One Two Three!!

 私が【薬屋】の下を訪れたのは、次の日のことだ。

 町外れの、大木。

 およそ町そのものよりも長い時を過ごしてきた老木は、けして成長を止めずに育ち続けた。見上げるほどに伸びたその木は、ある種の神秘性すら獲得している。


 その大木の傘に隠れるように、【薬屋】の家はある。


 煉瓦れんがの壁には寄り添うように育った木の根が絡み付き、枝葉が屋根を覆い隠す。

 木に呑み込まれているような状況だが、不思議と違和感がない。明らかな人工物と齢千を数える自然との融和が、奇跡的なバランスで成り立っているような、いっそ芸術的な眺めである。


 私にとっては、理想的な家だ。

 これで周りに畑でも広がっていたなら、最高なのだが………家の主人は贅沢にも、庭を雑草たちの楽園にしている。


 ここに来る度に私は、世の中ままならないものだと嘆きたくなる。価値を知らぬ者に、宝物庫への鍵は託される。

 泥棒どころか狐さえ防げなさそうな、手入れを忘れられた柵から家の玄関まで、これだけ広ければニンジンじゃが芋なんでもありだ。


「………あいつが死んだら、私がここを買い上げてやるぞ、バグ」

「いいんじゃねぇの? あいつのことだから、遺言状なんてまともなもんを用意してるとは思えねぇしな!!」

「まあ、ならありそうかな。………ほら、そこ」


 荒れ果てた庭は、私の腰くらいまで草に覆われている。

 その隙間から覗いているのは、。火のように赤いルビーが、半ば以上地面に埋まっている。

 そこから立ち上る魔力のに、私は眉を寄せた。


「魔術的な地雷だな。ギャハハ、ここの連中は本当に、宝石を爆弾だと勘違いしてやがるな?!」

「まあ、世間一般の認識はどうか知らないけれどね。【薬屋】はそうだと思うよ」


 何せ。

 






錬金術師アルケミスト】。


 魔術師の中では最も俗世に近い彼らは、薬剤師であり、また魔法道具製作者マナアーティストである。

 魔術的な効果のある薬や、生活を便利にする呪具などを造り出し、それらを一般人にも流通させるため、胡散臭いながらも割りと世間に許容されるのだ。


 寧ろ、権力者からは歓迎される。

 何故なら、彼らの生み出す作品アートは、使


 魔力と呪文、そして自らの身体で神秘を生み出そうとするのが魔術師ならば、それを形にするのが錬金術師という輩である。

 魔術で空を飛ぶよりも、空を飛ぶ道具を造って皆を乗せる方が、それは歓迎されるというものだ。


 中でもこの【薬屋】は、魔術薬に関してはプロ中のプロ。業界最高峰の職人である。


「………性格に難があるけどね」

「ギャハハ、そうなんだよなあ………」


 ノック無しでドアを開けて、私は肩を落とす。バグの笑いにも、心なしか力がない。


 覗いた室内は、ビックリするくらい

 玄関にも廊下にも、床にも壁にも窓にさえ、汚れどころか埃1つ無い。


 と言うよりも、


 家具も、飾りも何1つ。生活必需品の類いが一切存在していないのだ。


 廊下は一本道。

 正面の窓まで真っ直ぐ伸びていて、その左右にはドアさえなかった。


 ドア、玄関、廊下、窓。

【薬屋】の家はそれが全てだった。

 ………


「………おい! 居るんだろ、サロメ!!」


 私が叫んだ、その瞬間。

 


「………なんだ、クロナか」

「ご挨拶だな………って待て待て待て、何閉めようとしてるんだ」


 ゆっくりと閉じようとする壁に慌てて駆け寄ると、私はに身体を滑り込ませる。

 室内だというのに分厚い毛皮の外套を羽織ったサロメは、フードをかぶり直してため息を吐く。


「入ってこないでよ………」

「用が済んだら出てく。いつも通りさ」


 覇気の無い声に軽口を返しつつ、私は油断なく【薬屋サロメ】の様子を窺う。

 不自然なほどに色白の肌に眼鏡――私のものとは違い、ただの視力矯正用だ――を掛けた彼女は、ぼんやりと自分の椅子に腰を下ろした。細長い素足がコートの裾から伸び、ぶらぶらと揺れる。

