02
開け放たれた鉄の扉から現れた人ではない生物を見て、きょとんとして目が点になる、少し驚きの色を浮かべる、ただ見つめると言った三者三様の反応を見せる。
「にゃんこだねぇ」
「猫だな。それもでかい」
ミチルの言葉に、朔夜はその生物――猫を観察する。
ふさふさとした毛が生え、尻尾を含めればおよそ一メートル程もある巨大な猫、メインクーン。毛の色は銀色で美しく、夜闇に浮かぶ蒼月やビルの明かりに照らされて幻想的な色合いとなっている。
動きを阻害しない為か、プロセッサーとホルダーはベルトに通されてメインクーンの胴に巻かれている。更に、朔夜達は剣を与えられていたが、猫には違うものが与えられていた。
それは、ロボットアームだ。ベルトの背中部分から伸びるそれは三本指で人間でいう肩、肘、手首、そして指の関節に当たる部分に球形の部品が埋め込まれており、それを回転させる事によって自在に動くようになっている。
猫はとてとてとある程度歩くと、三人の近くで止まり、じぃっと見つめる。
誰を見つめてるか? 秋果だ。
猫にじぃっと見つめられる秋果は特に困った様子を見せず、同じように見つめる。
秋果の眼と猫の目がしっかりと交わる。
「……何か目で語り合ってるのかな?」
「さぁな」
小首を傾げるミチルに朔夜は肩をすくめる。
見つめ合う事数秒。猫があくびをして眼を閉じ、自然と視線が外れる。
そして、秋果の方へと歩み寄り、足に擦り寄ったではないか。
丹念に、入念に。猫は秋果の足に自身の毛が結構な量付着する程に首元を擦り付ける。
「おっ、秋果さんの事気に入ったみたいですな」
「あれは猫が自分の所有物だと主張する為の匂いつけだったか?」
二人の会話を余所に、猫は充分満足したのか。首元を秋果の足から離す。
続いて、二本足で立ち、両前脚で秋果の腕に装着されているプロセッサーを触る。
秋果は猫の意図を読み取り、猫を抱き抱える。五キロを優に超えるメインクーンは秋果に抱かれ、やや満足そうに顔を緩める。
その間に、秋果は猫の腰に装着されているプロセッサーに自身のプロセッサーを接触させる。
『ルナとパーティーを組みました。』
メインクーン――ルナが秋果のプロセッサーを触ってきたのは、恐らくパーティーを組んでもいいと言う意思表示だったのだろう。そう当たりをつけた秋果はルナのプロセッサーに自分のプロセッサーを接触、パーティーを組む事に成功した。
それと同時に、秋果と一緒のパーティーとなっている朔夜とミチルもルナとパーティーを組む事となる。
「おっ、このにゃんこの名前はルナちゃんっていうんだ」
「つまり、飼い猫か」
プロセッサーに表示された猫の名前を見て、ミチルは可愛いねぇ、と呟き、朔夜がまじまじとルナを眺める。
秋果の腕に収まっているルナは前脚で秋果の手を何度か叩く。秋果はそれを受けてルナの頭を撫でる。するとルナは気持ちよさそうに目を細めたではないか。
会ってまだ数分も経っていないが、きちんと意思疎通を図る事が出来る秋果とルナ。どうやら、寡黙な一人と人語を話せない一匹は相性がいいようだ。
そんな一人と一匹を見て、ミチルは少し羨ましそうに眺め、行動に移す事にする。
「さぁ、ルナちゃん。今度は私の胸の中へと飛び込んでおいで!」
ミチルは満面の笑みを浮かべ、秋果に抱かれるルナを迎える為に手を起きく広げる。
ルナは準備万端のミチルを一瞥すると、飛び込む事も無く秋果の腕の中で丸くなる。
「あ、あれ? ルナちゃ~ん? こっちおいで~」
ミチルはめげずにルナに呼び掛けるが、ルナは一瞥もしない。
あまりにも見向きされないミチルの眼には僅かに潤み始める。
それを見兼ねてか、秋果がミチルへとルナを手渡す。その際、ルナが嫌がるそぶりを見せていなかったので、ミチルの事は嫌いではないのだろう。
しかし、ミチルの腕の中に入った途端、ミチルの顔へと両前脚の肉球をぎゅっと押し付けたが。
