シークエル
月理は目を覚ました。自分の部屋のベッドの上で。月理は、いつもの夢をみているのがすぐにわかった。あれはなんだ。今日こそは、正体を見てやろうと首をひねる。だが、ねじることができない。首がそっちに向かない。なにかが生活音を立てながら近づいてくるのがわかる。怖い。正直いって怖い。だが、月理は必死に自分に言い聞かせ、起きることを拒否する。
心死でアンドロマリウスに呼びかける。全く応答はない。夢の中には立ち入れないのだろう。必死になって左目の開眼に意識を集中する。そして、バロールの魔眼もかくやといわんばかりに左目を開ける。
そこにいたのは。
日々野、だった。悲しそうな顔でこちらを見ている日々野。その後ろには今まで決済してきた見覚えある顔が並んでいた。日々野以外は恨みがましい顔でこちらを睨んでいる。
そこで、かっと右目を見開いた。
そこに飛び込んできたのは、無機質で無感情な白い天井。すぐさま自分が病室にいることがわかった。
あれは、見てはいけないものだった。今まで決済して来た人間への知らずの内への自責の念だろうか。
『起きたかね? ミシェル?』
「ああ」
月理の覚醒に気がついたのは、愛梨だった。
「つ、つぐりん? 目、覚めたんだ……よかったぁ」
腰を抜かさんばかりの愛梨に苦笑すら覚える。体を動かして、愛梨に手を差し伸べようとして体が動かないことに気がついた。
「ああ、つぐりん。動いちゃダメだよ。つぐりんは肋骨が折れてて、銃で撃たれたんだよ。ここは、ICUっていってね。集中治療室なんだよ。重症の人だけが来るところ」
愛梨の語調には怒りが感じられた。
ずっと使ってなかったような喉で月理は、愛梨に尋ねる。
「な、にを、怒ってるの?」
「怒るよ。なんであんなところにいたの? なんか、わからないけど悪い人のところにいたんでしょ? 私、心配したんだから」
「ごめ、ん。アイリ。日々野さんは?」
「日々野さんもそこで見つかって、病院に運ばれたんだよ。今は意識戻ってるけど」
「そう、良かった。でも、あたしは大丈、夫。日々野、さんと約束し、たから」
約束というか、決意表明。だけど、自分の道を行く誓いだ。
「うん。私とも約束したもんね。私を守ってくれるんだよね?」
「ああ」
「先生呼んでくるから」
愛梨が席を立った。
一人ぼぅと考える。勢い余ってすごいことを言ってしまった気がした。正義の味方になるから、任せろ? いくらなんでも言い過ぎだ。でも、それぐらいの覚悟はある。
月理は懸命に錬金術師の仮面を被った。鋼鉄の仮面。血も涙も流れぬ正義の執行者の仮面。揺るがず、泰然と、そして粛々と正義を行う存在。それになりきり、乾いた瞳で天井を見ていた。
半月もして、体が大分自由に動くようになった月理はある晩、病院を抜け出した。十月も半ばを過ぎ、この町は冬になろうとしていた。寒い風が月理に吹き付ける。それに、ぶるっと一つ身を震わせた。
今日は、月がきれいだった。半月とか満月とか名前はないけど、寒い空に良く映える月である。
日々野のまとめた書類に目を通した。封筒には、つぐりんへ。と書いてある。苦笑ものだ。お互い歩み寄り方が大雑把すぎる。
それには、薬の売り元の暴力団の幹部の名前が書かれていた。あのチームを作り、薬を売っていた大本だ。日々野を売人に仕立て上げた男でもある。
月理はネズミとカラスを使い、男が今いる場所を割り出した。そこから出てくるのを待ち構えている。吐く息は白い。さすがに、待っているだけは寒い。だけど、我慢する。
高そうな料亭から、男が出てきた。まだ若い。逞しい体付きに、引き締まった顔。鋭い眼光は大物の予感を漂わせている。表には車が止まっており、周りにも子分が侍っている。一番の問題として男の罪状がわからない。でも、問題ではなかった。
男の携帯電話に発信する。男が懐から電話を取り出し、面倒くさそうに出た。
「日々野」
月理は一言呟く。明らかに男は驚いていた。
「道路挟んで向かい側の歩道」
男は、確認するようにそちらを見た。そして、目が合う。ほんの一瞬だ。だが、それで充分だった。男は、その場に崩れ落ちるように倒れる。
『はじめてだな。暴君の眼差しを使うのは。感想はどうだ?』
「これは癖になるな。危険だよ」
暴君の眼差し。それは、アンドロマリウスと契約した人間と目を合わせただけで決済できる技である。しかも、罪状を知る必要もない。だが、罪はアンドロマリウスが決める。代償は今まで集めてきた人生が消費されること。恐ろしいのは、決済する年数は人間の寿命などという枠では換算されない。懲役三百年と一緒で、罪があった分だけとられる。足りない場合は、契約者の命が消費されるのだ。
