第12話 山を降りる決意について

 幼い頃から結構な数 登山してきたわけで


 二度のぼる馬鹿と言われる件の霊峰にも

 実は 二度登っている


 うるせえな 馬鹿だよ


 できれば死ぬ前にもう一度だけリベンジしたいと思っているのだが

 まぁ それは置いておいて




 いつでも いい天気の山に登るわけじゃない


 当然のことだ

 山の天気は変わりやすい


 天上界は下界の些末な事には関わらぬとでも言うように

 お構いなしに 視界を真っ白に変えてみたり

 フェーン現象で山頂の方が地獄のように暑かったり

 天気予報はただの「予想」ってのを叩き付けてくる雨粒で知らせてくれたり

 人間の希望を踏みにじってくれる


 だから いつかは

 頂上まで行き着けずに


 山を降りる決心をしなければならないときが来る



 

 いろいろな思いが 渦巻く

 「もう少し早く登り始めていたなら」

 「数分したら この霧も晴れるのではないか」

 「体調が 装備が もっと万全だったなら」


 それでも 無理だと判断したとき

 いや 判断することが必要だったとき

 それは 降りなければならないのだ

 志半ばで


 忙しい毎日を縫うように 休暇をつくり登った山だ

 本当は 山頂に立つ心地よさを味わいたい

 到達した快感を


 あと少し

 一歩だけ 登りたい

 気持ちをそこに置いてくるようにして

 えもいわれぬ何かを抜き取られて


 


 だけど


 日常を生き延びるべく 再び平地に立つ

 踏みつける礫の感触を 湿った土の匂いを

 あの来光を記憶の片隅にそっと置いたまま


 また 日々が始まる

 

 



 「人間じんかん到る処青山有り」


 そんなことを 皆 言うけれど

 情けないことに

 骨を埋める場所はまだ見つかっていない

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る