《02-06》
「まあね。アタシが入学する前の年までは美術部が使ってたらしいのよん。でも、ウマ研に譲ることにしたんだって」
「何か理由があったのかな?」
「さあ、すべては時間の向こう。遥かなる過去のことだから。今となっては解らないよ」
先輩に聞けば直ぐに真相に辿り着けるはず。
それをしないのは興味がないからだろう。
「なるほど。浪漫を感じる話が聞けて楽しかったよ」
「でしょ。やっぱり人生に浪漫は必要だからね」
「さて、僕はそろそろ行かないと」
「あ、随分と話し込んじゃった。呼び止めてごめんね。じゃあ、まったね」
笑顔で手を振る真希乃に、「部活頑張って」と残して踵を返す。
真希乃が窓を閉める音に胸を撫で下ろす。
危機的状況を機転で切り抜けたと言えなくもない。
「そんな風に考えるから、妄想探偵とか言われるのかな」
呟きながら直ぐ隣、目的地である美術準備室のドアの前に立った。
※ ※ ※
美術準備室はどことなく混沌とした空間だ。
壁の棚にはデッサン用の石膏像が並んでいる。
部屋の隅に積んであるのは畳まれたイーゼル達。
窓際に重ねられたダンボールに入っているのは絵の具や画材だ。
室内中央に置かれた簡素な会議テーブルとパイプ椅子。
沙々子はそこに座り、黙々とハードカバーを読み進めていた。
ふと左手の手首、内側に撒かれた腕時計を確認する。
針は午後四時を回っていた。
「当然と言えば当然か。勧誘しておきながら、クラブ名すら告げなかった。そもそも偶然会って少し話をしただけ。過剰な期待をする方が間違いだ」
本を畳む。
「どうにも調子が出ないな。少し早いが帰るとしよう」
床に置いた鞄を、足元に引き寄せた時だった。
前触れもなくドアがノックされた。
反射的に目を向け、じっと睨みつける。
そのまま数秒が経過。ふうっと息をついた。
「気のせいか。昨日からどうかしている。私らしくない」
と、そこで再びドアが叩かれた。几帳面にコンコンと二回。
幻聴ではない。沙々子が椅子を蹴る。
急いでドアに向かおうして鞄に躓いた。
崩れたバランスを取り戻そうと、テーブルに手を付く。
だが、その位置が悪かった。あまりに端っこ過ぎたのだ。
それほど丈夫な造りでないテーブルでは、沙々子の体重を支えきれなかった。
結果、沙々子はテーブルを押し倒す形で転倒。
派手な音が鳴り響いた。
廊下まで届いたのだろう。
直後、ドアが勢い良く開け放たれた。
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