男が倒れ、救急車が駆けつける音を聞きながら、病院へ向かった。一仕事を終えた暗殺者のように無表情だった。もうそろそろ愛梨に脱走がばれてる頃だろう。月理の携帯電話が鳴り響いた。
月理も退院して学校へと戻った。銃で撃たれたりしたので、警察にも関係を聞かれる。だが、月理は本当のことを何も言わず連れ込まれたと言い張った。男の人が助けてくれたと。警察はあっさり信じた。日々野もまたそう主張していたせいもあるだろう。
「よう。災難だったな」
「ああ、おまえらはなんで見舞いにきたかね?」
開口一番、藤崎と宇治原に向かって不機嫌そうに言った。
「なんと!」
「見舞いに行った友達にする挨拶ではないと思うぞ」
「せっかく、おまえらの面見なくてもすんでる執行猶予期間なのに。もったいないだろう?」
「なんだと、この野郎」
「あたしは、女だ。お・ん・な。野郎じゃねえよ」
「んじゃ、この、この~なんだ? 宇治原?」
「尼だ」
「なんだとこの尼!」
「あはは、違うんだよ。つぐりんは照れてるんだよ。ほら、今は男子禁制の女子病棟ってのもあってね。女の子は色々恥ずかしいんだよ」
愛梨が入って、説明をする。
「ち、ちげえ! なに言うんだよ、アイリ。言って良いことと悪いことがあるぞ」
「そうかそうか、照れてんのか。そういえば、動けないおまえはまた違った魅力があった。おしとやかなのもまた一興かもな」
「おい、藤崎。どうやらその首要らんようだな。あたしが貰い受ける!」
「わー、待て! 待て! 椅子はだめだっつてんだろう! 幸田、止めてくれ!」
「つぐりん。椅子はダメだと思うよ?」
「くっ、卑怯なり藤崎」
渋々椅子を下ろす。
「全く、心配した親友に対する態度がそれか。おまえのためにブラックカーペット録り溜めてやってんのに」
「はあ? いつ、あたしが録ってくれなんて頼んだよ?」
「いや、それがな。ブラックカーペット見たら、笑って傷が痛むかと思ったんだ。そうしたら、またおしとやかなおまえが見れるかと思って……」
「はあ? 死ねよ、おまえ。今すぐ死んでくれ」
「だけどな、それだけ叫んでるの見ると大丈夫そうなんだよな」
無言で椅子を持ち上げる月理。顔が笑いながら、怖い感じに引きつっている。
「こ、幸田! あのかわいくない柏音を止めてくれ! あ、あれ? 幸田は?」
「幸田さんなら、出て行ったよ」
クラスの女子が教えてくれる、死刑宣告。
「おい、宇治原。止めてくれ、親友が殺人犯と被害者になろうとしてるんだぞ!」
殺人犯。その言葉に反応する月理。思わず、日々野の机に目が行く。一歩間違えば、いや、本来なら殺していた。でも、運命が生き残ることを結果として残しただけのことだ。
早く日々野さんに会いたい。日々野は未だ警察に拘束されたままだ。
その晩、月理は喧騒覚めやらぬ深夜の街にいた。いつも格好でいつものように。手元にある、麻薬の売人のリストに目をやる。薬はSSだけではない。覚醒剤だってある。それを見て思うことは減らないということだ。上から順番に削っていっても、下から随時更新されていく。虚しい。そんな感情を抱いたことだってある。だが、月理の周りでその被害が消えたことはない。毎日毎日誰かが、その悲しい連鎖に絡めとられていく。
「はあ。日々野さんのいたチームの連中は確実に数を減らしているけど、まだかかりそうだな」
『ははは、もうギブアップか? まだなにも為していない。世界平和など遥かかなただぞ』
「わかってるよ、そんなの。おっ、来た。今日のお相手はあいつだ」
汚いビルから飄々とした顔で出て来た少年を見ながら月理はもう一度気合を入れなおした。
「ハイ。そこ行くおにいちゃん。ちょっと用事があるから顔貸しな」
案の定、月理を見るなり、余裕のあった表情はなくなり恐怖が見て取れる。
「うわうわあ!」
一目散に逃げていく。適度に追い回して路地裏へと追い詰めていく。もう体が慣れていた。どう動けばどう追い立てられていくか手に取るようにわかる。
「もう逃げるの終わりか、ボーイ?」
少年は息を切らせて、袋小路の壁に背中をつけている。
「おお、おまえはなんなんだよ?」
「あたし? あたしはクイーンと約束したんだ。おまえらみたいのを、この世界から追い出すってな」
今日は都合三人決済した。
『ミシェル、やりすぎではないかね? 二人目なんぞは肋骨がいってたかもしれない』
「あん? 別にいいだろ。悪魔のおまえが一々口出すことか」
『いや、不要な怪我は、警察を敵に回すぞ。それに恨みで正義を行うのは、美しくない。それではただの復讐でしかない』
「安心しな。個人の恨みじゃねえよ。だが、あたしはあいつらにそれ以外の面を向けられない。美しくないのも仕方ない」
独り明け方の街を歩く。温められ始めた朝の空気が肺を満たす。その足取りは重い。部屋に帰りたくないのだ。眠りにつきたくなかった。
