愛の妖精に祝福を

紺藤 香純

第1話 愛の妖精の想区

 ある村に、双子の美しい兄弟がいました。小さい頃はよく似たふたりでしたが、兄は大人しく優しい性格に、弟は明るく活発な性格の青年に成長しました。

 村には“魔女”と呼ばれ住民から避けられている少女がいました。少女は双子の弟に恋をし、気を引きたくていたずらばかりします。

 双子は始めこそ少女を憎らしく思っていました。しかし、ふたりとも少女の気立ての良さや聡明さに触れ、少女に夢中になります。

 双子の弟と少女は心を通わせ恋仲になったのをきっかけに、少女は奉公に出ます。村の外で自分を試すために。評判を上げて、結婚を認めてもらうために。

 奉公を終えて村へ帰ってきた少女でしたが……



      ◇   ◆   ◇



 一行がやってきたのは、一見平和そうな田園地帯だった。広大な畑の合間に民家が点在し、放牧された馬や牛が悠々と緑地を楽しんでいる。

「綺麗なところだね」

 エクスが素直な感想をこぼすと、レイナも「そうね」と同調した。

「しかし、まあ、何もねえところだな」

「タオ兄、不謹慎です」

 大きなあくびをしたタオに、シェインが突っ込みを入れる。

「本当に何もないのかは、住人に訊いてみれば良いと思います。というわけで、新入りさん、その辺の人達に訊いてみて下さい」

「ん……うん、わかった」

 突然振られ、エクスは焦ったが、不満というのではない。近くの畑で種まきをしていた老人に声をかけてみた。

「すみません、この辺りで何か変わったことはありませんか?」

「変わったこと……急に言われてもなあ」

 老人は重そうに腰を上げた。足元には、口の開いた麻袋とブリキのバケツが置かれている。麻袋には種が、バケツには肥料らしき土が入っている。どちらも量が多い。

 エクスはすかさず「お手伝いします」と笑顔で提案した。老人の畑仕事もはかどるし、時間が経てば何か思い出してもらえるかもしれない。

 老人は「ありがたい、助かるよ!」と喜んでくれた。

「よっしゃ! じゃあ、俺も!」

「シェインも助太刀します」

「私も!」

「お嬢はやめておけ」

「え? どうして?」

「お嬢はすぐにバテちまうだろ」

「まあまあ、タオ……」

「そんなことないわ! やるわよ!」

 にぎやかに老人を手伝う4人だが、レイナはタオの予言通り早々に脱落した。彼女は少し休んでから、他の人にもこの想区の状況を訊ね始めた。

 生まれ育った想区でも畑仕事をしていたエクス、何でも器用にこなすシェイン、力自慢のタオの協力により、日が高いうちに種まきが終わった。

「そういえば」

 畑仕事の道具を片付けながら、老人がこぼした。

「古い知り合いが亡くなったんだ。皆から“ファデばあさん”と呼ばれている人なんだが」

「どんな人なんですか?」

 エクスが訊く。

「一言で表すと“魔女”だな。何でも知っていて、独自に薬の調合とかもしていた。性格は極めて偏屈だけど、良い人だったよ。まあ、性格のせいで魔法を使う魔女だと思われていたけどな。……確か、孫がふたりいたよ。ふたりとも、どうなっちまうんだか」

