第2話 傷だらけの妖精
化け物が現れた村へ向かう途中、早速ヴィランに囲まれた。
一行は「導きの栞」を「空白の書」に挟み、ヒーローの魂と
タオはドン・キホーテの姿になり、周りに建物も人もないのをいいことに嬉々として突きを繰り出す。
テルミエの姿のシェインは、何かを思いついたように矢を放つ。
木々に阻まれた森の中で、ヴィランが一直線上になった場所ができた。
そのヴィラン達に向かい、タオは槍を構え直した。己の力を溜め、強力な一突きを浴びせる。
「必殺、ラ・マンチャの栄光! ……って、何やってるんだ、俺は」
「まさに、ヴィランの串刺し。お見事です、タオ兄」
「お前、俺に何をさせる気だ!!」
恥ずかしさに赤くなるタオに、シェインは「さっさと片付けましょう」と涼しく告げる。
ふたりは良いコンビネーションで次々とヴィランを倒していった。
一方、エクスとレイナは、ワーウルフと対峙していた。
「エクス……慎重にね」
「わかってる」
何度この台詞を交わしただろうか。アラジンの心と繋がっているせいか、エクスは周りを見ずに調子良く先走ってしまう。それをフォローするのは、赤ずきんと
「いい? 私が誘導するから、エクスはワーウルフを……」
「了解!」
レイナが言い切らないうちに、エクスは地を蹴って走り出す。レイナは慌ててワーウルフをおびき寄せる。そのおかげで、エクスは背後からワーウルフを仕留めることができたのだが。
「いる!」
向こうにヴィランの姿を確認すると、エクスはいてもたってもいられず、走り出した。
「エクス! ひとりで突っ走らないで!」
レイナの忠告は耳に入らず、ヴィランに向かって軽快な剣技を繰り出す。
気付いたときには遅かった。エクスはひとり、森の中にいた。木の陰から新たなヴィランが現れ、襲いかかってくる。
「望むところっす!」
口調までアラジンと同化し、勢いで攻撃する。が、背後から衝撃を受けた。きびすを返すと、ヴィランの鋭い爪が目の前にある。
まずい、と思ったそのとき、ヴィランが発火し、消えた。
「……シェイン?」
弓を構えた少女が立っている。遠目から見てもシェインでないことは明らかだった。
少女の体が大きく傾ぐ。エクスは少女に駆け寄り、体を支えた。
「大丈夫!?」
返事はない。彼女はエクスにしがみついて、やっと立っている。
この少女が何者なのか、なぜこんな森の中にいるのか、それを考えるより、安全な場所に移動することを優先すべきだ。
エクスは少女を背負い、もと来たであろう場所を目指す。いつまたヴィランが現れるかわからないため、接続は解かない。背中がひりひりと痛むが、歯を食いしばって歩き続けた。
しばらく進むと、見覚えのある3人の姿が目に入った。
「新入りさん……傷だらけですよ」
「おい、坊主! しっかりしろ!」
シェインとタオは接続を解いている。
「エクス、今から回復魔法をかけるわ」
レイナは
エクスは安堵し、接続を解く。レイナの指示で背負っていた少女を下ろし、木の根元に座らせた。少女のゆるくウェーブした黒髪は砂ぼこりにまみれ、この想区の女性と変わらない服も所々やぶれている。外傷はすり傷程度だが、衰弱が激しそうだ。
レイナは、クラリスの力を借りてふたりに回復魔法をかけた。
「……は?」
少女が口を開いた。何かを言いたいようだが、喉がかすれて声が出ない。
レイナは少女と目線を合わせた。
「安心して。ヴィランは追い払ったわ。あなたは助かったのよ」
水筒の水を少女に飲ませる。軽くむせたが、喉は潤ったようだ。
「……私は、助かってしまったのですね」
「ええ。助かったのよ。ところで、あなたは……?」
なぜこの森にいるの? 何があったの? ――レイナはそういうニュアンスで訊ねたつもりだった。しかし、少女は名前を訊かれたと思ったらしい。
「私は……」
たっぷりためらった後、少女は名乗った。
「ファデット」
少女――ファデットは力尽き、眠ってしまった。
「ファデット……って、あの“魔女”の人?」
エクスはファデットを起こさないよう、声をひそめた。
