《02-07》
「ま、待て!」
恥ずかしい格好を見られたくない。その一心で声を上げる。
しかし、間に合うはずもない。
倒れている沙々子を見て、菜留が駆け寄ってきた。
「先輩!」
「大丈夫、転倒しただけだ」
痛みを堪えつつ顔を上げる。
世界がぼやけ、すべてが滲んでいた。
「眼鏡、私の眼鏡はどこだ」
倒れた拍子に外れた眼鏡を求め、あたふたと床に手を這わす。
一昔前の漫画を思わせる仕草に菜留は頬を緩ませつつ、転がっていた眼鏡を拾い上げる。
「はい。眼鏡です」
「すまないな」
眼鏡を掛け直すと、視界がクリアに変わった。
必然的に眼前の菜留と目が合う。
彼が来てくれた嬉しさ。
情けないところを見られた恥ずかしさ。
それらが混じり合って、沙々子の頬を熱くさせる。
その反応を誤魔化そうと、不愉快な表情を作った。
「随分と嬉しそうな顔だな。私が転んでいたのが、そんなに面白かったかね」
「そんな。違いますよ」
「ふふ、質の悪い冗談だ。許してくれ。それにしても無様なところを見られてしまったな」
「何をしていたんですか?」
「ん。そうだな」
出迎えようとして転んだ、とは言えない。
「部室の模様替えをしていてな」
「模様替え、ですか?」
菜留がぐるりと見回す。
薄暗い室内は飾り気の一つもない。
思わず首を傾げる。
「模様替えの作業中に転倒してしまった。解るな」
「はい。解りました」
「君の素直さは美徳だ」
「ありがとうございます。納得しないと怒られそうだったので」
冗談を返しつつ手を差し出す。
「だが素直すぎるのも問題だ。余計な一言がトラブルを招く」
沙々子が菜留の手を掴んだ。
菜留の心臓が跳ねた。
柔らかい感触と心地良い温度を感じる。
「ちょっと! 何してるのよ!」
いきなり怒声が飛び込んできた。
※ ※ ※
開け放たれたドアの向こうに立っていたのは志穂だった。
「志穂、部活は?」
「今日は休み!」
半ば吠えるように言い放つ。
「もう! いつまで手繋いでるのよ!」
その指摘に菜留と沙々子が、はっと気付いて手を離す。
「こんな薄暗い部屋でいやらしい!」
志穂がドンドンと床を踏み鳴らす。
その剣幕に菜留はたじろいでしまう。
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