最終第14話
思わぬ回答に、イライザたちはあんぐりと口を開けた。
だがやはり、フィリップは一枚上手だ。
すぐにウキウキと声を弾ませる。
「神獣だって!?そいつはすごい!」
グリューナーがくすくす笑っている。
一方のゲルクルは「不謹慎な。」とでも言うように顔をしかめていた。
「聞いたかいイライザ!?じいさんや母さんに早く紹介してあげたいなぁ!こりゃ絶対驚くぞ!」
「え?えぇ、聞いてるわ。けど父さん。少なくともおじいちゃんは絶対に怒ると思うわよ。それに、そもそも神獣なんて連れて帰っていいの?」
「神獣・・・。ワシは神の獣を腹の中に・・・。あぁ、なんと言う罰当たりな。」
ティティカカは平静を失っている。
「これは本当に何も知らないようですね。」
よいしょと適当な倒木によじ登ったステイサムは、教壇に立った教師宜しくイライザたちを見渡した。
「はい、よいですか。みなさんお静かに。」
三人はステイサムの前に座る。後ろで見守るゲルクルとグリューナーは、参観日の保護者のようだ。
「まず。炎獣というのはですね。その名の通り、炎を操る獣です。あなたたちも馴染みがあるでしょう。先ほども活躍していた火の精などは、大きくいえば同じ仲間です。
火の精と違うことの一つといえば、炎獣は身体が大きく成長してゆく、ということですね。雄の炎獣は、巨大な獅子ほどになります。中には、そこにおられるゲルクル様ほどに成長する者もいると聞き及んでいます。あの炎獣は雄のようですから、いずれは大きく成長するでしょう。」
のけ反ったフィリップがそのまま地面へ倒れこんだかと思うと、すぐさまがばりと跳ね起きた。
「獅子だって!?ひょ~!!楽しみだなぁ!背中に乗せてくれるかい!?」
ゲルクルが、更に顔をしかめたのは言うまでもない。
ステイサムはトントンと足を踏み鳴らし、
「これ、神獣だと言ったではないですか。背中に乗るだなんてなんと恐れ多い。これ!聞いてますか!?」
瞳をきらきらさせたフィリップはもはや全く聞いていないし、
「そんなに大きくなるんだったら今の部屋じゃ絶対に無理。」
イライザも頭を抱えて、ぶつぶつ唸っている。
一方のティティカカは不安げだ。
「神獣を腹に入れた場合、どのような罰がくだるかの?」
「ってまったくもう!聞いてませんね?え?部屋の大きさ?ですから神の獣なんですってば!あなたたち一緒に暮らす気ですか?!今度は何ですか?罰?知りませんよそんなこと!」
ゲルクルはうなだれて首を振っている。
グリューナーは笑いを堪えるのに必死だ。後ろを向いた首が小刻みに揺れている。
てんでばらばらで収拾がつきそうもない。
ステイサムは、ぱんぱんっと手を打って仕切りなおした。
「はいはい静かに!話を聞いてください!
言いましたように炎獣はその性質から火の精と共に、古来より民にあがめられ大切にされてきました。
彼らは本来緋色の体毛を持っていますが、数百年、いや数千年に一度、ごくごくまれに白い体毛を持った固体が生まれることがあります。これは炎獣の間でも特に特別なものとしてことのほか大切に扱われます。
では何故、白い炎獣が特別なのか。それは格段に高い熱を発するからです。緋色の毛を持った大人の炎獣でも焼き尽くせないような大きな森を、白い炎獣なら、幼獣ですら一瞬で消し炭に変えると言われています。
本来、炎は水には弱い性質を持ちますので、例え炎獣であっても水中に落ちたら炎を出すことが出来ず、下手をしたら弱って死んでしまいます。しかし先ほど体感したように、あの白い炎獣が意識さえ失っていなければ、身を切るような水をも熱湯に変え、その気になれば瞬く間に一滴残らず干上がらせてしまうでしょう。緋色の炎獣など足元にも及ばない力を持っているのです。ですから。仲間はずれなどもっての外なのですよ。」
炎獣はジョジョを背中に乗せ、セシルが左右に振る長い尻尾を飛び越えようとぴょんぴょん跳ね回っている。
ステイサムは彼らを見やったまま続けた。
「あの炎獣に何があったのかは判りません。白い炎獣は本来、その強すぎる力が暴走しないよう、神を護る役目を担う神獣として、生まれてすぐ炎の神であるレッドドラゴンの元で暮らし始めます。もしもの時、暴走した炎獣を止められるのは、レッドドラゴンしかいないからです。
それゆえ、白い炎獣はその生涯をレッドドラゴンの側で、ドラゴンを護りながら暮らすのです。神であるドラゴンと同じように、人前に現れることもほとんどありません。