「でも、この子はヴィランを使役しているようには見えなかった。むしろ、僕を助けてくれたんだ」
「それが真実のようですね。しかし、彼女は悪いものを払う力はあるようです」
シェインはファデットの左手をそっと持ち上げ、握ったまま離さない弓を示す。
「梓弓です。シェインのいた想区でも、悪しき力を払う武器だと言われていました」
「確かに、矢を受けたヴィランは消えてしまったよ」
「そうでしたか……それにしても、シェインも欲しいです、梓弓」
「おい、シェイン。やめておけ」
タオに止められ、シェインは「むう」とふくれ面になる。
ファデットが目を覚ましたのは、同日の夕方であった。彼女は自分の身に起こったことを話してくれた。
祖母が亡くなって弟とふたりきりになった。
ヴィランが村に現れ、人々を襲うようになった。
幼馴染の双子の弟が行方不明になった。
ヴィランも幼馴染の行方不明もファデットのせいにされ、迫害されるようになった。
家にいたところをヴィランに襲われ、弟と森に逃げた。
弟がヴィランに誘拐された。
「全て、私が悪いんです」
ファデットは、そこだけは明瞭に言い切った。
「ただ『運命の書』に従うだけの人生が嫌で、『運命の書』以上に充実した人生を送れるよう努力したのが悪いんです。きっと、ストーリーテラーからの罰なんです」
「待って、ファデット。話は少しずれるけど、きみのおばあさんは“ファデばあさん”と呼ばれていた人?」
「はい。でも、祖母の死はヴィランという化け物に因るものではないと思います。私の『運命の書』に書かれていたから……」
ファデットの黒い瞳が涙でうるむ。瞳の中の光が神秘的で、エクスはつい見つめてしまった。
「ちょいちょい、新入りさん。ファデットさんが困っていますよ」
「……ごめんなさい」
「ううん、違います。駄目ですね、私は。心が弱くて、無駄な努力をして、挙句の果てには皆を敵に回して……」
「それは違うよ、ファデット。きみの心の強さも、努力も見てくれていた人がいたよ。きみと弟を心配している人も」
奉公先の屋敷の人は、ファデットの努力する姿を高評価していた。種まきの老人は、ファデばあさんとその孫に偏見を持っていない。
「つーか、難しい話はわかんねーけど」
しばらく話についてこれず黙っていたタオが、ようやく話に入ってきた。
「あんたの頑張りは立派だと思うぜ? カオステラーになっちまう奴とは違って……素直、前向き……うまく言えないけど、ストーリーテラーも感心してるんじゃねえかな」
「カオステラー?」
ファデットは首を傾げた。レイナが説明する。ヴィランとカオステラーのこと。一行が「空白の書」の持ち主であり、カオステラーに冒された想区を“調律”して旅をしていること。
「カオステラーに冒されているのですか、ここも」
「ええ、気配を感じるの。明日、ファデットの村へ行きましょう」
日が沈み、夜闇が辺りをおおい始めた。
夜中にふと目が覚めてしまったエクスは、ファデットが泣く声を耳にしてしまった。彼女をなぐさめるレイナとシェインの声も。
ファデットはつらいのだろうな、とエクスは思った。ただでさえ家族を失って情緒不安定なのに、その上から打ちのめされる出来事が続いている。
エクスは色々考えながら、また眠ってしまった。
「うう……レイナ、シェイン、夜中にごめんなさい」
「ううん、いいのよ」
「今のうちに泣いておきましょう、ファデットさん。男達に涙を見られたくないんですよね」
「……優しくされると余計に泣きそうです」
ファデットは涙をぬぐった。
「あの、お願いがふたつあるのだけど」
「何かしら?」
レイナが小首を傾げた。小顔で上品な彼女にこの動作が似合っている……とファデットは思った。
「髪を結うものをお借りしたいのです」
「いいわよ。もうひとつのお願いは?」
「それは……」
ファデットは少々ためらったが、いたずらっぽい笑みをつくって言った。
「おふたりに見逃してもらいたいのです」
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