Show Time
「………何がおかしい? 己の失策がそんなにおかしいか、暗殺者」
いきなり笑顔を見せたラヴィ女に、ユジーンは訝しげな声をあげる。
まあ、どうせ観念したとかそんなことだろう。或いは覚悟でも決めたか。
どちらの覚悟にしろ――戦うにしろ、大人しくするにしろ――終わりだ。ユジーンは余裕をもって、彼女の次の言葉を待った。
そして、その余裕を失った。
「いえいえ、どうやらやはり、暗殺者に狙われている話は本当だったようですね。お客さまも驚いたでしょうね?」
それは、考えたくもない現実、答えの出ている問題だった。
闇取引は信用が第一。『暗殺者に狙われている』プラス『パーティー会場で毒を盛られた』という2つの情報が合わさったら、どうなるか。
答えは明白――ゼロだ。
誰だって、巻き添えは御免だと思うに決まっている。そしてだいたい、こういう噂はさっさと広まるものだ。
「………火消しは手早くやるつもりだ。手始めに、火元からな」
「それで火が消えますかね? 私が火種だと誰が信じるんですか? でっち上げを疑われるだけでしょう」
ユジーンは舌打ちする。
言われるまでもなく、言われた通りである。1度でも無くした信用は、一朝一夕には取り返せないものだ。暗殺者は排除したと言ったところで、嘘を吐けと言われたらお仕舞いである。
「証拠を積み重ねても、どうせ
「だが、そうする他あるまい」
「いいえ」ラヴィ女は笑いながら首を振る。「ご存知のはずですが?」
ユジーンは再び舌打ちする。
その通り、解っているとも。
信用を諦めるしかない。
諦めて、そして、それより良い物を見せてやるしかないのだ。
「商売の基本は、相手の欲しがるものを与えてやることです。詰まり………疑わしい相手からでも、欲しくなるような代物があれば、信用は取り返せる」
「画期的な新商品か。当てでもあるのか?」
聞いてから、ユジーンは答えに思い至る。
「そうか、お前は、端からこれを狙っていたな?」
ラヴィ女の目的は、【売り込み】というわけか。騒ぎを起こして暗殺の噂を信じ込ませ、【
まして、ユジーンは狙われている張本人である。命には代えられない、言い値で買うだろうというわけだ。
「まあ、【
失敗でした、とラヴィ女は肩をすくめる。
ユジーンは重々しく頷いた。彼女の見立ては正しい――優秀な部下が居なくては、ユジーンといえども名前すら知らなかっただろう。
「偶然だがな、情報が入っていた」
「それはまた、嫌な偶然だ。………それで、どうします? このまま私を暗殺者に仕立てますか?」
「それは
女自身が指摘した通り、今重要なのは暗殺者の身柄を捕らえることではない。そんなその場しのぎではなく、今夜の損害を補って余りある何かがいる。
ニヤニヤと笑うラヴィ女。その手の中で、青い蓋の瓶がゆらゆらと揺れている。
「いかがです? 偽物とはいえ、【
「魔術師でない今夜の客たちは、逆に【
権力者には、常につきまとう影がある。疑心暗鬼という名のそいつに、一生追われ続ける定めである。
その魔の手を1つ、潰せるとしたら、彼らは幾らでも支払うだろう。
ラヴィ女の笑いと、血色の戻り始めた少女と、すっかり人気のなくなったホールとが順繰りに映る。
ユジーンは、頭の中で高速で計算をし始めた。
「見事な部屋ですねぇ、儲かって居られるようだ」
「不用意に触らないでくれ。………あぁいや、君のためだよ。この部屋には警備用に魔法道具を仕込んである。下手に触って起動すれば、部屋ごと吹き飛ぶ」
「それはそれは。だとしたら、貴方を殺すのは簡単ですね。私が暗殺者なら、ね」
「
ユジーンは既に、
古いが質の良い黒檀の机。そこに腰掛けつつ笑みを浮かべるユジーンの、リラックスした笑みに私は唇を歪める。
予定通りだ。
