第3話 いたずら好きの妖精
翌朝、エクスが目を覚ますと、ファデットの姿が見えなかった。
昨夜のこともあり「もしや」と思ったが、彼女は案外近くにいた。
「あら、見つかってしまいました」
地面に腰を下ろし、バゲットを頬張りながら、けろっと言ってくれる。黒髪は赤いリボンでポニーテールにしており、大人びた顔が明るく映える。しかし、口の周りはラズベリージャムでべとべとだ。
「レイナが、好きなときに食べていいと分けてくれたものですから」
「うん……いいんだよ」
エクスは立ちっぱなしも良くないと思い、ファデットの近くに腰を下ろした。
ファデットはジャムの瓶を軽く掲げる。
「このジャムは、祖母の味と同じ気がします」
「うん、そうだって。ファデばあさんの知り合いの人がくれたんだ」
「……おばあちゃんの」
ファデットの黒い瞳が揺らいだ。
泣いてしまうかも、とエクスは思ったが、その予想は外れた。
ファデットは距離を詰めて、エクスの頬にキスをしたのだ。
エクスが呆気にとられている間に、ファデットは食事を片付けて森の奥へ行ってしまった。
「待って、ファデット!」
ひとりで追いかけるより仲間を起こそうと戻ると、3人とも起きていた。
「皆、ファデットが――」
「エクス……その頬」
「……タオ兄、手を外して下さい。何も見えません」
「シェインは見なくていい!」
「え、何? 僕がどうかしたの……?」
「エクス、とりあえず鏡を見て」
レイナから手鏡を受け取ったエクスは、鏡に映った自分を見て、言葉を失った。
片側の頬に、キスマークがついている。ラズベリージャムの、甘い甘いキス。
「やるな、坊主」
「タオ、誤解だってば!」
目隠しがとれたシェインは、黙って眉をひそめる。エクスを警戒しているのは明らかだ。
「あのさ、それよりファデットが……」
「おはようございまーす!」
ファデットが元気に戻ってきた。ポニーテールを呑気に揺らし、エクスを素通りしてタオの前で止まる。
「タオにおみやげです」
「お、おう」
タオは反射的に手を伸ばしたのだが。
「わっ……!」
すぐに引っ込めた。数匹の蛙が地に落ち、思い思いの方向へ散ってゆく。
呆気にとられるタオ。固まったままのエクス。腹を抱えて笑う、ファデット、レイナ、シェイン。
「お前ら……グルだったのかよ!」
「タオ兄、気付くのが遅いです」
「私達、ファデットからお願いされていたの。ふたりにどっきりを仕掛けるから、見逃してほしいって」
「正しくは、可愛くお願い……です」
ファデット本人から訂正が入った。
昨夜より明るいファデットに、エクスとタオは追いつけない。
「ファデット、村に戻るの、やめる?」
「いいえ、行きます。ありがとう、エクス」
にこりと笑ってくれたが、儚げで元気がない。すぐに俯いてしまった。
「泣いてんのか?」
タオがファデットの顔を覗き込もうとすると、ファデットはタオの背中にぴったりくっついた。
「タオ、おんぶして頂けますか?」
「なんで俺? なんで今? なんで、おんぶ?」
「タオ兄、シェインもおんぶ」
シェインも、タオの服を引っ張っておんぶをねだる。
「タオ、おんぶ」
「タオ兄、おんぶ」
「しねえよ」
タオが断ると、ブーイングが始まった。
半ばふざけあいながら、一行は村に着いた。こんもりした木々と広い畑が広がり、町のような高い建物はなく、教会が目立って見える。
ファデットが、痙攣したように体を震わせる。エクスはファデットを隠すように前に立った。ファデットがエクスの袖を掴む。彼女が感じる恐怖心が、エクスにも伝わってきた。
「あっ、“魔女”が性懲りもなく戻ってきたがった!」
村人のひとりが叫んだ。それが合図のように、わらわらと人が集まってくる。
「よくも戻ってきてくれたね」
「昨日も化け物を寄越しやがって! どういうつもりだ!」
「今年はあんたの化け物のせいで不作なんだよ。どうしてくれるんだ!」
「死んでつぐなえ!」
集団の狂気、と表現しても差し支えないだろう。目を暗く輝かせ、今にもとびかかりそうな獣の気さえする。まともに話ができる雰囲気ではない。
「姉御、空気を読まない発言をしても良いですか?」
「なに? シェイン、こんなときに」
「ヴィランが現れるのって、こういうときですよね?」
シェインは予言した。その予言は、3秒後に的中する。
――クルクルッ! クルルッ!
