Liar Like Liar

石化剤メドゥーサだと?」


 業界でも有数の【魔法道具マジックアイテム】収集家にして仲介者、ユジーンは眉を寄せた。


 初老に差し掛かったくらいか。

 小柄な身体は、彼くらいの年齢で金を持つ者にしては細身である。癖の強いが豊富な頭髪といい、分厚い眼鏡の奥の神経質そうな瞳といい、頑固な老店主といった風体だ。


【強盗通り】の住人たちでさえには選ばなそうな、よく言えば庶民的な老人にしか見えない。だが――人は見掛けには依らないもの。彼の部屋を、或いは館を見れば、彼らも考えを改めるだろう。


 ユジーンが腰を下ろすデスクも、本棚も、敷き詰められたカーペットも全てが一級品であり、そして。この部屋で狼藉を働こうものなら、四方八方から神秘の力で貫かれることだろう。


 彼の趣味であり、仕事でもある魔法道具の仲介。その成果が、部屋に満たされているのだ。


 彼の特徴は、魔法道具を取り扱うのではなく、――組織を抜けて、居場所を無くしたはぐれ魔術師たちを保護しているのだ。

 魔術師は基本的に自分本意であり、他者との馴れ合いなど苦手どころか思考の埒外という者が多い。身を守るために出来た組織ではあるが、居づらくなる者も多いのだ。


 ユジーンは彼らに場所と金を与え、彼らはを提供する。

 いわば、究極の産地直送。どこにも出回っていない魔法道具を取り扱うユジーンのことを、人は羨望と嫉妬を込めて、【蒐集家コレクター】と呼んでいるのである。


 ユジーンは、見た目だけは偏屈な老人そのままに、不愉快そうに鼻を鳴らした。


「聞いたことがない。魔術薬ポーションの類いか?」

「いいえ」


 不機嫌な声に応えたのは、ユジーンとは別な意味で、強盗も避けて通るような男だった。


 印象としてはただ一言――筋肉マッスル

 山と見まごう見事な体躯が、黒いスリーピースのスーツに無理矢理詰め込まれている。

 腰を下ろす革張りのソファーが小さく見える。肉体全てから威圧感が立ち上るような、見る者をすくませる悪鬼のごときその男は、意外にも静かに首を振った。


「どちらかと言えば、魔法薬エリクサーレベルの代物でしょうね。おそらく、誰も創れはしません」

「それほどか。肉体を、石にしてしまうのか?」

「いえ、それは比喩だと思われます。魔術師にとって石化とは、詰まり麻痺。飲んだら最後、身動き1つ取れないとか」


 冷静に語る男は、どうやら魔術に通じているらしい。だが――おそらくだが、魔術師には見えない。

 それどころか、


 男の顔は、首の辺りから

 ぞろりと並んだナイフのような牙に野生を、紅く燃える瞳には知性を浮かべ、男は自らの得た情報を開示する。


「解毒しようにも、喉はおろか食道が動かないため受け付けないのだそうです」

「それが、創られたというのか?」

「その様ですね、


 ユジーンは渋面を浮かべる。

 目の前の男は、部下の中でも一番のだ。男が「ある」というのなら、如何に疑わしくとも信じるべきである。

 問題は。


「それが、創られたということだな」


 数日後に控えた、ユジーン主催のパーティー。

 新たな顧客の獲得も兼ねて門戸を広く開けた企画は、その毒を使いたい人間にとっては絶好の機会と言えるだろう。

 使いたいは、1人しかいない。


「中止するわけには?」

「いかん。こういうことは、1度でも退けばケチが付く」


 客商売は信用第一。特に、こうした裏社会での客商売は、ということが大事なのである。

 脅しに1度でも屈したら、彼らは2度とユジーンに見向きもしないだろう。

 まして、今回は脅しですらない。


 勝手知ったる犬頭も、渋々と頷く。


「私の任務も、外せません。お側には居られませんが、重々お気をつけ下さい」

「わかっている」


 

 毒の何より恐ろしいところは、【いつの間にか】という点である。思いもよらない時に、口に運んだグラスが命を奪うことが危険なのである。

 予兆も情報もないことこそ、毒の脅威たる所以。

 逆に言えば、その存在が解っているだけで、その威力は半減する。


 誰かは知らないが――ユジーンは冷笑を浮かべる。知られた時点で、底が知れるというもの。

 のこのこやって来る愚かな【毒】に、如何なる制裁を加えるか。ユジーンの思考は最早、そこにまで至っていた。

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