Lion Don't Takeout

 それじゃあよろしく、なんて気軽な言葉を残して、ベルフェは帰っていった。

 すっかり冷めてしまったブイヤベースを口に運んで、私は今夜幾度目かのため息を吐く。


「面倒な依頼だな………」

「え?」

「面倒だ、と言ったの。さっきの依頼」

「そうなんですか?」


 おいおい、と私はディアを横目で睨んだ。さっきの会話を聞いてなかったのか?


「はい、食べてました」

「………」


 はいって。


「仕方がないじゃないですか! こんな美味しいもの、私初めて食べましたよ!?」

「んー、まあ【不思議の国】の食事は、良さそうとは思えないか」

「はい。幽霊ケーキケーキ皿だけ茶会の紅茶空のコップとかですから」

「空じゃないか………」


 というよりは、皿じゃないか。

 私は、自らも参加させられた狂ったお茶会を思い起こして首を振った。

 食べるのか、あれ。


「あとは………牡蠣料理があるくらいですね。フライとか」

「牡蠣? ふうん、偏った食生活だね」


 海もあったのか。私が見たのは森と庭とバラ園と、とにかく植物ばかりだったが。


「だからこそ、この食事の美味しさに感動する事が出来ました! 空腹は最大の調味料なんて言いますけれど、そういう意味では私は餓死寸前だったと言えますね」


 頷くディアの手元には、空の皿が3枚残っているだけである。それらが茶会の食材にならない内に、私はステーキを彼女の前に置いてやった。

 礼もそこそこに肉へ挑み始める少女に、私は眉を寄せる。


「………聞いてなかったなら、ある意味好都合だ。………ディア、もう一度どうするかよく考えて、」

「やります」


 200グラムはありそうな鹿肉を一口大に切り分けながら、ディアは即答する。


「私は、クロナ様、貴女に救われたのです。

「………」

「私個人でなくとして数えるなら更にです。………命の借り、1度だけでも返すのは困難だというのに、それが2度。私の


 ブワッと風が巻き起こる。自然のものではない、隣に座る少女を起点とした魔力の流れが起こした、神秘の風である。

 魔力に敏感な亜人デミである私の鼻には、として感じられる風。


 それが収まると、ディアは


 貴族の淑女を思わせる洒落た服装を、真紅のマントが覆い隠す。

 王冠を模した髪飾りは、王冠そのものとなって幼い女王クイーンの頭を飾っている。

 そして何より、その腰には赤く輝く一振りの長剣が、忽然と現れていた。


 万年筆のような形の特殊な剣は、少女の代名詞ともいうべき至高の宝剣。

 かつて一人の王が、それを【染剣マーレン】と呼んでいた。


 ディアはそれを、冠共々受け継いだ【輝石の女王ダイヤのクイーン】であり、普通の兵隊12人分の力を持っているのだ。


 そんな彼女はもちろんただの人間ではなく、実は、魔導書【不思議の国のアリス】からやってきたいわば神秘の固まりである。ベルフェとはいえ、魔術師に触れさせる訳には行かないのだ。


「これだけでは、私が受けた恩の障りさえ支払えません。残された道は、労働だけです」

「別に、恩に着せるつもりはなかったけどね。私は私がやりたいように、後悔しないようにってやっただけだよ」

「それなら、私も同じです。貴女のために働くことが、私のやりたいことなのですから」


 ニッコリと微笑むディア。

 笑顔は威嚇だ。自分は喜んでいる、楽しんでいる、満足していると相手に伝える手段であり――

 彼女は笑っている。取りつく島もないほどに。


「頑固な奴だな」


 私は少々の呆れと、それ以上の何かを感じながら呟いた。

 なら、期待させてもらおう。


 再び満たされたグラスを持ち上げる。確かディアの手元には、ミックスジュースシンデレラがあったはずだ。

 仕事の始めに、或いは饗宴の終わりに、それを打ち鳴らそうと私はディアに顔を向ける。


「もぐもぐもぐもぐもぐ………」

「………」


 切り替えの早いヤツだ。それに、図太い。

 私はため息を吐いて、持ち上げたグラスを口に運んで飲み干した。

 案外――こいつには、向いているかもしれないなと思いながら。







「さて。必要なものが解るか、ディア?」


 私服に戻り、肉とスープを飲み終えたディアに私は問いかけた。

 3杯目にしてようやくちびちび飲む落ち着くことを覚えた駄目犬は、付け合わせのマッシュポテトに首を傾げつつ答える。


「情報、でしょうか? 城攻めにしろ狩りにしろ、地の利を得ることこそ肝要です」

「まあ、正解だな」


 不足ではあるが。


 標的の情報はどんなものでも欲しい。今回のように、日常のなかで殺すなら、日常の流れを知らなければ動きようがない。

 ベルフェの口振りでは、ユジーン氏は恐らく屋敷を中心に生活している。とすれば、そこの見取り図も出来たら欲しい。


 しかし今回、何より重要なのは………。


「鍵?」


 マッシュポテトにフォークを突き立てていたディアが、口調だけは真面目に尋ねる。まあ、構成しているのがお気楽バラ園部隊だ。根本的にはふざけるタイプなのだろう、話を聞くだけましかもしれない。


「合鍵、ということですか?」

「それもあるが、そうじゃあない。いいか? 標的は随分と館を守護しているが、それは何故だ?」

「それは………あ、そういうことですか」


 ディアが頷いた。青くはあるが、頭の回転は鈍くはないらしい。


「詰まり、?」

「少なくとも、警戒はしている。その為の過剰な防備と言えるな」

「………過剰な鎧は、動作も思考も縛る。ユジーン氏は、館に自信を持ち過ぎているように思えますね」


 私も頷いた。

 頑丈な甲冑に身を包めば、相手の刃を避けなくなる。

 あれだけ固めた館を持っていれば、彼の対応はそれだけに絞られるだろう。


 だとすれば。


ですね? 鍵――つまり、侵入ルートですか」

「んー、そこは惜しいね。それじゃあ泥棒だ。いいか、ディア。私たちは、別にこそこそと入らなくても良いんだ」


 堂々と入り、挨拶しながら、彼にワインを勧める。

 そこに毒が入っていれば、それで私の仕事は終わる。


「むしろ、そういう侵入は相手も警戒している。これだけの防備は、玄関に纏めている訳じゃあないだろうからね」

「では、どうするのですか? それに、暗殺の手段もです。事故か自殺なら、剣では不味いのでしょう?」

「その2つを纏めてカバーする方法がある。【薬屋】さ」

「毒ですか………では、私の剣は出番が無さそうですね」


 残念そうに呟くディア。

 まあ、大立ち回りを演じるのは避けたい――戦闘用の魔法道具なんて、どんなものがあるか解ったものでもないし。


 けれども、私は首を振る。


「いや、貴女の剣には仕事があるよ。それに、ディア自身にもね」


 私の言葉に、ディアは嬉しそうに微笑み、「お任せください!」と叫んだ。

 やれやれ、と肩をすくめる。声が大きいのは、馬鹿なペットの特長だ。


 まあ。

 馬鹿な子ほどかわいいものだが。

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