「……そうですか」

 想区には関係なさそうな話だが、痛ましい話だ。シェインもタオも、しんみりとなって耳を傾けていた。

「まあ、ファデばあさんも年だったし、孫ふたりが心配だが、何とかするだろうよ。……こんな話しかできなくて、ごめんよ。手伝ってくれた礼だ。飯でも食っていけ」

「じいさん、ありがとよ」

「タオ兄、少しは謙虚になりましょうよ」

「……僕達、何か忘れていない?」

 エクスが思い出そうとしたとき、遠くから「おーい、みんなー!」と呼ぶ声がした。豆粒に見えるほど遠くの農道に、レイナがいる。

「さすが、姉御ですね。これほど見通しの良い場所でも、あんなに遠くへ行ってしまうとは」

「あ、転んだぞ」

 シェインとタオは、目を細めてレイナを観察する。エクスはレイナを迎えに行った。

「レイナ、大丈夫?」

 エクスが差し出した手を、レイナは「ありがとう」と取り、立ち上がった。

「何人かから聞いたのだけど、近くの町に化け物が出たそうよ」

「もしかして、ヴィラン?」

「かもしれないわ。行ってみましょう」

 レイナの一声で、出発が決まった。

 老人は、一行に水と食料を持たせてくれた。バゲットやチーズ、瓶詰めのジャムなど。ジャムはラズベリーで、ファデばあさんが生前最後につくったものなのだとか。

「うう……ひるめし」

「タオ、行くよ!」

 昼食に未練を残すタオをエクスは叱咤した。



 種まきの老人の話に出た町は、さほど大きくなく一見住みやすそうな雰囲気であった。

 しかし、不自然にえぐられた石畳や壊された建物があり、何かの襲撃に遭ったことは想像に難しくない。

「……ひどい」

 レイナは道にしゃがみ込んで石畳に触れる。言葉にはしないが、きっとヴィランやカオステラー、それらを指揮する存在のことを考えているのだろう。

 見慣れない4人に、住人の女性が「ちょっと」と声をかけた。

「あなた達、旅の人かしら? 早くここを離れた方がいいよ」

「何かあったんですか?」

 エクスが訊ねるのも、お約束のようになっている。

「昼前に、化け物に襲われたの。幸い怪我人はいないけど、町はこの有り様。いつ化け物が来るか、わかったもんじゃないよ」

「今日、突然……ですか?」

「うん。あっちの村に、何日か前から出てるって話は聞いてたけど――」

 話を遮るように、悲鳴が聞こえた。

 また出た、と誰かが叫ぶ。

 土煙が舞い、あの鳴き声が耳を突く。

 ――クルルッ! クルクルッ!

 独特の鳴き声、全身真っ黒な子供のような体躯、鋭い爪を宿した大きな手――紛れもなくヴィランであった。

「皆、いこう!」

「ヴィラン、覚悟しなさい!」

「さくっとやっちゃいましょう」

「こんなの昼飯前だぜ!」

 4人は、「導きの栞」を「空白の書」に挟み、ヒーローの魂に接続コネクトする。



 エクスが接続コネクトしたのは、黒髪を青いターバンで包んだ軽装の少年、アラジン。

 ――おっ、お呼びですね、エクスの兄貴。張り切っちゃいましょう!

 うん、よろしくね、と心の中で呟き、エクスはヴィランと対峙する。



 レイナが接続コネクトしたのは、攻撃職アタッカーの“赤ずきん”である。赤い大きなバンダナで頭をすっぽりおおい、お使いの籠を下げた少女。利き手には、一振りの片手剣。

 ――早く、早く行かなくちゃ!

 焦らないで……姉のように言い聞かせ、レイナは剣先を敵に向ける。



 シェインが接続コネクトしたのは、女神スケエルに仕える神官の少女、テルミエ。

 ――シェインちゃん、笑顔笑顔!

 ポーカーフェイスなシェインと、天真爛漫で太陽のようなテルミエ。対照的だが、相性は悪くない。



 タオが接続コネクトしたのは、自称“ラ・マンチャの騎士”、ドン・キホーテ。白髪交じりの老人だが、勇ましく鎧に身を包み、老いを感じさせない。

 ――おお、若いの。腹が減ったくらいでなさけないわい。

 うるせえよ、じいさん……ドン・キホーテに悪態をつくも、元気をもらった。



 メガヴィランなど強いのは出てこないが、いかんせん、ヴィランの数が多い。

 エクスは、アラジンの持ち前の身軽さに身を任せ、ヴィランを倒してゆく。足りない分を補うように、赤ずきんと繋がったレイナが応戦する。

「タオ兄、防御をお願いします」

「シェインよお……わかってるわい!」

 若干、ドン・キホーテの口調が入っているタオは、狙撃職シューターのシェインを守りつつ、槍で攻撃する。

「ほいほい! ……いっくよー!」

 シェインは弓を空に向けて構え、一撃を放った。雷をまとった矢は地面に着弾し、爆発。多くのヴィランが吹き飛んだ。

「スケエルの裁定……お味はいかがでしょう?」

「ちょっと、シェイン! 町を壊さないで!」

 注意したレイナも、ヴィランの数に耐えられず、必殺技を使ってしまった。

「お仕置き!」

 “可憐なるウルフバスター”まさに体を表す技名である。



「終わった……!」

 エクスは安堵の溜息をついた。ヴィランが残っていないことを確認し、皆接続コネクトを解く。

 戦を見ていた人から「あんた達、魔法使いなのか?」と訊かれた。「いいえ」とは答えたものの、周りから疑いの目を向けられている。

「いやいや、そんなことより、あんた達に頼みがある。うちの村の“魔女”をやっつけてほしいんだ」

 言葉遣いの割には綺麗な外見の青年である。金髪碧眼で中性的な顔立ちだが、腕は日に焼けていて、オーバーリアクションする手はまめの跡がみられる。農家か職人なのかもしれない。

