《02-05》

「でもさ、抽象画ってあんまり理解されないんだ。アタシの描いたやつだって、普通の人が見れば子供の落書きと変わらないと思うしね」

 

 そう言い放って、からからと笑う。

 

「で、美術部に何の用? ひょっとして、アタシに愛の告白とか? しょうがないなぁ。帰りにハンバーガー奢ってくれるんなら、考えてあげてもいいかな」

「魅力的な提案だけど、お小遣いに余裕がないから遠慮しておくよ」

「がびぃぃん! アタシの魅力はハンバーガー以下なのか! 衝撃の事実が今明らかに! 今日のがっくりふたつ目です!」

「ははは。実は美術準備室に用があってね」

「ん? ウマ研に? ひょっとして入部すんの?」

「うん。そのつもりだよ」

「ふうん。菜留っちは、そういうのが趣味なんだぁ」

「ち、違うよ。確かに姫堂先輩は素敵な人だけど」

「えっ!」

 

 反射的に上がった声。

 菜留が思わず言葉を止める。

 

 真希乃は目を見開いて固まっていた。

 しかし、それも数秒。その表情がにんまりとした笑みに変わる。

 チェシャ猫を思わせる実に質の悪い顔だ。

 

「そっかそっか。菜留っちにも、ついに運命の出会いが訪れたってわけだね」

「だから、そういうんじゃないってば」

「隠さなくていいよん。大丈夫、アタシも協力してあげるから。うひひ」

 

 付属してくるいやらしい笑いに、菜留の背中を冷たい何かが駆け下りる。

 

「もう告白しかないね! よし、アタシがハートを握り潰すような、ポエミックなラヴレターを代筆してあげる! ラブじゃなく、ラァヴゥッって感じのやつね!」

 

 ありがた過ぎる提案に、菜留は否定を重ねるのは逆効果と判断。

 打開策を考える。

 

「なになに? 沈黙は肯定と受け取っていい? いいね?」

「ところで、淀橋さん。美術準備室は美術部が使ってないんだよね」

「ん?」

「準備室には画材とか石膏像があるはずだし。自由に使えないのは不便じゃないかなって」

「をを。菜留っちは面白いとこに気付いたね。流石は自他共に認める妄想探偵」

 

 妄想探偵。

 周囲からどう見られているか理解できる単語だった。

 思わず溜息がこぼれる。

 

「美術準備室はウマ研の部室だけど、必要な物があれば自由に取っていいことになってるの。だから全然不便じゃないんだ」

「そうなんだ」

「姫堂先輩は、部屋で本読んでるだけだしね」

「でも、美術準備室が違うクラブの部室って、どこか奇妙な気がするね」

 

 

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