『そなたの、夢だが』
「おう、なんかわかったか?」
『恐らく、命をもぎ取っていて中にため込んでいる。それが影響を及ぼしているんだと思うのだ』
「なるほど。左目が起点になっているのも理由になるな」
『うむ』
払う正義の代償。だけど、これで逃げなくて済む。月理は決済してきた連中と向き合う覚悟をして眠りに落ちた。
学校の時間。月理が唯一救われる時間。心から楽しいと言える時間。でも、今はピースが足りない。
「なあ、柏音」
藤崎は月理の頭に腕を乗せながら恥ずかしそうに視線を虚空に彷徨わせながら言った。
「なんだ、この馬鹿野郎」
うっとおしそうに、腕を払いのける。
「今度おまえのうちに行っていいか?」
「何しに来るんだよ?」
「ダメなら、うちでもいいけど、うち親いるからなぁ」
「ああ、もちろん俺もいるし、幸田も参加だ」
宇治原がフォローを入れる。
「本当にこの二人は私たちのフォローがないと言葉が足りないねえ。ねえ、宇治原くん?」
今度は愛梨だった。
「全くだ」
「なんだよ、言葉足りないくらいいいだろ。すぐ手を出す柏音の方が問題あるんじゃね?」
「あんだよ? 誰が、手、出させてんだよ?」
「ほら、すぐこぶし作る。ぜってえ良くないって、それ」
「おまえだけだから、安心しろ。おまえが死ねば、この不毛な反応は終わりを告げる」
「んだよ、かわいくねえな。たまには素直に頷いて見せろ」
「頷けようなこと言ってるか? 言ってないだろう?」
「それより、遊びに行く件どうなんだ?」
「あー、うー、えー、……いいよ?」
真っ赤になって答える月理。
「おい、宇治原。今の柏音見た? 恥らって超レア顔じゃねえ?」
「ああ、実にいいもの見せてもらった」
だが、聞いていない。
「くっ」
今度は怒りで赤くなる月理。
「やっぱり一度死ぬか、病院で頭見てもらえ、な? ああ、心配するな理由はあたしが作ってやる」
「柏音。女の子が指鳴らしちゃダメだ。せっかくの美しい指が、うお! 幸田、フォロー」
「しかねるなぁ、今のは。藤崎君ももう少し乙女心学んだほうがいいよ」
「だが、しかし、こぶしからは、学べない、と思う、んだが」
器用によけながら、愛梨に意見する藤崎。
「ちょろちょろと! これで、沈めえ!」
足を踏んで、ストレートを頬に炸裂させた。
「それ、ボクシングでも反則!」
藤崎は涙目になりながら崩れ落ちた。
「知らん。安らかに眠れ。それくらいは祈ってやる」
ある日の放課後。月理と藤崎が教室で二人きりになった。月理は愛梨を待っていたところに、藤崎が教室に入ってきたのだ。
「最近、やけに絡んでくるな、おまえ」
「ああ、まだまだこれからもがんがん行くぜ」
「なんでだ? すぐ殴るし、かわいくないだろ?」
「またほら。そうやって辛そうな顔する。俺は、おまえのかわいい顔もっと見たいけど、でも辛い顔なくすほうが先決だと思ってる。俺は知ってるぜ、おまえがかわいい女の子なの。多分、クラスのやつは気づいてないと思うけど、まあ役得かな」
「なっ……!」
月理は男にかわいいなど言われたことがない。免疫ゼロの月理は真っ赤になって俯く。
「俺は、おまえが辛そうな顔しなくなるまで、馬鹿なこと言い続けるし、絡むぞ。だってよ、俺にはそれしかできねえもん」
「馬鹿なのは、素だろう。それにあたしは一生辛い顔するかもしれないぞ?」
「じゃあ、一生馬鹿なこと言うし、殴られてもかまわない」
「できない約束はすんな。守られてないとこっちが悲しいからな」
「でも、今はそう思ってるし、始めなきゃ始まらないだろう?」
「は、そうだな。おまえもまじめなこと言えるのな。……ありがとう、藤崎。もうちょっと。もうちょっとだと思うから、もう少しおまえらに甘えていいかな?」
「ああ、そうしろ。頑張れ、ツグリ」
少し驚いた顔をして。
「おう、頑張るよ。コウダイ」
月理は、こぶしを藤崎の胸に押し付けて力強く押し付けて見せた。
どういう司法的な取引があったのかは知らない。だけど、日々野は帰ってきた。少年院にも行かず、法からも守られて。
少し痩せたかも知れない。でも、日々野は憑き物が落ちたかのように清々しい顔で月理に笑いかけてきた。
「ただいま、つ、つぐりん」
真っ赤になりながら、俯く日々野。
月理はこの一言をいう日をずっと待っていた。心の中で練習もした。大丈夫、言える。
また日常を回し始めることが出来る魔法の言葉。特上の笑顔を沿えて。
「うん、おかえり! マナミ!」
〈了〉
Life Tax 終夜 大翔 @Hiroto5121
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