第3話 ツインタワー

 N市は元々地震の少ない地域だったため、被害は地震の規模のわりには甚大だった。

テレビでも連日、この大災害のニュースが報じられない日はなく、地震学者が毎日のようにアナウンサーに、あれこれと専門用語を並べ立てて説明をしていたが、最後にはどの学者の意見も共通して、地震の予知は不可能だという結論に達していた。

『河内君、次の日曜にちょっといいかな? できれば奥さんと一緒に来てもらえれば幸いなんだが』

地震の後、斎藤先生から電話がかかってくるのに、それほど時間はかからなかった。

先生も自分なりに調べたのだろうが、この不思議な出来事は、今回の地震だけでも説明が不可能であるということを、学識のある専門家達でさえ、テレビで証言しているのだ。

いかに高名な斎藤先生といえども、この謎ばかりは解けるとも思えない。

だが、春菜が置かれた状況に対して、的確な判断ができる見識ある人物など、私には先生以外に心当たりがなかった。

私は次の日曜、春菜と連れ立って先生の家に向かった。


 春菜と先生とが会うのは、たぶん私達の結婚式以来だろうか?

あの日は彼女も緊張して、ろくに会話もできなかったが、私がいつも先生の事を話していたので、当時のことを彼女もよく覚えていた。

かるく挨拶をしてから、私達は先生の書斎へと通された。

何度も先生宅には訪れたことのある私でも、この部屋には数入ったことがない。

何せここには、先生の学者としての大事な資料が山のように置いてあるのだ。

ただの知人というだけの間柄の私では、そう簡単には見せてもらえないような、大事な書類もたくさんあったのだろうが、

「ずいぶんと散らかってますね?」

「ああ、例の謎を解き明かすため、全ての資料を調べ直したのだが………………………」

様々な資料や文献が散らばる部屋を見渡し、先生はため息をついた。

やはり先生にも、春菜の予知能力の謎についてはお手上げだったらしい。

「まあ立ち話も何だ。2人とも適当にそこいらに座ってくれたまえ」

「は、はい…………、でもいいんですか?」

私達はすすめられるまま、足下の資料を横にずらせて床に座った。

せっかくの貴重な資料を雑に扱うのが、気が引けてならなかったのだ。

「構わんよ。今回のことで、もはや後片づけする気力さえ失せてしまった。そのうちに誰かに整理させるから、適当に転がしておいてくれたまえ。

そんなことより、例の話しだ。認めたくはないが、彼女の予知能力は認めざるをえない。君達自身、他に何か分かった事とかはないのかね?」

「い、いえ、それがさっぱり。なぁ?」

私は春菜に問い掛けたが、彼女もやはり原因が分からず、この中で一番困惑顔をしている。

そして何より、私の敬愛する斎藤先生にまで迷惑をかけてしまったと、彼女は申し訳なさで涙顔になってしまっていた。

そんな彼女を気遣うように、先生は一拍おいてから、

「正直なところ、私にも原因は分からない。せめてそれらの予知に対し、何かの共通点があればと調べてみたが、共通点といえば、どれもいつかは、誰でもテレビや新聞で知るであろう内容ばかりだということだ。もちろん、予知された段階では誰も知るわけがないだけに、今は何とも言えないが」

「はい。それに不思議なことに、後で春菜から聞いた話では、予知で見えた事故現場の画は、後日テレビで放映された映像と同じアングルから、見たような感じだったそうです」

私の言葉に、春菜はうなづいて答え、先生はさらに不思議そうに小首を傾げた。

「うむぅ、と、いうことは、奥さんは事件を予知したのではなく、ニュースや新聞記事の内容を予知したということなのか?」

腕組みし、さらに考え込む先生に、春菜はハンドバッグからおずおずと、1枚のスケッチ画を取り出して、それを私達に見せた。

それは彼女直筆の風景画で、どこかの町を小高い丘の上から見渡したような景色だった。

「あ、あの、たぶんこれも予知と思うのですが、昨夜、こんな景色が見えました。どこかの町だと思うのですが?」

その絵の町は、四方を山に囲まれた田舎町のようであったが、そこそこに高いビルも見えるし、町の中心には特徴的な、ツインタワービルが建っていた。

町の反対側には3つの山が並んでそびえ、その麓には大きな遊園地がある。

「これがどこだか分かりますか?」

「いえ、そこまでは? 何故か今回は見える情報が曖昧で、場所がどこなのか、何が起こるのかが、全然分からないのです」

先生はしばしその絵を眺め、

「とりあえず今は、この場所がどこなのか、特定を急ぐとしよう。なぁに、今はインターネットという便利なモノがあるからね。こんな特徴のある町を見つけ出すのは何でもないことだ。それより問題は、ここで何が起こるかだ」