ですので、フォレストの外のまだ若い炎獣たちが、白い毛並みの仲間を知らないとしても。彼らを責めることはできないでしょうな。」
「ステイサムさん。あの子をうちに連れて帰ってはいけないの?ジョジョともあんなに仲良くなってるのに。」
ステイサムの言葉には迷いが感じられた。
「そうですなぁ。あれが普通の、という言い方は良くないですな。緋色の炎獣であれば、なんの不思議もないでしょうが。白い炎獣となりますとなぁ・・・。」
「ねぇ、父さん。父さんなら神様とかそんなの平気でしょ?もちろん連れて帰るわよね?」
「う~ん・・・。」
珍しく煮え切らない。
しかし、ぽんと手を打ってグリューナーとゲルクルを振り返ると、彼らしい突拍子もないアイデアを出してきた。
「そうだ!レッドドラゴンに聞いてみたらどうだろう?彼がいいって言ってくれたら問題ないよねぇ?」
いきなり話を振られた二神は、顔を見合わせて何か言葉を交わしているようだったが、やがてグリューナーが口を開いた。
「うん。レッドドラゴンがいいって言うなら、問題ないんじゃないかな。ゲルクルも、っていうかもう自分の言葉で話してもいいんじゃない?」
すると今まで黙っていたゲルクルが、ぼそりと口を開いた。
「神の元に留まるか在野に下るかは、本来我々が決めることではない。本人が決めることだ。」
ぶっきらぼうだが心が籠っている。フィリップは頷いた。
「今日のところは一緒に帰るとして、また日を改めてレッドドラゴンに会いに行くよ。」
その時、パシャンっと魚が跳ねた。
「ゲルクル様、大変です!暗い影の集団が森へ入り込み、こちらへ向かっております!」
はっとしたティティカカが、落ちつかなげにぐるぐる水面を回る魚に声を掛けた。
「そいつらはもしや、薄汚れた獣の皮をかぶって銃を持った兵士の一団ではないか!?」
青い魚はさっきよりも高く跳ねる。
「そうです!それです!」
ティティカカが血相を変えて叫んだ。
「そいつらはノーランを狙って後をつけてきた者どもじゃ。銃を持っておる。ワシの身体に傷を付けたやつらじゃ!」
「何だって!?」
「やばい!早く逃げなきゃ!」
ジョジョを手のひらに乗せたセシルが、炎獣とともに何事かと駆け寄ってくる。
ゲルクルは心当たりがあったらしく、幾分落ち着いていたが、
「今、どの辺りだ?」
と低い声で呟くと、矢のような視線を飛ばした。
すると今度は、木々をすばやくつたってリスが顔を出す。
「ゲルクル様!今、森の木々たちが一斉に動き回ってやつらを攪乱しています。しかし気づかれるのも時間の問題かと!やつらが怒って銃を打ち始めたらとても危険です!」
リスが叫ぶと同時に、パン!と銃声がして、悲鳴を上げたイライザが身を屈めた。
「おのれ!」
泉へ飛び込もうとしたゲルクルの前へフィリップが走り出る。
「待ってくれゲルクル!やつらの狙いは私たちだ。
このティティカカの中に、オリビアの騎士ノーランがいる。
彼はもう命の力が尽きて、自力では飛べずに今は深く眠っている。だからティティカカがここまで送ってくれたんだ。
私たちはノーランが生きていると思って、何も持たずにここまで迎えに来てしまった。だけど、飛べない彼を僕とイライザではどうすることも出来ないと知って、ティティカカごとノーランを運ぶためにグリューナーを呼んだんだ!」
ゲルクルはイライラしながら、辛抱強くフィリップの話を聞いていた。
「僕たちがフォレストを出れば、きっと奴らもここから出て行く。力を貸してくれ!」
そして、フィリップは次々に指示を出した。
「ティティカカは僕と一緒にグリューナーの背中に乗せてもらうんだ!ゲルクル、ティティカカを乗せたグリューナーが飛べるぐらい空間を開けて貰えるよう頼んでくれるかい?」
次にフィリップは、グリューナーの首筋を撫でて頭を下げた。
「ごめんよ。やっぱりこの方法しか思いつかない。」
頬を寄せたグリューナーは、鋭い瞳で上空を見上げる。
「ちょっと自信ないけど緊急事態だもの。しょうがない。やれるだけやってみるよ。早く乗って!」
「イライザはジョジョと炎獣を連れて飛ぶんだ!」
頷いたフィリップはイライザに指示し、ティティカカと共にグリューナーの背中へよじ登る。
「解ったわ!ジョジョを連れてこっちへ!」
イライザの言葉を理解した炎獣が、セシルの手からジョジョをくわえて飛び、急いでフードの中へ入った。
バン!