 肌着にコートという際どい服装から目を背け、その周り――慎重に観察した。


 窓の無いその部屋は、天井から吊るされた大小様々な種類の宝石が放つ、淡い光だけが光源であった。

 やや薄暗いが、見えなくはない。前向きに言えば、幻想的な、雰囲気のある照明とも言えるだろう。


 対して床は、ひどく現実的な眺めと言えた。

 とは真逆、開いたままの本や書きかけの紙切れゴミの山が一面に広がっている。

 その隙間に何らかの薬草が干されていたり、得体の知れない瓶詰めが転がっていたりするのが、実に怖い。

 何しろ錬金術師の工房アトリエだ、身体に無害な物ばかりが転がっているとは思えない――何しろ、これだけ散らかっているのに、虫の気配が一切しないのだから。


 虫でさえ生存を諦める、【薬屋】の小部屋。

 その惨状にため息を吐きつつ、私はディアを連れてこなくて良かったとしみじみ思う。

 あの子だと、その辺のものを勝手に触りそうだ。その場合どうなるか、想像したくもない。


「話は………アロメから………聞いてる」

「そうか、良かったよ」


 説明の手間が省けたことは喜ばしい。

 さすがは【大家】アロメ。廊下の過剰なまでの清潔感といい、キッチリとしているようだ。


「今度挨拶させてもらうよ、他の姉妹にも」

「うん………出来れば………私以外を呼んで………」

「それはできないだろう、今回のは、【薬屋おまえ】にしか頼めないからね」


 大儀そうにため息を吐きつつ、サロメは机の上のゴミの山から小瓶を2つ取り出す。中身は無色透明。


石化剤メドゥーサっていうの、知ってる? これは………その

「どっちもか?」


 私は苦い顔だ。依頼は、『死ぬ薬と死なない薬』だ。【メドゥーサ】を寄越せとは言わないが、どっちもでき損ないでは困る。

 サロメはふるふると首を振る。


「でき損ないっていうのは………『私としては』っていうこと。………石化、しなかったの。代わりに………。………喋れないし、動けないし………息も出来ないから、きちんと死ぬよ」

「………解毒は?」

「解毒薬はあるよ………、動けないから」


 ………。

 えげつない。

 それで失敗作なのか、暗殺者わたしだったら間違いなく充分だ。

 サロメは慎重な手つきで、瓶に蓋を填める。


「で、こっちはでき損ない………動きが鈍くなって、舌が麻痺するだけのやつ」

「死なないのか?」

「ある程度で………成分ごと汗で排出される。死なないどころか………見付かりもしない………あと、これを飲めばすぐ治るよ」


 蓋を填められた瓶を2つ受け取り、私は頷いた。


「ありがとう。報酬だ」

「ん」


 ズッシリと詰まった皮の袋を、サロメは無造作に机に放る。

 後でアロメに渡せば良かった。そうすれば、気分は良かっただろう。

 







「ギャハハ、相変わらず面倒な奴だぜ!!」

「パロメよりはましだよ」

「そうか? 俺はアロメのが苦手だがね。それよりもよ、準備万端ってわけだよな?」


 家を出てしばらく歩いて。久しぶりに聞こえた相棒の声に、私は視線を下に落とす。

 そこで、喋っているように口を動かしているのは、布の鞄だ。

 喋る鞄、バグ。言葉や、吐き出す魔法道具である。


 私は3つの瓶を揺らす。


「そいつを飲ませりゃあ万事解決ってわけだよな? だけどよ、どうやって?」

「チャンスはあるよ、今度パーティーがあるそうだ」

「そこでか? けどよぉ」

「確かに、彼は警戒しているだろうね。毒なんて飲むわけ無い。………


 私はバグに瓶を入れると、青い蓋の瓶を一本取り出す。


「手品の経験でもあるのかい、バニーガール?」

「知らないの? 手品は、?」


 バグにそれを戻し、すぐに引き抜く。その蓋の色は、


 種は準備出来た。あとは、それをいかに懐に入れさせるかだ。


「バグは仕掛け、ディアは。そして私は、薬売りさ」

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