のどかな田園を背景に、ブギーヴィランが出現した。おまけに、ウィングヴィランが離れた場所で弓を引いている。
4人はヒーローの魂と
「ファデットは隠れていて!」
アラジン姿のエクスに言われたファデットは、首を横にきつく振った。
「私も加勢します」
ファデットは震える手で梓弓を引く。その手に矢はない。どこからか鬼火が現れ、ファデットの周りに集まる。
「昔から、私の周りには鬼火が集まりやすいんです。でも、こんな芸当ができるようになったのは、つい最近です。本物の魔女になったみたいで、嫌で嫌で仕方ありません」
鬼火はひとつに集合し、炎となる。炎は細長く形を変え、ファデットの矢となった。
「……それでも、村を救うためなら、こんな芸当も喜んで活用します」
村人達の方向に矢を向けた。見据えるのは、その向こうのウィングヴィラン。
「皆、伏せて!」
ウィングヴィランに矢を撃ちたい。しかし、村人達はファデットの言葉に耳を貸さない。農具を武器のように構えて、ファデットに攻撃する機会をうかがっている。
エクスはアラジンの身軽な体で跳躍し、村人の頭すれすれを通った。エクスが通り過ぎ人々が身をかがめた瞬間、ファデットは矢を放った。矢はウィングヴィランにかすっただけだったが、羽に火が移り、動きが鈍くなった。エクスはウィングヴィランに至近距離まで迫り、斬り倒した。
それを目の当たりにした村人達は、この場から去っていった。
村人を追うヴィランはいない。横目で確認し、ドン・キホーテ姿のタオは「よっしゃあ!」とガッツポーズをした。
「思い切り暴れてやるぜ!」
「タオ兄、それは多分、ヴィランの台詞です」
「タオ、落ち着いて! エクスも体力を考えて動いて!」
テルミエと
「もう! 私はあなた達のお母さんじゃないんだから!」
「姉御、ついに言っちゃいましたね」
シェインは、別のウィングヴィランの攻撃をかわした。しかし、それはファデットに直撃してしまう。ファデットは大きくふらつき、地面に膝をついた。
「ファデット、大丈夫!?」
レイナが声をかけると、ファデットはやっとのことのように頷いた。
「姉御、ファデットさんと安全なところへ行きましょう」
「エクスとタオはどうするの?」
「放っておいても、勝利して帰ってくるでしょう」
幸い、ヴィランの意識はエクスとタオに向いている。
レイナとシェインは、ファデットをつれて背の高い草の中に隠れることにした。
「……ファデットさん、ごめんなさい」
シェインが謝ると、木の根元にもたれかかったファデットは「平気」と呟いた。しかし、左脇腹からは血が溢れ出している。
「姉御、血が止まりません。このままではファデットさんが……」
「大丈夫よ、シェイン。回復魔法で治せるわ」
レイナはヒーローを赤ずきんからクラリスに切り替えた。
そのとき、近くの茂みが動いた。ヴィランがついてきたのかと思ったら、人間の子どもであった。黒髪の幼い少年。服は砂かほこりで汚れている。
その少年を見たファデットは、黒い瞳を見開いた。
「……ジャネ!」
少年も、怪我を負ったファデットを見て驚きの声を上げる。
「おねーちゃん!」
少年は片足を引きずってファデットに近づこうとするが、途中で座り込んでしまった。腹の虫が盛大に鳴る。
「この子、ファデットの弟さん? ヴィランにつれさられた……?」
「はい。……ジャネ、逃げてきたの?」
「うん。でも、双子のあの人は逃げられなかった。……ごめんなさい」
少年は、姉に似た大きな黒い瞳に涙をいっぱい浮かべる。
レイナは姉弟に回復魔法をかけ、弟に食べるものを与えた。
「ジャネ、あなたは今までどこにいたの?」
少年はラズベリージャムを口の周りにたくわえ、姉の質問に答えた。
「教会の地下室。神父様が黒い化け物を従えてて、双子のおにーちゃんまで協力してて……あのふたりが、おねーちゃんを
「あの神父様が……?」
ファデットは信じられない様子である。
「ふたりのどちらか……それとも、ふたりともカオステラーかもしれないわ」
レイナは、木々の向こうに頭を出している教会の屋根を見つめる。
朝は爽やかな青空だったのに、今は暗雲が居座っている。ちょうど、教会の上であった。
「砂漠の不良に、ご用心すよ!」
エクスはアラジンの必殺技「砂塵のソードダンス」を決め、最後の敵を一閃した。
「よし、やったな坊主!」
「タオもおつかれさまっす!」
エクスとタオはハイタッチをしてから、冷静に周りを見回す。
「ここはどこだ?」
「女性陣とはぐれちゃったね」
ふたりは
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