第10話 星空の彼方に
結太くんとの再会、浩之との再会。今日はいろんなことがあった。私の頭はパニックだ。私の頭の容量は完全にパンク状態でダウン寸前だった。
あの後、麻実さんには浩之との話をした。
正直、誰にも言えなかった。里紗にも言えていない。タケちゃんは知っているけど、私の正直な気持ちは言えなかった。でも、麻実さんに聞いてもらうことで、少しはスッキリした。
その日の仕事後、近所の麻実さん行きつけのバーにフロント5人で飲みに行った。きっとみんな私を心配してくれているんだろう。
「そう言えばさぁ、湊ちゃん。今日の新患さんとどんな関係なの?」
ちーちゃんがおもむろに聞いてきた。小春さんも、砂羽さんも目を輝かせて私を見る。
「あー、元彼です。今年の1月に別れました。」
「そうなの?でも、絶対あの人まだ好きだよね。」
「そうですね。ちゃんと言ったんですけど。結構きついこと言っても全然聞かなくて、でも私がいけないってわかってるんです。」
「なんで湊ちゃんがいけないの?付きまとってるのはあっちじゃん。」
「そうなんですけど...。」
ちーちゃんは結構ズバズバ私を斬りたくる。それに見かねた小春さんが言った。
「なんで別れようと思ったの?いい人そうだし、見た感じも悪くないよね?」
そこから、私は結太くんと付き合うようになったきっかけと別れた理由を話した。誰かに話すと、ちょっとだけだけど客観的に見れた気がした。
「ってことは、湊ちゃんはヒロがずっと忘れられないってこと?!」
「まぁ、まとめるとそうなるけど。でも、あたしは、ヒロが誰かと恋をして、幸せになれるならそれでいいです。あたしのことも思い出さなくていい。それが彼の幸せになれるのなら。あたしは、あの思い出があるだけで幸せです。だから一人でも大丈夫です。結太くんを利用して、守られるのはもうやめたい。」
「正岡さんは本気で湊ちゃんが好きで、大切で、誰よりも幸せになって欲しいんだよ。それはきっと湊ちゃんがヒロくんに抱いてる気持ちと一緒。だから心配でほっとけないんだよ。湊ちゃんが、胸を張って私は幸せなんだって言えるように過ごすことが正岡さんに対する答えになるんじゃないかな?」
小春さんの言葉に、私は身体に電流が流れたような感覚に陥った。私は結局いつも自分の事しか考えていなかった。一人一人に感情があって、思いもある。それに気が付けなかった。だからと言って、私は結太くんの気持ちに答えることは出来ない。小春さんが言う通りだ。そう思えば思うほど私が結太くんにしてきたこと、言ったことへの罪悪感が芽生えてきた。気がつけば、私の頬に冷たいものが伝っていた。
「あーもう、泣かないの。大丈夫。自分自身が思ってるより湊ちゃんって愛されキャラだし、どこか憎めないんだよね。もしかしたらヒロだって、記憶が戻らなくても、もう一度湊ちゃんに恋をするかもしれないよ?」
さっきまで黙って聞いていた砂羽さんが笑いながら、持っていたハンカチで私の目をゴシゴシと拭く。
「痛い。拭きすぎ!!」
そう言うと、砂羽さんが思いっきり笑った。みんなも私を見て笑う。
「何?どう言うこと?」
「めっちゃパンダになってるよ。」
ちーちゃんがお腹を抱えながら笑っている。
「砂羽さん!!もーありがた迷惑ってこのことですよ...。」
私がメイクを直していると、おもむろに麻実さんが話出した。
「ねぇ...。さっきから話聞いてて思ってたんだけど、ヒロって中村くんのこと?」
そうすごく不思議そうな顔で見てきた。そうだ、お昼の時、ヒロって呼んでたかも。
「中村くんって?もしかして麻実ちゃんの知り合い?!」
ちょっと興奮しながら聞く砂羽さんを無視して麻実さんは続ける。
「今日絶対、ヒロって言ったよね?それに、最後の会計の時、湊ちゃんの事呼び捨てにしてたよね?!」
無視された砂羽さんは小春さんに慰められている。
「今日って昼休憩のとき?一緒にあのいつものカフェに行ったんだよね?」
チーちゃんが麻実さんに問いただした。
「今日、岡田さん来てたんだけど、その時新人の子を連れて来てたの。今度の勉強会その子がするんだって。その子が中村くん。湊ちゃん、高校の同級生だって言ってたよね。もしかして...。」
「麻実さんが思ってるとうりですよ...。」
「やっぱりねぇー!!いいじゃんいいじゃん!やっぱり湊ちゃんってああ言う系が好きなんだねぇ...。正岡さんといい、中村くんといい。」
そう言って含み笑いをする。
「ねぇ、その中村くんってどんな感じ?」
「背が高くて、爽やかなハーフみたいだったけど?」
「いやいや、違うでしょ。めっちゃ日本人ですよ...。ハーフっていうか顔濃いだけ...。」
「わかった!!湊ちゃんって濃い顔が好きなんだね。」
