蒼月の摩天楼
01
階段を下りた先の扉を潜り抜ければ、そこにはネオンの光で満ちていた。
二十メートルは優に超えているビル群に囲まれた場所――摩天楼。歩道に車が六台は余裕を持って並んで通れる道路が広がり、電光掲示板や文字の光る看板がビルに備えられている。
これだけ明るければ人の営みが感じられる筈だが、恐ろしい程の静寂が辺りを包む。道路には人は行き交っておらず、自動車も走っていない。
人気が全くないにもかかわらず街には光で溢れている、とても歪なゴーストタウンと化している。
空にはまばらに雲が散らばり、夜闇の中に蒼い満月が浮かんでいる。満月は異様に大きく、地上から見ると直径二十センチはある。この巨大な蒼月の光により、周りの星々の光は掻き消され、鳴りを潜めている。
秋果が鉄の扉を開けて足を踏み入れたのは、そんな場所のビルの屋上だった。秋果が降り立ったビルよりも背の高いビルから漏れる光に照らされている御蔭で、夜でも視界はある程度確保出来ている。
「おっ。朔夜さんや、新たな人が来ましたよ」
「そうだな」
そして、鉄の扉から出て来た秋果を出迎えたのは二人の少年少女。彼等の左腕にもまた、秋果と同じようにプロセッサーがつけられている。
よく見れば、この場には鉄の扉が合計で四つ存在している。うち秋果が潜り抜けた扉を含めて三つは開け離れており、残る一つは未だに固く閉ざされている。
「やぁやぁ、始めまして。私は月影ミチル。このくだらない遊びをクリアして願いを叶えようとしてるあなたの同類だよ。そして、こちらのクール系ぶってる男の子は霧山朔夜さんです。朔夜さんも勿論、願いを叶える為に参加した同類でさぁ」
少女――ミチルは笑顔を秋果に向けながら自己紹介を始める。自分の紹介を終えたミチルは隣りに立つ少年――朔夜の紹介も行う。
「さて、私達の自己紹介を終えたので、あなたの名前も教えてくれませんかね?」
ミチルは真っ直ぐと自分と朔夜を見つめる秋果へとバトンを渡す。
しかし、バトンを受け取った筈の秋果は紹介を始める様子を一向に見せず、困ったような表情を作る。
「……あれ、無視? 無視とはひどいなぁ。こっちは警戒心を抱かないようにフレンドリーに接してるのになぁ」
「逆に警戒心を高める場合もあるがな」
ミチルは頬を書いて苦笑いを浮かべ、朔夜は軽く息を吐く。
そんな二人に対して、秋果はそれは誤解だとばかりに首を横に振る。つまり、別に警戒をしている訳ではないそうだ。また、無視もしていない。
なのに、何故か自己紹介を始めない。
「……もしかして、喋れないのか?」
一体どうしてか? と疑問に覚えた朔夜はふとそんな事を口にする。
すると、秋果は目を瞑り、首肯する。
「えっと……そうとは知らずに、ごめんね」
すまなそうに手を合わせ、頭を下げるミチルに秋果は首を振る。別にミチルが悪い訳ではない。ミチルは秋果が喋れないと知らなかったので仕方がない事だった。
秋果が声を発する事が出来なくなったのは、秋果自身が原因だ。故に、悪いのは誰かと問われれば自分だと秋果は答えるだろう。
また、どうして声を出す事が出来ないのかを伝える事はない。例えこの場に紙とペンが存在して、文字を書き起こして伝える事が出来たとしてもだ。
こればかりは他人に話すべきではない、と秋果自身が戒めているからだ。
喋れなくなったのは秋果の過去の出来事が原因であり、それが秋果の叶えたい願いに繋がっている。
秋果が少しばかり自身の過去を思い出している最中、配慮が足らず申し訳なさで一杯になってしまったミチルだが、本人から気にするなと示されたので表にはそれを出さないように努める。
「ねぇ、ちょっと相談なんだけど。私達とパーティー組まない?」
そして、ミチルはこの場に流れる空気を変える為に秋果を勧誘する。もともと、ミチルはその為に自己紹介をしたのだ。流れ的には不自然ではない。
「ほら、【機能拡張(パーティー)】っての手に入れてインストールしたと思うんだけど、それはつまりここからは複数人で挑まなきゃヤバいって可能性が高いじゃん? それに、おあつらえ向きに同じ場所に鉄の扉が四つもあるって事はパーティー組めよって言ってるのと同義っぽいし」
ミチルの言葉に、秋果も首肯して同意する。
