君の名は。

@sirokuma33

第1話


「瀧!朝ごはんできたぞ」


父さんの良く通る掛け声で始まるいつもの朝。

薄目を開ける。




いつもの部屋。



いつもの自分。




夏休み半ば。

向かいの公園では元気なセミがけたたましく鳴いている。

今日も憂鬱で気怠い一日が始まる。


夢の中では常に僕は万能だし、色彩も鮮やかだ。

リアルに網膜に映る現実は色褪せて見える。


「目で見るより、

高性能なカメラで撮った画像のほうがキレイ」

みたいなことと似てるのかも。

いっそのこと夢の世界のにずっといれたらなぁ、なんてくだらないことを考える。


特に目的も目標もない僕は

毎日が現実と夢の間を彷徨っている亡霊のような存在だと思う。



「瀧!今日は会議で遅くなる。メシ適当に食べろよ」





キィィー、、





バタン。






ガチャリ。







公営住宅の古びた、黄土色の金属ドアが閉まる。


いつもの音。


いつもの朝の静寂。


また瞼が重くなる。



「いってらっしゃい」くらい言うべきなんだろう。

でもベッドからでるのは面倒だし、朝は声がうまく出ない。

父さんだって「いってらっしゃい、気を付けて」くらいは耳にする権利が充分ある。やるべきこと、やると喜ばれること、頭ではわかっていてもなかなか行動できない。




ナマケモノ・・・




いつから僕はこんな怠惰で表情の乏しい人間になってしまったのか。見た目も良くて、溌剌と行動力のある父さんの実子だとは、我ながら思えない。同区内に住む親戚のおばさん(貰い物のブドウやら、どこかの産みたての卵やらを、やたらうちに運んでくる)は、思春期だからしかたないわよ、と父さんにいつも諭しているが、思春期ってもっとこうなんか違うんじゃないかって思う。

反抗的で向こう見ずな行動したり、もっともっとこうしたい、ああしたい、枠に収まりたくない、みんなと同じは嫌、あれも欲しいこれも欲しい、

そんな情動が理性を超えて試行錯誤、

堂々巡りしていくような、

生命力に溢れたそんなイメージなのだけど。



僕はというと、

できれば枠に収まっていたい。



ティッシュケースに収まるティッシュ箱のように


規格内に留まりたい。




枠をはみ出ると何かしらトラブルに見舞われる。対処の面倒さを想像するとなるべく内側に内側に余裕をもって、最小面積で存在したい。そのほうがリスクがないから。


ベネフィットよりリスク回避。



僕の人生、人生語るにはまだ短いけど、ずっとそうだった。


さしずめ今はベッドの枠内に収まっていて快適だ。一歩でると様々な面倒なことが待ち構えている。社会は、枠外に自らはみ出す探求心のある人達の叡智で廻っているんだろうな、と他人事のように思う。



寝返りで肩部分にスマホを触知した。

枕元まで伸ばした充電器につなぐ。

スマホの充電が充分でないと、不安になる。

大人は馬鹿にするけど、充電%は体調にも変化を及ぼす。

90%くらいあれば気分がいい。

50%でコンセントを意識し始める。

20%を下回ると、とたんに不安になる。



一桁になると、




もうどこへも行けない。




スマホ病だ。





いつのころからか、日本国における非常時の携帯品は、通帳・印鑑からスマホ・充電器へと変化した。




スマホを起動する。


ライン、メール、SNS、2ちゃんねる、掲示板、

と手際よくチェックしていく。


寝ている間に世界が変わっていないかを確認する、

大事な作業だ。


数少ない友達のリア充アピールに、いいねボタンを適当に押す。隅々まで見たが、昨晩も特に大きな事象は起こっていないようだ。

この一連の作業を、散歩に出て毎回同じ場所にマーキングをする犬のようだと思う。首輪をして大事に飼われている犬は、外でどれだけ入念にマーキングをしても、必死に匂いを嗅いでも、気になる匂いの当該犬と触れ合うことはおそらく一生ない。なんとも切なく儚い、そして無駄な行為だろうか。