「はい。私もそれが気になってたのですが、今のところはまだ…………………。 分かり次第、夫か先生にお知らせしますので、もう少し待って下さい」

自分の予知次第で、場合によっては人命が救われるかもしれないと、春菜はいつにも増して真剣な目で訴えかけた。

 その後、2時間ほど先生と話しをしてから、私達は帰路についた。

帰りの道すがら、やはり春菜は予知のことを心配して表情を曇らせていたが、それとは別に、心の中に何か抱えているようで、時々、ソワソワとした顔で私の方を見ていたので、

「どうかしたのかい? さっきから妙だよ」

「えっ、あ、う………………うん」

私の問い掛けられ、彼女は戸惑ったような表情で顔を赤らめていた。

そしてそのまま黙り込んでいたが、

「あ、あのね、昨日から言おう言おうと思ってたんだけども、ずっと言いそびれてて、その、私………………、子供ができたみたい」

意を決してそこまで言うと、彼女は恥ずかしそうに顔を手で伏せた。

「え、春菜………子供って、まさか?」

「……………うん」

今まで、ワケの分からない予知能力のために、ずっと落ち込んでいた彼女が、久しぶりの笑顔を見せてくれた。

それだけで、気分の滅入っていた私も、何だか救われたような気がした。

こうなったら、何としてでも彼女と、まだ見ない我が子を守るために、この謎の事件を解決しなくてはならない。

そう決心した私は、彼女を抱きしめた。


 問題の絵の町の特定は、意外なまでに難航した。

日本国内に、絵のようなツインタワーなど、そんなに数はないのに、何故か絵の状況に該当するビルが見つからないのである。

そこで、斎藤先生ともあれこれ相談し、見方を変えて探してみることにした。

タワーではなく、背後の山の形状から町を特定しようと思ったのだ。

すると、次の日にはそれらしい山を見つけ、ちょうど休日ということもあり、私と先生は早速その山が見えるK町に向かった。

「まさかとは思ったが、本当にあの絵とそっくりじゃないか」

町を挟んで山の反対側に、大きな県立公園があり、その中の展望台から町を見渡すと、春菜が描いた絵とそっくりな景色が開けていた。

山の形といい、町の中に立つビル群の形状や位置、さらには遊園地の施設、それらの全てが絵と合致していた。

特に遊園地のジェットコースターにいたっては、レールの形状に寸分の狂いも見られない。

まるで春菜が、この展望台に来て絵を描いたとしか思えないほどだ。

ただ、彼女の絵とこの景色との違いは、どこをどう探しても、あの特徴的なツインタワーが見つからないということだけである。

「やはり、ありませんね」

「うむ、最初に調べたときに、この町が見つからなかったわけだ。肝心のタワーがないのでは、見つからなくて当然だ」

私達はもう一度街並を見渡し、念のために絵ではタワーがあったであろう場所へ向かった。

とはいえ、見知らぬ地であると同時に、開発真っ只中のK町は、どこも近代的なビルが建ち並び、多くのマンションが乱立している。

下手に歩き回ると、迷子になってしまいそうだ。

そうして小一時間ほど町中を探していると、私達の足はある工事現場の前で止まった。

ここいらでも、ひときわ大掛かりな工事が行われているようで、しきりに何台ものダンプカーが行き交っている。

現場の広さもかなりのもので、最初はドーム球場でも作るのかと思ったほどだ。

ところが、現場を取り囲む柵に貼られていた施設の完成予想図を見て、私達は息を呑んだ。

そこに作られようとしていた建物は、春菜の絵に描かれていたツインタワーに、そっくりだったのである。

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