Party Time
「やあ、ようこそいらっしゃいました」
「どうもお久しぶりですな」
「いかがです、楽しんでおられますか?」
客人の間を鳥のように飛び回りながら、ユジーンは内心でため息を吐き出す。
事実、彼らは正にひな鳥であった。
自分たちで餌をとる努力を放棄し、親鳥たるユジーンからのおこぼれを待つ愚かな幼子。
自分の趣味や興味で収集を始めたくせに、それを生産しようとしない、生粋の寄生虫ども。
ならば、対価を受け取るのは当たり前だ。
餌は与えてやるとも――金の卵を産む雌鳥ならば、それなりによい餌で育ててやる。
せいぜい肥え太るがいい。ユジーンは束の間本気で笑いながら、テーブルを飛び回る。
「………」
盛大なパーティーである。
広いホールにテーブルがいくつも並び、色とりどりの料理の花を咲かせている。その多くはディアが見たこともなく、勿論食べたこともない料理であった。
彩りでいうのなら、来客たちも負けてはいない。ドレスは言うまでもなく、男性のタキシードさえも派手な色づかいで、かつ何やらキラキラ光る不思議な素材であった。
肩を大きく露出させた彼女たちを見ながら、なるほどパーティーひとつとっても違いはあるものだと、深く頷く。
一応、ディアもドレスは着ている。赤いそれは随分派手だと、初めて見たときには驚いたものだが、こうして花に集まる蝶の群れと比べるとそうでもない。寧ろ地味すぎたかもしれないくらいだ。
【赤の女王】は、パーティーを開かない人間だった。来客の顔ぶれを想像すれば無理もないが、しかしいざ他国のパーティーに出席する段になってみると、1度くらいそういう機会があっても良かったのではないかと、ディアはしみじみ思った。
誕生日でも、誕生日でない日でも。
皆で集まり騒ぐ機会が、1度くらいは。
ため息を吐き出す。
どうでもいい話だ――思い出は優しいが、現在の助けにはならない。実現しなかった思い出なら、尚更だ。
今は、仕事に集中しなければならない。
ユジーンの接近を待ちつつ、ディアは慎重に、料理を皿に山盛りにし始めた。
「………ユジーンさん、お久しぶりですな」
「おう、これはこれは………」
ユジーンは内心で首を傾げる。この禿げ頭は、いったい誰だったか? 確かに見覚えはあるが、名前が思い出せない。
幸い、禿げ頭は自己紹介に興味はないようだった。挨拶もそこそこに、唾を撒き散らしながらまくし立てる。
「久しぶりだが、しかし、どういうことかね? いささか趣が変わったようだが?」
「は?」
「あれだよ」
今度は現実でも首を傾げたユジーンに、禿げ頭は苛々とした様子で、ホールの隅を指し示した。
いったい何事か。ユジーンは眉を寄せつつ、そちらに視線を向ける。
そして、凍り付いた。
1人の少女が、テーブルを蹂躙していた。
テーブルに並べられた料理は、その色や種類、食べあわせを考えて配膳されている。離れて見れば、ちょっとした花壇にも見えるだろう。
少女はそれを、遠慮も躊躇もなく収穫していた。
左手に持った皿が、瞬く間に山盛りになる。テーブル上に構築された美の空間が抉られて、縮小されて皿の上に再現される様は、最早
それが、見る見る内に消費されていく。
その細身のどこに入ったのか、あっという間に皿上の小宇宙は消失してしまった。
次の
「品性がない、品性が! 貴方の商品は、魔術師組織の正規品と比べても遜色ない。どころか、一点物の高品質品ばかりです。しかしだからこそ、ここは美を理解する者たちの場であるべきでしょう。あんな、安物のドレスしか持たない小娘の来るところじゃあない!」
言われて初めて、ユジーンは少女のドレスに目を向けた。確かに安物のようだが、派手すぎない分ユジーンには好感が持てた。
というよりも、まるで気にならなかったのだ――その手に乗った皿が凄すぎて。
あれが、解らんのか。あの美しさが。
