。」
「そうだね。あたしが湊を引き上げてあげる。」
それからあたしたちは抱きしめあって、泣いて、笑った。
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