 青年曰く、化け物――ヴィランは数日前から、青年の住む村に現れるようになったという。同じ時機に青年の弟が行方不明となった。また、この町に奉公に出ていた少女が村へ帰ってきた。少女は名をファデットといい、村では“魔女”だといわれていた。ファデットは小さい頃から村人にいじめられており、その恨みから弟を誘拐し、化け物を使って村人に復讐しているのだ、と青年は語る。

「村だけでなく、奉公で世話になった町にまで化け物を寄越して……恩を仇で返すとは、ファデットらしいよ。このままじゃ、死人が出てもおかしくない状況だ。弟の安否も確認できないし……皆さん、どうか、お願いします」

 青年は深々と頭を下げる。本人は至って真剣だが、情報が断片的でにわかに信じがたい。首肯できずにいると、「じゃあ、そういうことで」と青年は足早に去って行った。

「今の話、信じるべきなのかな?」

「お人好しの新入りさんが疑うのも無理はありませんね。あの人の話は憶測に過ぎません」

「他の人にも話を聞きましょう。……ほら、タオ、しゃきっとしなさい。先程もらったバゲットがあるでしょう」

 空腹に負けそうだったタオは、レイナに指摘されて初めて、食料を持っていたことを思い出した。



 町に人に話を聞いているうちに、この想区の物語がわかってきた。

「しかし、まあ、地味な想区だな」

「タオ兄、不謹慎です」

 バゲットを咀嚼しながらあくびをする器用なタオに、シェインが突っ込みを入れた。

 物語の中心となるのは、双子の兄弟と“魔女”と呼ばれる少女。先程の金髪碧眼の青年は双子の兄であるらしい。少女は、青年の話通りファデットのようだ。

 ファデットは“魔女”といっても魔法が使えるわけではない。薬草師、産婆、セラピストを兼ねている、と表現した方が近いだろう。

 ファデットが奉公をしていた屋敷の人にも話を聞くことができた。ファデットは「運命の書」通り熱心に仕事に励む人で、恨みで化け物を寄越すなどとても考えられない、という評価であった。

 ――「運命の書」に記されているとはいえ、あの努力は「運命の書」以上のものだろう。あの子は本当によく頑張っていたよ。悪い評判に負けずに幸せになってもらいたいものだ。

 青年の語るファデット像と屋敷の人のファデット像に大きな違いがある。どちらが真実なのか、わからない。もう一度青年に話を聞こうとしたが、彼は買い物をしてすぐに村へ帰っていったようだ。

 聞き込みをしているうちに夕方になってしまった。一行は今夜は町に泊まり、明日はヴィランの出た村へ行くことにした。



     ◇   ◆   ◇



 「同じ場所にいるためには走り続けなければいけない」と誰かが言っていた。

 少女は同じ場所に住み続けるために、逃げ続けるように暮らしていた。

 狭い世間の目から逃げるように森の中に住み、子どもの投石から逃げ、人並みの幸せから逃げた。それが「運命の書」で定められた内容の一部だから。

 そんな少女でも、逃げずに立ち向かったことがあった。「運命の書」の通りなのだが、自分で勇気を持って起こした行動は、どんな宝物よりも貴重な結果をもたらした。少女はこの後、幸せになるはずだった。

 今の状況は、「運命の書」には書かれていない。突如、村に化け物が現れ、人を襲い始めた。それを少女の仕業だと信じて疑わない村人から迫害を受け、化け物からも襲われるようになった。家を捨て、弟とふたり森の中に逃げ込んだ。亡き祖母から譲り受けた弓矢で化け物を追い払い、森の中をさまよい、数日が経った。

 少女はひとり、闇に包まれた森の中に立ちつくす。弟は先程、黒い化け物に連れて行かれた。

 本当に、ひとりになってしまった。

 自分が人並みの幸せを求めていなければ、きっとこんなことにはならなかった。

 身の程をわきまえていれば、こんなことにはならなかった。

 さっさと死んでしまえばよかった。

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