《01-06》

 女の子らしいチョイスに菜留の頬が緩む。

 と途端に睨みつけられた。

 

「私がこれを飲むのがそんなにおかしいか?」

「あ、いえ。なんとなくブラックコーヒーのイメージがあったので」

「コーヒーか。あんなのは苦いだけだ。こっちの方が何倍も魅力的だ」

「そうかも知れませんね。僕もコーヒーは得意じゃないんです」

 

 少女に続いて、缶紅茶を買った。

 

 菜留達が玄関から向かったのは西校舎二階、一年担当教員の職員室。

 少女の予想通り、菜留の靴が届けられていた。

 

 靴を見つけ、お礼としてジュースを渡した今、すべて終わった事になる。

 

 このまま別れるのが普通なのだろう。

 そう思いつつも、菜留は手にした缶に視線を落とした。

 もう少し話していたい。

 正直なところ、彼女に惹かれる物がある。

 

 そんな菜留を置いて、少女は近くのテーブルまで移動。

 そこで眉を曇らせた。

 

「君は立ったままお茶を飲む習慣があるのか?」

「あ、いえ。そんなことは」

「なら、ぼんやりせずに座りたまえ」

 

 素っ気無い誘いでも嬉しかった。

 数歩の距離を跳ねるように進み、対面に座る。

 しかし目が合うとなんとなく気恥ずかしくて、落ち着かない気分になってしまう。

 

 少女の方もなんとなく視線を外して、身体を小さく揺すってしまう。

 

 会話らしい会話のないまま数秒が過ぎた。

 重い空気に耐え切れず菜留が口を開こうとした矢先、少女が咳払いをひとつ。

 それを踏み台にして、こう尋ねてきた。

 

「まだ君の名前を聞いてなかったな」

「神楽坂 菜留、です」

「なる?」

「はい。菜の花の菜に留守番の留です。苗字が長いので菜留と呼んで下さい」

「菜留、菜留か。綺麗な音だ。悪くないな」

 

 この感想は菜留にとって意外な物。

 今では慣れているが、子供の頃は名前を呼ばれるのが大嫌いだった。

 

「先輩の名前は?」

「会った時に名札を見せたと思ったがな。私が姫堂だ」

「姫堂先輩ですね」

 

 その反応に少女は軽く首を捻った。

 それから。

 

「なるほど、そうだったのか」

 

 ひとり頷くと、声を漏らして笑う。

 屈託のない笑顔は、意外なほど透き通っていた。

 

「済まなかったな、菜留くん。恥ずかしい話だが自意識過剰だったようだ。改めて自己紹介をさせてもらおう。姫堂 沙々子(ひめどう ささね)だ」

 

 そう言いながらブレザーの胸ポケットから生徒手帳を出して広げる。

 写真が貼られ、名前が書かれているページだ。

 

 

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