ネットも同じ。

繋がっているようで繋がっていない。

意味があるようで、意味がない。

匿名で規制のないネットの中では、どんな根暗も人見知りも、

饒舌コメンテーターだ。

自由な言論を許されているから、並ぶ言葉は不確かだが、ある意味現実味もある。




縄張り巡回が一通り終わると、トイレに行きたくなった。


「尿意が何よりもの目覚ましである」

って誰かが言ってたっけ。


しつこいアラーム電子音を簡単に脳内無視できるくせに、尿意には勝てない。

トイレに行かせるために、全力で脳を覚醒させようとするなんて、神様の配慮がすごい。生きるためであれば、その場で失禁しても良いはずである。

そんな配慮に推されてなんとかベッド枠を出た。のそのそとトイレへ向かう。


リビングのテレビでは朝のニュースをキラキラしたお兄さんお姉さんが読み上げている。


またテロ事件が発生しました。

十数名が亡くなりました。

バラバラ死体が見つかりました。

なんと妻が逮捕されました。

コメンテーターは神妙な顔つきで、当たり障りのないことを言っている。



毎日毎日訃報は尽きない。


凄惨な事件に胸が苦しくなる。

必死に生きたいと願っても命を落とす病人がいる、

毎日正しく人のために生きていても理不尽に殺される人もいる。



生きるってなんなんだ。



死ぬってなんなんだ。意味はあるのか。



自分の意志とは違う大きな力で、生かされている気がする。



いろんな歯車がピタッと合えば、

僕だってあっけなく死んでしまったりするのだろう。



そんなことを考えながらおしっこをしていると気が遠くなってきた。




いつもと変わらない覇気のない顔を鏡に映る。

洗顔をして、意味はないけど笑ってみせる。作り笑顔は疲れる。

父さんの作ってくれた味噌汁をすする。浮いた小さななめこがくるくる回る。

舌から塩気を感じた瞬間、ふわっと迫ってくる現実に脳が覚醒していく。




うちは父子家庭だ。2歳頃まで居たらしい母さんの記憶はほとんどない。物心ついた頃から、母さんは病気で死んだと聞かされていたが、高校入学時に、実は母さんは外で男を作って蒸発したのだ、と聞かされた。何をして、今どこにいるか全くわからないらしい。

父さんは男手ひとつで僕を育てた。

感謝しているし、父子家庭に特に不満はない。


会話がないのは僕が「ナマケモノ」のせいだ。


スマホを弄りながら生暖かい白米を口に運ぶ。

ぼんやりと眺めていたら、あるカキコミでふと指が止まった。







ID;名無しさん

今週中に確実に4にます。

誰か暇な人いませんか。

お願いしたいことがあります。

観覧、見届け人も同時募集。都内。







ネットでは自殺企図なんて、

(ほとんどが死ぬ死ぬ詐欺のカマッテちゃんである)

日常茶飯事。

こんなことなら死にたい、もう死にそう、そんなことばかりの配信者も多い。

でもなかなか死ぬ気配もない。

翌日にはのんきに新商品のお菓子レビューをしていたりする。



でも今朝はなぜかこのカキコミが気になった。




刺激のない毎日に刺激が欲しかったのか、

夏休みなのに予定もなく暇を持て余していたからか。

トイレで生命について思考を巡らせたからか。



一度サイトは閉じたものの、気になった。



気が付いたら白米を餅になるほど噛んでいた。




純粋に、見てみたいと、思った。





…人が死ぬところを。





一瞬だろうが、その空間には生と死が共存するのだろう。



いけないことを考えている気がして

胸がドキンとした。



お願いしたいこと、も気になった。

死ぬ前に見ず知らずの他人にお願いすることって何だろう。法に抵触するようなことなら断ればいい。


添付されたアドレスはどうやら有効のようだ。





題名:掲示板みました

はじめまして。都内に住む16歳高校生です。

是非お話聞かせてください。




送信、っと。




この時は、

これが後に、







あんな「オオゴト」に発展するとは














僕は夢にも思っていなかったんだ。









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