開く扉

につき

開く扉

 始めは気のせいだと思った。それでも聞きなれてしまった、思わずどきりとくるその音を聞き逃すはずはなかった。


 がらららら……


 真夜中に、祖父の部屋の扉が開く音がしたのだ。

 私は、きっと猫が開けたのだろうと思って閉めに行った。

 その扉は、祖父の介護のために住宅改修をした際に付け替えたもので、引き戸になっている。少し開けると後は自動で全開まで開ききるようになっている。

 果たしてその扉は全開になっていた。中は真っ暗である。明かりをつけようとしていると、足もとに猫が来て鳴きながら祖父の部屋へと入って、慌てたようにすぐに出た。

 数年前までは、この部屋は父が使っていた。その父がこの部屋で急死したことにより、わたしに祖父の介護が押し付けられたのだった。 

 私は一応明かりをつけてそのままの部屋の中を確認したが、他に猫はいなかった。

 自分の部屋へ戻り、PCで途中まで聴いていた曲を始めから再生した。しばらく聴いていた。

 するとまた、


 がらららら……


と、扉の開く音がした。かつてならば、このあと

「おうい。」

と、祖父が大声でわたしか妻を呼ぶ声があるはずだった。その要件はつまらないことが多かったが、時には体調の不良を訴えることもあった。その時は、医師や看護師に判断を仰ぎ、かかりつけの病院へ連れて行ったり、時に入院させたりした。

 何度も何度もそんなことを繰り返した後に、祖父は先日亡くなった。

 

 私は、今度も猫だろうと思った。祖父の扉には鍵が無いので、何時でも誰でも何にでも開けることが出来る。

 私は、夜の静かな廊下の先にある祖父の部屋の前へ行き、扉を閉めた。そうして、足元で鳴く猫をすぐ右手の玄関の扉を開けて外へ出してやった。この扉も引き戸である。猫を出して鍵を落とした。

 

 祖父の部屋の扉を、開かないように縛ることにした。玄関の靴箱の引き出しを探したが、園芸用の麻の紐しかなかった。仕方がないのでこれで縛ることにする。扉には縦に大きな取っ手がついている。それと扉のすぐ横の壁に取り付けられた手すりを縛り付けようとしたが、なかなか上手くいかない。

 そういえば私は物を縛ることが苦手だった。新聞紙の束を紐で一括りにしようとしても、きっちりとはいかずどうしても緩くなってしまうのだった。

 それでも、なんとか扉を開かないようにはした。少しは開いてしまうが、それでもそこから全開にはならないはずだ。


 祖父は病院で亡くなったが、自分で設計したこの本家(ほんや)に随分愛着があったようだ。生前の父と母を含む私の家族(その時私は母のお腹の中にいただろう)と同居することになり、渋々と本家から離れに移ったのは、この家を建ててまだ幾年も経たない時だったと聞く。今は、私と妻と子どもたちだけが住んでいるのがその本家であって、祖父の晩年は私たちの介護の元で同じ屋根の下に住んでいた。

 葬儀の際に、祖父は亡骸となって家に帰って来て、火葬場へ運ばれて火葬され墓に入った。

 思えば随分と葬儀に出た。喪主を務めたこともあった。

 私は、音楽を聴きながらその際のつまらないやりとりや、冷たい祖父の死に顔などを思い出していた。

 公開動画で女性のピアニストが説明している時、今度は


 がたっ……


と、音がした。それは、祖父の部屋の扉の音ではないようだった。玄関の扉を開けようとして鍵が落ちていることに気付いたような音だった。

 私は、こんな時間に誰も来るわけもないので、また猫だろうと思った。玄関まで一応見に行ったが、静かであった。

 自分の部屋に戻り、扉に鍵を落として考えた。

 玄関の扉を猫は開けることが出来ない。だから、猫ではないのではないか……

 だったらなんなのかは考えないようにした。いつの間にか成行き任せの事なかれ主義に随分と染まっている。

 

 だから、そのまま寝てしまった。

 そして夢を見た。

――蒼い顔をした誰かが祖父の部屋で寝ている。父でもないようだった。誰かの足音がぺたぺたと廊下を歩いている。その手が私の足首に触れた。ぞっとするほどに冷たくて目が覚めた――


 朝になり、妻に聞いたがそんな音は知らないと言う。もともと子どものように眠りが深いのだ。良くも悪くも分からないだろう。

 トイレに行こうとして、廊下へ出て祖父の部屋を見ると、扉が全開になっていた。縛り付けた紐が千切られたように切れている。きっと子どもたちではないだろう。猫でもないかも知れない。

 だったらなんなのかは考えないようにした。いつの間にか成行き任せの事なかれ主義に随分と染まっている。

 だから、そのまま扉を閉めた。

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