砂羽さんの無邪気な笑顔が痛い...。確かにあながち間違っちゃいない。でも、別に顔で好きになったわけではない。
「別に、たまたまですから。」
そんな話をしながら、飲み続けた。
いろいろと悩むことがあっても、毎日明日はやってくる。そんな日々を送っていた。あれから一週間が経った。そしてまた、あの人がやって来た。私は受付窓口にいた。これは仕事だ。彼は患者なんだ。そう言い聞かせた。
「こんにちは。今日は診察ですか?」
「今日、仕事終わってから空いてる?」
「すいません。そういうことはお断りさせていただいてますんで。」
「ちゃんと話をしよう。」
「私は話すこともうありませんから。」
そう言って彼のカルテを取りに行った。戻って来たら、やっぱりまだそこにいた。
「診察でカルテ回しますね。あちらでお待ちください。」
彼は私の目を見据えて動かない。下手したら飲み込まれてしまいそうだ。
「正岡さん。あちらでお待ちください。」
私の横からちーちゃんが声をかけてくれた。彼は仕方なさそうに待合室に行った。
「ちょっと、何やってんの?」っと小さい声で話しかけて来た。
「何やってるんでしょう。」そう返すことしかできなかった。
あれからバタバタと忙しく、顔をあわせることもなかった。私は少し安堵して、たまたま帰りが一緒になったリハビリテーション科の先生とクリニックを出ようとした。私は戸締りの確認をして、鍵を閉めようとしたら、先生の声が聞こえて来た。
「あれ?正岡さんどうしました?忘れ物ですか?」
「いえ、ちょっと。」
「もう誰もいませんよ?」
私は、先生と結太くんが話している間に帰ろう。そう思った。
「じゃあ、お疲れ様でした。」
そう、二人の前を通り過ぎようとした。
「うん。お疲れ様。」
「湊!!待てって。」
私は何も言わずに駐輪場へ行こうとした。その後を追ってくる結太くんを不審に思い、先生も来てくれた。
「湊、冷静に話しよう。これからのこと、ちゃんと聞かせてほしい。」
「湊ちゃん?正岡さんと知り合い?」
先生が、心配そうに私を見る。先生もこれじゃあ帰れないだろうと思い、「知り合いです。だから大丈夫。先生は帰ってください。」そう笑いながら言った。
「本当に?大丈夫?じゃあ帰るよ?」
「はい。お疲れ様でした。」
「お疲れ様。」
そして先生は帰って行った。
「ねぇ、どういうつもり?いつまで付きまとうの?」
「お前が、目を覚ますまで。」
「意味わからないよ。この前と同じ話ならもう帰る。」
「俺らが初めてあった時のこと覚えてる?」
「急に何言ってんの?」
「俺は初めて湊にあった時、心臓が音を立てたのがわかった。バイトの初日、課長と一緒に事務所に向かう時、フロントでお前が笑ってた。その笑顔を見た時だったんだ。何人かいたけど、お前しか見えなかった。あの時から俺の視線の先には湊がいた。課長が湊を俺につけてくれた時、チャンスだと思った。話していくうちにもっと知りたいと思うようになった。お前、休憩の時や、仕事終わりに絶対最初にケータイを見て溜め息つくのわかってた?俺はそれにいつもイラっとしてた。ケータイの中に何があるんだろうって、お前にそんな顔させる奴は誰だって勝手に嫉妬してたんだ。理由が知りたくて、彼氏いるのかと聞いたらいないって言ったけど、その時の顔が溜め息つく時の顔と一緒だった。お前は自覚してなかったろ?」
「何よそれ。あたしはずっと、利用し、利用され、利害関係の一致した関係だって思ってた。あたしたちはお互いに、元カノや元カレを忘れきれなかったから寂しくて一緒にいたんでしょ?好きだとかを口にしたらいけないんだって思ってた。口にしたら終わるんだって思ってた。結太くんといると楽しくて、居心地よくて、一緒にいたいって思ってた時もあった。いないと寂しくて、心細くて、でもそんな時、思い出すのはいつも浩之が先だった。それに気づいたのは、結太くんが東京研修に行った2ヶ月の間だったんだよ。」
「俺は、お前の心の傷に入り込んだんだよ。利害関係じゃない。俺はちゃんと初めから愛してる。最初はそれでいいって思ってた。いつか、いつか湊が俺を愛してくれたらそれでいい。そう思ってる。」
「あたしは、結太くんが好きだったよ。それは確か。でも、愛には変わらなかった。これからも変わることはない。人生これからどうなるのかわからないけど、あたしには浩之だけだ。胸を張って愛してるって言える人。もう一度、どこかで出会えたらそれは運命だって信じてた。そして出会えた。止まった時間が動いたって思ってる。自分勝手で最低だってわかってる。結太くんに会うと心が痛くて、罪悪感しかなくて、逃げたくなって。ごめんね、あたしこんなんで。あたしのことを嫌いになって憎んでくれていい。だからあたしなんて早く忘れて。」
