第6話 巡る

 不思議なもので、あの事故以来、春菜の予知はウソのようになくなった。

まるで、今まで予知能力などなかったかのように、彼女は普通の生活を送れるようになったのである。

もしかしたら、彼女の前世である少女を助けたことで、春菜の運命も変わったのかもしれない。

だとしたら、それはそれでよかったのかもしれないが?


 そして、さらに月日は流れ、とうとう春菜の出産の日がやって来た。

今まで、彼女の不思議な体験のために、まともに夫婦生活を営むこともできなかった私達にも、ようやく春がやって来たのだ。

念のために、早めに入院していたおかげで、急な出産にも私は立ち会うことができた。

分娩室の前で、我が子の出産を今や遅しと待ちわびていると、陣痛の知らせを聞いた斎藤先生までもが駆けつけて来てくれた。

思えば、春菜の不思議な能力のことで、先生には何かと迷惑をかけてしまった。

先生は、あれはあれで素晴らしい体験だったと言ってくれてはいたが、私達としては、もう2度とあんな思いはしたくはないが。

何はともあれ、今では私達と先生とは、以前以上に親しい間柄となっていた。

春菜もよく、斎藤先生には子供の名付け親になってもらおうと、言っていたほどである。

先生もそれを聞いて、柄にもなく子供の命名に関する本を読みあさっていたらしい。

「どうだね、もう産まれたかい?」

「い、いえ、ま……………まだです」

緊張して、それ以上何も答えられない。

一言言うだけで、舌がもつれそうだ。

いつもは偉そうにしてても、こういった場面になると、男とは何とも無力な存在だと痛感してしまう。

私と春菜の2人の子供が産まれようとしているのに、一方の私は、こうやって分娩室の前で、ただただ待っていることしかできないないのだから、何とも情けない話しだ。

 そうして待つことしばし、ようやく分娩室の方で動きがあった。

ドア越しに、医者や看護婦達の動きが慌ただしくなってきているのが分かった。

そして、

「おぎゃぁ、おぎゃぁ…………………」

何とも可愛い、赤ん坊の産声が聞こえてきた。

とうとう、私と春菜の子供が、この世に生をうけて産まれてきたのだ。

こんなに嬉しいことはない。

もはやあの予知という、忌まわしい出来事のことなど、私はすっかり忘れていた。

春菜が事故を予知してしまい、言い知れない不安と恐怖に脅えていた、あの日々のこと。

そして、彼女の前世の少女を助けたことにより、春菜の人生がなかったものになってしまいそうになったことも。

ところが、ここにきて、とんでもないタイムパラドックスの罠が、私達を待ちかまえていたのだった。

『な、何だぁぁぁっ?!』

『きゃぁぁぁぁぁぁっ!!』

そのとき、分娩室から、医者と看護婦達の悲鳴が、聞こえてきたのである。

いったい何事か分らず……………いや、私達は無意識にその可能性を考え、それに対して不安を抱いていていたのだろう、次の瞬間には私も先生も分娩室のドアを蹴破り、室内に飛び込んでいた。

室内には様々な医療器具と分娩用のベッドが置かれていて、その横で悲鳴を上げた医師と看護婦達が、腰を抜かして尻餅をついていた。

ベッドの上では1人の女の子の赤ん坊が、今も大声で泣いている。

まだヘソの緒も付いたままで、手足をたよりなげに動かしている、弱々しい存在だ。

だが、そこにはいるハズの春菜の姿が、その赤ん坊を産んだハズの春菜の姿がなかった。

赤ん坊のヘソの緒の先は、まるで最初からそこには何もなかったかのように、プッツリと切れて無くなっていたのである。


 1時間後、やって来た警察官達の懸命な捜査にも関わらず、春菜を見つけることは出来なかった。

出来るわけがなかったのだ。

彼女は時空の彼方に消えてしまったのだ。

どんなに警察ががんばっても、見つけることが出来るわけがない。

「エヴェレットは、間違っていたのでしょうか?」

もはや気力もなえて、力なく待合室のベンチに座っていた私は、隣で同じようにうなだれている先生に聞いた。

さすがに今回のことは、先生もショックだったみたいで、さっきから何度もため息をついている。

あの事件以来、親密になっていた先生にしてみても、もう春菜は娘のような存在になっていたのだ。

「私にも分からないよ。だが、元々彼女の存在は、ひどく不安定なものだったのだろう」

「同じ時間に、同じ魂が存在していたから、ですね? でも、だったらあのとき、春菜が自分の前世の少女を助けたあの瞬間に、どうして彼女は消えなかったんでしょうか?」

私がそう聞き返したとき、ようやく警察の現場検証が一段落ついて、赤ん坊が私のところに連れてこられた。

オカルト現象のように、突如として空間に溶けるように消えた、妊婦の子供とあってか、連れてきた看護婦の表情は気味悪そうにしているように見える。

先生は、連れてこられたこの子を見て、

「もしかしたら、あのとき彼女の体の中に、この子がいたからこそ、彼女は消えないですんだのかもしれない。あそこで彼女が消えていたら、転生には関係のないこの子まで消えてしまうからね」

「そ、そんな…………………………」

せっかく、彼女を苦しめていた予知能力からも開放され、産まれてきた子供と幸せになれると思っていたのに、何故、運命はこれほどまでに残酷なのだろう?

私は産まれたばかりの我が子を抱きしめ、声を上げて泣いた。


 あれから5年の歳月が流れた。

私と春菜の子は、春菜の名前から1字取って春恵と名付け、来月には幼稚園に通うことになっている。

今までも何度か、『どうして私には、お母さんがいないの?』と聞かれ、何と言えばいいのか、私を戸惑わせることもあった。

タイムパラドックスのために消えてしまった春菜の魂は、今はどこにあるのか分らないが、きっと天国に行けたものと信じ、私はいつもそんなとき、娘には『天国から見守ってくれている』と教えてきた。

それでも、母のいない寂しさを感じているのだろう、よく春菜の位牌を見つめて、涙を流している春恵の姿を、私は今まで何度も見たことがある。

そこで、少しは春恵にとっても気晴らしになるのではと、休日に遊園地に連れて行ってあげることにした。

もちろん春恵は大喜びである。

娘の笑顔が、私まで元気づけてくれた。

それで、どこの遊園地に行こうかと、春恵と2人で遊園地の情報を、インターネットで見ていると、

「私、ここがいいっ!!」

と、春恵は遊園地の案内が表示されたモニター画面を指さした。

だが、春恵が示したその遊園地は、かつて春菜が前世の少女を助けた、K町の遊園地だったのである。

たしか、春菜が予知した絵にも、遊園地が描かれていた。

春恵が行きたいと言った遊園地は、その絵にあった遊園地なのである。

「ダ、ダメだっ! ここだけは行けないっ」

「どうして? どうしてダメなの?」

不思議そうに小首を傾げて聞く春恵に、私は何と言って答えたらいいのか分からない。

「どうしてもダメだ。ここは………………」

私が何とかごまかそうとしていると、春恵は画面に表示されたK町の遊園地を指さし、

「でも、次のお休みの日、ここでジェットコースターが壊れて、たくさんの人が死んじゃうんだよ。だから早く行って、遊園地の人に教えてあげないと」

「………………………え?」

一瞬、春恵の言った意味が分からず、私は硬直した。

画面を見ると、遊園地の案内と同時に、K町の全景が映っていた。

それは、春菜の絵と同じく、公園の展望台から見た画像で、町の中心には完成した、立派なツインタワーが、誇らしげに立っていた。

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サトリ/完全未来予知 京正載 @SW650

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