さっきより近くで銃声がした。敵はすぐ側まで迫っている。
「急いで!」
はらはらとリスが後方を確認し、青い魚は水面を跳ねている。「さぁ!出発だ!」
「道を開けろ!グリーンドラゴンを通すぞ!」
ゲルクルの声に、頭上の木々が大きく開き始めた。
イライザは神経を集中させ、ふわりと宙に浮かび上がった。
地面を踏みしめたグリューナーが新緑の翼を広げ、猛烈な風が渦巻いた。あおられそうになったイライザは、風圧から逃れようとさらに上昇する。
炎獣とジョジョが心配そうにフードから顔を出している。
突風から身を護るため、ゲルクルはセシルに自分の側へ来るよう指示し、ステイサムはするると水中へ逃げ込んだ。
グリューナーの両の爪が地面へ食い込み始めた。
心配そうな炎獣が、イライザの肩へ出てくる。
「がんばれ!グリューナー!」
フィリップの声に応えるように、グリューナーは二度三度と羽ばたいた。少しは浮くものの、飛ぶとまではいかない。
やはり重過ぎるのだ。
しかし身の危険はすぐ側まで迫っている。
一刻も早くこの場を離れなければ!
ぎりぎりと歯を食いしばったグリューナーが、更に強く羽ばたこうとしたその時。
安心してください、私が風で援護します!
どうか私を信じて今一度羽ばたいて!
その声は、二匹のドラゴンとフィリップ、そしてイライザの心にも届いた。
風渡りだ!
フィリップは確信を得て、グリューナーを励ますように首筋をぽんぽんと叩くと、空を指差して叫んだ。
「行っけぇぇぇ~!!!」
頷いたグリューナーはもう一度、力一杯羽ばたいた。
ふわり
グリューナーの身体が大きく浮き上がる。
「やったぞ!」
フィリップは振り返ると頭を下げた。
「ゲルクル!本当にありがとう!オリビアの民を代表して心からお礼を言います!」
イライザも空中から深くお辞儀をした。
ゲルクルは一瞬とまどうような表情を見せたが、つんと澄ましてこう言った。
「あの魚は、金魚というんだ。」
「え?」
「また・・・見せてやらんこともないぞ。」
ブルードラゴンは踵を返し、頭上を覆った木々に怒鳴った。
「もっと空を開けろ!グリーンドラゴンを送れ!」
主の命を受け、ブルーフォレストが更に大きく開く。
「ありがとうゲルクル!ステイサムもセシルもありがとう!」
フィリップは大きく手を振った。イライザも手を振る。
ゲルクルの影から飛び出したセシルが、大きく手を振り返していた。ステイサムもダムの上で手を振っている。
いっせいに動いた木々が、空への道を開けている。
イライザも脇へ避け、先にグリューナーを通した。
何となくその方がいいような気がしたからだ。
だってドラゴンはフォレストの神様だもの。
ぽっかり開いた青空へ、グリューナーが抜けてゆく。
風渡りの風を受けて、その身体はどんどん上昇する。
差し込む陽の光が大きな身体を照らし、ゆっくりとドラゴンが天空へ上っていく荘厳な景色に、思わずイライザは自分たちが置かれている状況も忘れ、うっとりと見とれた。
巨大樹が乗っているとはいえ、その姿はとても神々しい。
でも絵本や壁画にはならないわね。生えてるみたいだもの。
脳裏を掠めたぶち壊しな分析も、速攻で打ち消しておく。
そして、あっという間に上空にたどり着いてフォレストを抜けようとした時、イライザが下を見るともうゲルクルやセシルたちの姿は消えていて、そこには追いついた賊たちが空を見上げ何かわめいているだけだった。
空へ出たグリューナーは風に乗って、気持ちよさそうにフォレストの上空を旋回した。風渡りの援護を受けているせいで、背中に何も乗せていないようだ。グリューナーは軽々と翼をはためかせる。
背に乗ったティティカカとフィリップも、風に吹かれて気持ち良さそうだ。
グリューナーの近くを飛ぶと、イライザにもその風を感じることができた。何度向きを変えても、暖かくて心地いい風が、常に追い風になって優しく力強く背中を押してくれる。
イライザは嬉しくなって、くるくるとダンスを踊るように空中を回っていたが、ふとフォレストの影からこちらを見上げている人影に気づいて動きを止めた。
風にはためくマントとブーツ。
こちらを見上げる、ピンと伸びた姿勢に凛とした面差し。
あれは風渡り・・・フラン?!