コックがテーブルに産み出したのは食べる芸術。言うなれば、消費されることを前提とした美術である。
少女は、皿の上にそれを凝縮させている。
肉と魚と野菜とが同居しつつ、互いに互いを食い合わない配置。
ソースとソースとが混ざり合わぬよう繊細に、しかし大胆な構図で描かれる山は、不作法に陥る寸前のラインで踏みとどまり、あくまでも美しさを主張しているようだ。
正に、春夏秋冬を食材で表現したような皿に、ユジーンの目はすっかり奪われてしまっていた。
間違いない、彼女は
山は、無情にも消えていく。それが逆に、現実における美の儚さを示している気さえして、ユジーンは感動すら覚えていたのだ。
………彼は知らない。
大いなる勘違いを抱いたまま、ユジーンは静かに、ディアへと歩み寄っていく。
「すみません、お嬢さん………」
ちょうど、ローストビーフを口に運んだ瞬間であった。ユジーンは少女が咀嚼するのをじっと待ち、
「っ!?」
少女の全身が、びくりと硬直した。
空の皿が、重力に引かれて床に落ちる。そのあとを追うように、少女の身体も崩れ落ちた。
どさり、と。
倒れ伏して微動だにしない少女の姿を、ホール中の全員が見た。
「………
誰かが、叫んだ。
それが引き金となって、ホールに悲鳴と怒号が鳴り響いた。
何せ、後ろ暗いところのある闇取引。来客たちは我先にと出口に殺到してしまう。
「毒だ、毒を盛られたんだ!!」
「どけっ!! 俺を誰だと思ってるんだ!!」
「早く、早く出てよ!!」
数は暴力だ。
日頃さして身体を鍛えている訳でもないひな鳥どもであっても、自らの死に追い付かれないためには、とんでもない力を出すものである。
立ち塞がる護衛たちが押し倒され、彼らは嵐のように廊下へと出ていく。
「くそ………」
ユジーンは歯噛みした。
もしあのなかに暗殺者が紛れていたのなら、脱出はさぞ容易いだろう――狙いはしくじったとはいえ。
………本当に?
あれほど鮮やかに毒を盛った暗殺者が、標的を間違えたりするだろうか。
もしかしたら、間違いでなかったとしたら。
少女の死を代価に、騒動を巻き起こすことが目的だったとしたら。
「………よし、館を捜索しろ。もしかしたら、中に残ったかもしれん」
「はい。………あの少女は、どうしますか?」
「助からん、放っておけ」
話に聞く石化剤なら、もう手遅れだ。
吐き捨てたユジーンに、その声は背後から掛けられた。
「なら、私にいただいても宜しいかな?」
「っ!? 誰だ?」
弾かれたように振り返ると、そこには、1人の亜人が悠然と立っていた。
ラヴィだろうか。全身を覆う陰鬱なローブの頭から長い耳が出ているが、他に露出している部分は無く、判断は付かない。
ラヴィ女は音もなく少女に近付いていく。肩から下げた古びた鞄から青い蓋の瓶を取り出すのを見て、ユジーンは鼻を鳴らす。
「無駄だよ、石化剤だ」
「無駄ではありません、これは万能薬ですから」
眉を寄せるユジーンに取り合わず、ラヴィ女は少女の上半身を抱き上げると、口元に瓶を近付ける。
ユジーンは目を見開いた。
少女が自ら口を開けて、薬を飲んだのだ。
「………助かったのかね?」
「えぇ。なにしろ万能薬ですから。いやあ、いい
「ほう、とすると君は、それを売りに?」
「えぇ。あなたはこういった出物を扱うと聞いたので」
「そうかそうか、品質の良いものは勿論買うとも。――しかし」
嬉しそうな笑みを見せるラヴィ女に、ユジーンは冷笑を向ける。
指を鳴らす――護衛たちが意を悟り、素早くラヴィ女を包囲した。
四方から向けられる敵意に怯むラヴィ女に、ユジーンは勝ち誇ったように告げた。
「それは
護衛たちが、支給してある
「残念だったな、失敗だよ。暗殺者め」
自らを囲む護衛たちを順繰りに眺め、最後にユジーンの方を見て、そして。
ラヴィ女は、にやりと笑った。
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