人は、自分で見たものを信じる生き物だ。私が偽の毒を偽の薬で治すのを見た彼は、それから推理した『偽の薬を売り込みに来た』ということまで信じてしまった。
推理の土台は真実だ――ディアが飲んだのは偽の毒だし、私が飲ませたのは解毒剤ではあるが、石化剤の薬ではない。
だが、そこから派生する推理は、私の言動に歪んでいる。
ポイントは2つ。
1つ目は、【
魔術師の中でメドゥーサといえば、神話級の魔法薬。少しでも魔術をかじっていれば、そんなものは無いだろうと予想がつく。
無いと予想しているところに見せた、偽の毒。自分の予想通りの偽物に、ユジーンの警戒は僅かに下がった。
もう1つは、
彼女が私の仲間だと知らないユジーンは、私が一人で毒を盛り、また治したと思っている。
自分の屋敷の警備に絶対の自信を持つユジーンは、暗殺者が単独で入り込むとは思っていない。周到に、段取りをとって入ってくるはずだと予想しているのだ。
だから、一人で行動する私を暗殺者だとは予想しない。
それらのユジーンの予想を利用すれば。
私の芝居を見抜いた(と思っている)ユジーンに、予想通りの台本を演じてやれば、彼は易々と引っ掛かるというわけだ。
今やユジーンにとって、私は『自分を騙そうと近付いてきた詐欺師』でしかない。
ここで、もう1つ。私の流した噂が物を言う。
「暗殺者は、今回の騒ぎを見ていたはずだ」
「………えぇ、見張っていたでしょうね」
そう。
暗殺者は居ると、ユジーンは未だに信じている――これは真実なのだから、当たり前だが。
ところが、彼いわく私は暗殺者ではない。
とすると、詰まり。
ユジーンは、私でない暗殺者の影を追い求めることになるわけだ。
そんなものは、居もしないのに。
「さて、では商談を始めようか」
「商談を?」
私は、わざとらしく首を傾げた。
勿論わざとだ――しかし、ここでは私は、ちょっと賢いだけの詐欺師でなければならない。
一番頭の良いのはユジーン。そう思ってもらわなければならない。
「どういうことです? 私の薬は、毒も含めて偽物ですよ?」
「それを知っているのは、私と君だけだ。まして、暗殺者は知らんだろう?」
よし、と私は内心頷いた。
さすがに頭が回る。
「解りませんね、どういう話ですか?」
「良いかね? 暗殺者は居て、彼は毒を用意している。だが、その実態を彼は知っているかな?」
「………知らないでしょうね」
「だろうな、所詮は卑しい賊にすぎん。私や君のように、神秘の深遠に理解は及ばんだろう。精々その辺の野良犬にでも試して、身動きできずに死ぬ、という結果を知っているくらいだろう」
そこをつく、とユジーンは予想通りの言葉を放った。
私はなるほどと頷いた。賢すぎるのは不味いが、愚かと軽んじられても不味い。ここは察しの良さを見せておくべきだろう。
「私の毒を飲むと」
「その通り。私の状態を見れば、暗殺者は【
「そこで、私の薬の出番ですね」
「
ユジーンが我が意を得たりと言いたげに叫んだ。自分の思った通りのことを、相手が言ってくれたという歓喜の叫びだ。
私も、同じ気持ちである。
「薬を飲めば、すっかり元通り。観客たちは驚き、こぞってこの薬に手を伸ばすだろう」
「そして暗殺者も、諦める」
「少なくとも手段は変えるだろうね。だが、毒は2度と使えん。一度治るところを見れば、絶対にその予感からは逃れられないからね」
それは、その通り。
私たち暗殺者は、必中の矢しか使わない。当たらないかもしれないのなら、別に矢に拘らなくとも良いのだから。
「一石二鳥、というわけだ。そして君にも金が入る。もし望むなら、この薬製造の任を任せても構わんよ?」
どうかね? と微笑みながら首を傾けるユジーンに、私も満面の笑みを浮かべた。
正に、我が意を得たり、だ。
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