一同の心の中に、グリューナーの声が響いた。
『ありがとう。君のおかげで彼らを乗せて飛べたよ。』
フォレストの入り口に立ったフランは、フードを上げて胸に手を当てると一礼をして答えた。
『いえ。こちらこそドラゴンに風を渡せるとは光栄です。グリーンフォレストまで私の風でお送りします。ご安心を。』
自ら起こした風に髪を揺らしたフランは、改めてグリューナーへと深く一礼した。
そしてお辞儀をしたフリップとイライザへ小さく頷いて返し、フードをかぶると木陰へ消えた。
イライザは肩に乗った炎獣とジョジョに囁いた。
「風渡りのフランよ。めったに会えないんだから。やっぱりかっこいいかも。」
すると、イライザの心にフランの声が響いた。
『ずいぶん大きくなったね。それに上手く飛べるようになった。そのまま集中して飛びなさい。』
驚いて振り返るが、フランの姿はどこにもない。
かっこいいって言ったの聞かれたかしら?!
ちょっと待って、もしかしてフランの今の言葉もみんなに?!
慌てて周りを伺うが、誰も気付いた様子はない。
え!?もしかして私にしか聞こえてなかったの?!何、すごく恥ずかしいんだけど!
フランの言葉を反芻しながら一人頬を染めるイライザの脳裏に、ふとある記憶がよみがえった。
そのまま集中して飛びなさい・・・。
そうだ!どうして今まで忘れてたんだろう?!あれは初めて飛んだときに聞いたセリフだ!
考えてみれば、いくら魔法使いの家系でも幼い子供がいきなり上手く飛べるはずがない。
フランが風を使って支えてくれてたんだ!
振り返って再びフランを探したが、もうその姿を見つけることはできず、イライザはがっくりうなだれた。
初恋の相手との運命的な出会いがあれだったとは。
グリューナーの背中では、フィリップが笑いを堪えていた。
う~ん、風渡りの婿か、狼の婿か。どっちも楽しそうだ。
けど、もしここにジノがいたら大騒ぎしただろうなぁ。
最大限ショックを受けて引きこもるか、一瞬で狼の姿に立ち戻ってフランの前に躍り出たかもしれない・・・。
いつもながらに不憫なことだが、この時イライザの頭にはジノのジの字もなかった。
「うん。過ぎたことはしょうがない。次に会うまでにもっと良い女になっておこう。」
本人は自覚していないが、この立ち直りの速さはやはりフィリップゆずりだろう。
しかし、よし!と急に拳を突き上げたものだから、肩にいた炎獣がバランスを崩し、するんと後ろへ滑り落ちてしまった。
「危ない!」
あ!と思って声を上げた瞬間、
パシン!
舌を長く伸ばし、ジョジョが炎獣の前足をしっかと捕まえた。
「あ!」
イライザとフィリップが同時に声をあげる。ティティカカは不思議そうにジョジョに言った。
「なんじゃい。子供とはいえ、カメレオンなんじゃから当然じゃろう?のう、ジョジョや。」
炎獣を引き上げたジョジョは、しっかとその首に抱きついた。
新しい親友のおかげでジョジョも大きく成長したようだ。
フィリップとイライザは顔を見合わせて頷いた。
何も言わないようにしよう。
だって、泣かれちゃ敵わないもの。
「帰ろう。」
グリューナーはそう言って笑うとオリビアへと向きを変え、夕日に向かって大きく羽ばたいた。
ブルードラゴンと片翼の騎士 野々宮くり @4792
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