雨夜の公園にいたゴミのゴーレムを倒して手に入れた【機能拡張(パーティー)】。これが意味する事は何かと秋果はミチルと同様の見解を示していた。
なので、ミチルの言う事は一理あるのだ。
また、朔夜もこの先は独りでは厳しかろうと既にミチルとパーティーを組んでいる。
「で、どうする? 嫌なら無理強いはしないが」
ミチルの言葉に、秋果はじっとミチルと朔夜を見据え、逡巡するも首を縦に振る。
「よっし、じゃあちゃちゃっとパーティー組んじゃお」
色よい返事を貰えたミチルは再び笑顔を作り、左腕につけられてるプロセッサーを秋果のものと接触させる。
『月影ミチルとパーティーを組みました。
同時に霧山朔夜ともパーティーを組みました。』
互いにパーティーを組む事に同意していた為、液晶にはパーティーを組めたと表示される。
そして、パーティーを組めた事によりミチルと朔夜は秋果の名前を知る事が出来た。
「ほぅほぅ。お名前は十六夜秋果さんですね。では秋果さん、これからよろしくお願いしますぜ」
手を出して握手を求めるミチルに、秋果も同じく手を出して固く握る。
それを余所に、朔夜は未だに固く閉ざされている鉄の扉へと視線を向ける。
「さて、パーティーは四人までだから、あと一人まで大丈夫だが」
「あの扉から出て来る人は組んでくれるかどうか、だよね。あ、そうだ秋果さん。パーティー組む事によるメリットをお話ししておくよ」
ミチルは思い出したかのように手を鳴らすと、自身のプロセッサーの液晶に触れる。
すると、そこには文字列が浮かんだではないか。
「パーティーを組む事によるメリット。それはあの朝の町っぽい場所にいたブロック塀野郎を倒した際に拡張されたプロセッサーの機能を共有する事が出来るみたいなんだ。私は【機能拡張(アナライズ)】で、朔夜さんは【機能拡張(ブースト)】。アナライズは他者のステータスを数値として見る事が出来、ブーストはクロスする時間を消費して一時的に強化する機能なんですよ。あ、拡張された機能は液晶を弄れば確認出来ますよ」
それを訊いた秋果は試しに自身のプロセッサーの液晶部分に触れる。ミチルのと同様、文字が浮かび始める。
『・月影ミチル【アナライズ】
・霧山朔夜【ブースト】
・十六夜秋果【エクステンション】
・
』
液晶にはそれぞれの名前と、追加された機能が表示される。更に触れるとどうなるのか疑問に思った秋果は試しに自分の名前を触れる。
『十六夜秋果
力 :45
耐久:36
速度:30
精神:4
耐性:6
【サモン】
クロスの代わりにクロスカードに描かれたモンスターを召喚が出来る。その際、召喚時間はクロス時間の半分となる。
【エクステンション】(パーティー適用)
クロス時間及び召喚時間が倍に伸びる。 』
すると、所謂現在の自分のステータスと言うのが表示され、更には機能拡張の効果内容が表示される。
「えっと……秋果さんの拡張された機能はっと……エクステンション? 何々……効果はクロス時間を倍に延ばすってマジすか⁉」
「これで、ブーストが使いやすくなったな」
「だよね。ブースト使わなくてもクロス時間が倍になるだけでもかなり有利に事を進められるぜい。あと、サモンってのも凄いね。クロスじゃなくてモンスター自身を呼び出せるんだから実質戦力が一人増えるようなもんじゃん」
ミチルと朔夜も秋果同様にステータスを確認し、驚きの声を上げる。
因みに、このように詳細なステータスが表示されるのはミチルの持つ【アナライズ】がパーティーメンバー全員に適用されているからだ。もし、【アナライズ】が無ければパーティーメンバーと適用される機能のみしか表示されない。
互いにステータスを確認していると、金属が擦れるような音が響いてくる。
「おっ、扉開き始めたよ」
音のする方を見れば、残る一つの閉ざされていた扉が音を立てて開けられている最中であった。
「さってさて、どんな人が出て来るのかなっと……ほぇ?」
ミチルは期待に胸を膨らませ……きょとんとしたちょっと間抜けな表情を作り出す。
「にゃあ」
開けられた鉄の扉から出て来たのは、猫だった。
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