第4話 事故
その後、調べてみると、建物のデザインが公表されたのはつい最近のことだと分かり、絵を描いた当時の春菜が、そのデザインを知るわけがないことも分かった。
その事実に、私も先生も、今さら驚きもしなかったが。
問題なのはそのことよりも、この町で、いったい何が起ころうとしているのかである。
何でもない小さな事件ならまだしも、もしも春菜が最初の頃に予知したような、大事故が起こるかも知れないと思うと、もはや私や斎藤先生も、他人事のように見ているわけにはいかなくなったのだ。
それからおよそ半年。春菜のお腹も大きくなり、予定日まで2ヶ月となったころには、例のツインタワーも三割ほど完成していた。
私達は春菜の体調を気にしつつも、月に数度はこのK町にやって来て、予知のその先を探った。
しかし、その結果はやはり何も得るものはない、といった結果は春菜の予知に頼らなくとも私にも分かった。
この数ヶ月、あれこれと考え尽くし、調べ廻ったというのに、これといって何の成果もなかったのだ。
もはや私だけでなく、予知能力で悩んでいた春菜本人でさえ、諦めてしまっている。
「あのタワーが完成したら、いったい何が起こるんでしょう?」
私はふと、春菜が描いた絵と、公園の展望台から眼下に見える町の中央にそそり立つ未完成のタワーとを、見比べながら呟いた。
春菜の予知の絵には、タワーは完成した状態で描かれている。
きっとタワーが完成した後に、何か事件が起こるものと、私達は思っているのだが、何故か今回ばかりは、春菜の予知はそれを告げてこないのであった。
「我々には予知をする能力はないんだ。今は様子を見ているしかない」
「そうですね。まあ、完成までには時間もありますし、それまでに何が起こるのか春菜が予知するかもしれません。その後で、事件を回避する手段が見つけられるかもしれませんし、今は静観するしかないですね」
もはやどうすることもできないと、私達は意気消沈して、肩を落としてホテルに帰ると、ホテルの前で春菜が、心配そうな顔で私達を出迎えた。
すでに夕方も近く、肌寒い時期ということもあって、妊婦である彼女には、できるだけ部屋にいるよう言ってあったのだが、彼女はどうにも落ち着きなく、そわそわとしていた。
「こ、幸介っ!」
「春菜、どうかしたのか?」
「その……………………、予知とは違うかもしれないんだけど、あの工事中のタワーの方で、何か起こるような気がして……………」
「?」
私と先生は、お互いの顔を見合わせた。
「分かった。とにかく現場へ向かおう。もしも何か予知が見えたら、すぐに教えてくれ」
「うん」
脅えたよな瞳で答える春菜。
私と彼女と先生は、そのまま急いでタワーの工事現場に向かった。
工事現場に向かう春菜の表情は、かなり強ばっているように見えた。
考えてみれば、この不思議な能力に一番困惑し、悩んでいたのは彼女自身なのだ。
そんな彼女の助けになればと、ずっと私達はこの不思議な現象を調べ廻っていたというのに、今だに何の成果もあげてはいない。
(本当に彼女を、助けることなんてできるのだろうか?)
私はどうしようもない無力感と、彼女がいつか遠くに行ってしまいそうな、妙な不安を感じていた。
自分には予知能力がないというのに、そんな予感を感じ、その予感が当るのが恐くて、私は何かに脅える彼女に、声をかけることさえできなかった。
それにしても、もしも何かが起こるとすれば、きっとタワーが完成した後だろうと思っていただけに、予想もしていなかった彼女の言葉に、私と先生は戸惑いを感じた。
だが、何とか陽が暮れる前に現場に到着して、あたりを見渡したが、昼間に見たときとさほど変わったところは見られない。
今回は事件の予知ではないのだろうか?
「春菜?」
「う…………………うん」
何故か落ち着きなく、彼女はあたりを見渡していた。
何か、自分に訴えかける何かを、探しているかのようだ。
「春菜、何を探しているんだい?」
「分からない。分からないけど、ここで誰かが、私にとって何か、大きな意味を持つ誰かが現れるような…………………あっ!」
そこで春菜は、タワー建築現場の柵のそばを歩く、とある家族を見つけた。
若い両親と、6歳ほどの幼い少女の3人家族のようで、仲良く手を繋いで、こちらの方に向かって歩いて来ている。
春菜はその家族の、特に少女を見つめていた。
「春菜、あの子がどうかしたのか?」
「あの家族に何か事件が起こるとでも?」
春菜にそう聞く私と先生に、しかし春菜は答えず、いや、答えられず、まるで幽霊でも見たかのように、額に脂汗をうかべて顔を蒼白にしていた。
「は、春菜っ?!」
「ダメ……………………」
「え?」
「そこを通っちゃ、ダメェッ!!」
突如、春菜は悲鳴にも似た叫び声をあげて、その親子の所へ駆け出した。
「どうしたんだっ、春……………………」
言いかけたと同時に、どこからか金属が弾けるような音が聞こえた。
「なっ、何だっ?!」
その音がした方を目で追うと、それは目の前の家族がいる場所の頭上、ちょうど建築中のタワーの上の方だった。
建築用の鉄筋を束ねていたワイヤーが切れて、十数本もの金属柱が、その家族めがけて、雨のように降ってきたのである。
「あ、危ないっ!」
叫ぶが、すでに遅い。
重力に乗って、凄まじい加速で落ちてくる鉄筋が、もう家族のすぐ真上にまで迫っていた。
だが、
「うわっ!」
「きゃぁぁっ!」
その刹那、一瞬早く、すでに事故が起こることを感じとっていた春菜が、自分が妊婦であることも忘れ、3人を突き飛ばしていた。
その直後、突き飛ばされた家族と春菜のすぐ背後で、勢いよく落ちてきた金属柱が、土煙をあげて地面に突き刺さった。
まさに一瞬の出来事だった。
いきなりのことに、さっきまで自分達がいた場所に突き立つ鉄筋を、呆然と眺めながら、
「あ、ありがとうございました」
彼女に助けられた若い父親は、驚いて泣いている娘を抱き上げながら、自らの危険にも関わらず、自分達を助けてくれた春菜に、深々と頭を下げて礼を言った。
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