「こ、これは肉球の感触を私に味わわせてくれているのか、それともそれ以上近付くなと警告しているのか、はたまた私の顔面が気持ちよさそうだったのか。朔夜さんはどれだと思う?」
「知るか」
ぎゅっぎゅっと交互に肉球を押し付けるルナの真意が分からぬミチルが戦々恐々としている中、朔夜は冷たく吐き捨て、プロセッサーを弄ってルナのステータスを確認する。
『・月影ミチル【アナライズ】
・霧山朔夜【ブースト】
・十六夜秋果【エクステンション】
・ルナ【マップ】
』
『ルナ
力 :34
耐久:25
速度:92
精神:21
耐性:10
【メカニカルアーム】
通常時、武器をメカニカルアームにする事が出来る。メカニカルアームは自身の意思で自在に動かす事が出来る。
【マップ】(パーティー適用)
一度訪れた場所をマップとしてプロセッサーに表示する事が出来る。また、自身の現在位置も表示され、一ヶ所のみマーカーをつける事が出来る。』
ルナのステータスは力と耐久が低いが、速度と耐性に関しては一番高い。また、腰に備えられたアームは朔夜達の持つ剣と同じ物である事が分かった。
そして、ルナのプロセッサーの拡張機能による【マップ】がパーティー全員に適用されたのはこのくだらない遊びを進めて行く上での重要度は大きい。
流石にいきなり全体の地図が表示されるという事はないが、一度行った場所が分かり自身の現在位置が分かるようになれば入り組んだ場所でも道に迷う事も無くなる。
更に、一度訪れた場所で気になる事があれば、マーカーを使って地図に印を付ける事が出来る。再びそこへと訪れる必要が出て来た場合はそのマーカーを目指して進めばいいのだ。
マーカーをつける事が出来るのは一ヶ所のみだが、それはあくまで自分一人では、だ。パーティー内で分担すれば最大四ヵ所マーカーをつける事が出来る。
ビルの屋上から見ただけでも前の三つの階層よりも広大だと分かる今回の階層。尤も、透明な壁で仕切られて見た目よりも狭いかもしれないが、それでもマップがあるのとないのとでは勝手が違うだろう。
ふと、ミチルの顔面に肉球を押し当てているルナが朔夜へと視線を向けている事に気付く。
朔夜はその視線を受け、やや居心地が悪くなり顔を背ける。それでも、ルナはじっと朔夜の顔を見続ける。まるで朔夜の心を透かして見ているかのように。
朔夜とルナの様子を秋果は視界の端に収めつつ、別の方を向く。
秋果の剥く方には、ビルの内部へと続く扉が存在している。
その扉は一番初めにこの場に来た朔夜が確かめた際は鍵が掛かっており、剣で切り付けても開く事はなかった。
しかし、その扉はルナがここへと来た途端に独りでに僅かに開いたのだ。朔夜とミチルはルナが現れた扉に気が向いて気が付かなかったが、秋果は鉄の扉が開く音に混じって鍵の開く事が聞こえたので気が付いた。
ほんの僅かに開いていた扉が、今ゆっくりと開いて行く。
秋果は何が飛び出してきてもいいようにと剣を構える。
続いてミチルの腕の中に納まっていたルナもひらりと降りて何時でも飛びかかれるように四肢に力を籠める。
ミチルと朔夜の二人も、秋果とルナの様子を受けて剣を構える。
扉が全開になる。
しかし、そこには何もいなかった。
なら、何故独りでに開いたのか? 人数が揃った事により条件を満たしたからか? 他のプレイヤーが何かしらしたのか? それとも……。
それぞれが思考を巡らせていると、それは唐突に訪れた。
何もいなかった扉の向こうから、突如として駆け上がり、屋上へと足を踏み入れる。
数は二。見た目は真っ黒な巨大な獣。ライオンや虎と同じ程の大きさで、耳はない。目も無く、花も無い。あるのは黒い牙がずらりと並ぶ大きく開かれた口がある無貌。
無貌の獣二匹はそれぞれ狙いを秋果と朔夜、それにルナとミチルへと狙いをつけ、同時に飛び掛かる。
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