「じゃあ、湊のことを嫌いになれる方法教えて?どうしたら憎むことできる?どうすれば忘れられる?湊の可愛いところも、ダメなところも、わがままも全部まとめて愛おしい。だから、湊に幸せになって欲しい。できれば俺がしたかった。でも、それができないんだったらせめて、見守らせてくれないかな?月に1回来るから、少しでいいから話そう。近況でいいから教えて?それだけでいい。」
そう言う結太くんを見ると、なぜか穏やかに微笑んでいる。その顔を見ていると私は、「わかった。」と言ってしまった。
「俺は幸せになる。お前が言ったことは守るよ。だから、俺の言うことも聞いてくれる?湊も幸せになって。俺に、最高の幸せを見せてよ。約束して。」
「わかった。約束する。あたしも幸せになる。」
ここで約束したことは、いつかお互いに守れる日がくるんだろうか。
「じゃあ、約束。最後に一回だけ。」
そう言って私を優しく抱き寄せた。
「あの時、乱暴にしてごめん。湊のこと好きだった。大好きだった。愛してた。ありがとう。」
そして、私を離して、立ち上がった。
「俺、帰るわ。気をつけて帰れよ!」
去っていく結太くんに私は無意識に声をかけていた。
「結太くん!!ありがとう!!また来月ね!」
すると彼は、振り返ることもなく、歩きながら手を振って去って行った。
その夜、私は夢を見た。
私が寝ていると、誰かが私を起こす。まだ寝たい私は起きたくなくて、ずっと抵抗していた。それでもひたすら私を起こす人がいる。そもそもなぜ私の部屋に人がいるのか?私は一人暮らしのはずなのに...。
泥棒!そう思った私は、目を開けてしまった。目を開けるとそこにいたのは浩之だった。
「やっと起きた。おそよう。もう11時だよ?いつまで寝てるんだよ。」
なぜ彼がここにいるの?あぁ、きっとこれは夢なんだ。もう一度寝よう。そして目を瞑った。
「湊!起きろって。迎えに来たんだよ。約束しただろ?遅くなったけど俺、就職したんだ。社会人になったんだよ。だから、一緒に住もう?ずっと一緒にいたいよ。」
そして、私にキスをした。
驚きを隠しきれない私は、顔を真っ赤にしてベットに潜った。
すると浩之は、「かわいい」と呟いて、布団をめくり、私を抱き起こした。
「早く準備して。やることいっぱいあるんだから。」
私は、何が起きているのかわからずに、浩之に従った。
私が準備している間、彼はニコニコしながらずっと見ている。今からどこにいくんだろう?何をするんだろう?何もわからないけれど、何かいいことが起こるような気がする。
準備が整い、私は浩之に言った。
「ねぇ。どこいくの?」
「終わった?じゃあ早く行こう。」
私の手を取った彼は、颯爽と走り出した。
着いた先は、私の実家だった。
「なんでここ?」驚いた私は思わず浩之に聞いた。
「なんでって?認めてもらわないと。同棲すること。」
「ねぇ?本当に言ってるの?あの約束はまだ有効?」
「有効も何も、期限なんてない。湊まだ寝ぼけてんの?それとも、俺と一緒に居たくない?」
「寝ぼけてなんてない。浩之が許してくれるなら私はずっと一緒に居たいよ。」
「じゃあ何も迷うことなんてない。じゃあ行こう。」
そして私たちは、実家に入った。
「ただいま。」
「浩之くん...?どうしたの急に?湊と別れたんじゃなかった?」
「お久しぶりです。今日はそのことでお話があります。」
それから浩之が、私の両親に話をしてくれた。
「この3年離れてみて俺は、湊さんとずっと一緒に居たいです。湊さんも一緒に居たいと言ってくれました。就職して、仕事をし始めたけれど、まだまだ頼りないのはわかっています。なので、すぐに結婚したいとかは思っていませんが、湊さんと一緒に生活をしていくことで将来が見えてくると思ってます。なので、同棲をすることを認めていただけないでしょうか?」
「湊もそう思ってるの?」
「私は浩之についていく。何があっても二人ならきっと大丈夫。」
「そうか、じゃあいいんじゃない?あなたたちももう大人なんだから、責任持ってやってみれば?」
そうして、私たちは認められた。
実家を出たところで、私は浩之に聞いた。
「本当にあたしでいいの?」
「前に言っただろ?俺が社会に出たら一緒に暮らそうって。もしかして忘れた?」
そう言って彼は、笑いながらあたしの頭をぐしゃぐしゃにした。
そこで私は目が覚めた。当然、浩之がいることはない。いつもの見慣れた天井だった。
それもそうだ。彼は私のことを覚えていないんだから。
私の頬に、一筋の涙がこぼれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます