雨夜の公園~十六夜秋果~

01

 しとしとと雨が降り注ぐ夜。厚い雲に覆われてその上に待機している月や星の姿は地表へ姿を見せる事はない。

 かと言って、夜闇はそこまで暗くはなっていない。外灯や遠くにある民家、都市の灯りが寄り集まり、それが逆に雲を照らしており僅かに白みがかっている。

 十六夜秋果は雨に当たる事も構わず夜となっている階層を歩く。

 三つ目の階層は雨の降る公園だ。公園と言ってもその規模は大きい。ジャングルジムに鉄棒、雲梯も存在するがそれ以外にも小型の城のようなアスレチックにハーフコートの屋外のバスケットコート、そして屋根のある休憩所がいくつか点在している。

 中央には池が存在し、周りをフェンスが取り囲っている。そして、現在秋果のいる公園には所々に木々が生い茂っている。秋果のいる場所から反対に位置する所にはより一層木々の生い茂った森が存在し、そこへと続く道も用意されており、道の端端に等間隔にベンチが設けられている。

 緑の多い自然公園。晴れた日の早朝ならばジョギングをする人達が行き交い、休日の昼下がりならば親子連れが遊んでいたりするのだろう。普通の場所ならば。

 ただ、いくら自然公園と言っても迷宮の中だ。人はいない。今も秋果以外にはもう見慣れた黒い異形しか近くに存在しない。

 手にした剣を持ち、表情を変えずに黒い異形を屠っていく。倒した際に一定確率で出現するカードをホルダーへと突っ込み、速度を変えずに公園内を歩き回る。公園内の外灯により雨に濡れた黒髪が光を僅かに反射する。

 水分を含んだ髪と衣服はべっとりと肌に張りつき、体表から熱を奪って体を冷やしていく。手に持つ剣の柄は雨に濡れて滑りやすくなり、しっかり握っていても何かの拍子にすっぽ抜けてしまうだろう。

 今までの階層よりも、そういった意味では厳しいものになっている。しかし、現れるモンスターは相も変わらず黒い異形。強化カードやクロスカードを使用していない状態でも剣の一振りで倒す事が出来る程に脆弱な存在しか特定の場所以外では現れない。

 まるで剣を振るう事に慣れさせるかの如く。また、一撃で倒す事が出来るので効率よくインストールカードを収集する事も出来る。

 ここはあの声の主がくだらない遊びの場所として設けた迷宮だ。次の階層に行けばいくほど、モンスターは厄介なものとなっている。……一部だけ。

 次の階層へと続く扉を守護する強敵。そして強敵への道を閉ざしている門番。クロスカードを必ず落とす特定のモンスターだけが階層が移行する毎に強くなっていくが、頻繁に出没する黒い異形の強さはこれっぽっちも変わっていない。

 あの声の主が敢えてそうしている理由とは何か?

 くだらない遊びで簡単に死なれては困るから?

 チュートリアルとして複数の階層を用意していたから?

 単に参加者の実力を見誤っていたから?

 余所者の乱入があり、少しでも強くなって貰わないと困るから?

 様々な考え、憶測が生まれいずるだろう。下手をすれば、それが原因であの声の主に対する疑心暗鬼が生まれる可能性もある。

 それでも、秋果の中にはこれといって不安も疑心も存在していない。

 秋果の中にあるのは、このくだらない遊びを終える事。それだけが占めている。

 くだらない遊びを生き抜いて終える事が出来れば願いを叶えられる。それが本当か嘘かは関係ない。

 願いを叶えると言う賞品が提示され、ほんの少しでもそれが真実の可能性があるならば儲けもの。叶える気のない真っ赤な嘘だったとしても、この迷宮で手に入れた力を持って己の力で成し遂げればいい。

 どちらにしても。どの結末が待ち受けているにしても。このくだらない遊びを生きて終えなければ分からない。

 秋果は自身の目的を果たす為に、兎にも角にもこの遊びを終えなければならない。しかし、無理に焦って死んでしまっては元も子もない。かと言って長時間付き合う気もさらさらない。

 なので、程々にカードを集め、クロスカードは元となったモンスターとの戦闘である程度の特性を理解し、強敵に挑むスタンスを貫いている。

 ある程度公園の中を歩いていると、不意に周りを透明な壁に囲まれる。透明な壁に雨粒が当たり、水滴が伝って地面へと落ちて行く。

 壁に囲われ囚われた秋果はただただ前を見据える。前方に黒い靄が出現したかと思えば、そこから人が歩み出て来たではないか。

 ローブの合間から見える肌は死人のように青白く、赤く爛々と輝く眼を持つ者。手には人の頭蓋骨を取り付けた杖が握られている。

 これは他の参加者ではない。モンスターだ。モンスター……死人は杖を振り上げると、そこから火焔を生み出して秋果へと放射して行く。

 それを横に転がりながら避けた秋果は腰のホルダーから一枚のクロスカードを取り出し、プロセッサーへと挿入する。

 そのカードに秘められた力をその身に移して戦う……のではない。

 カードをプロセッサーに入れると同時に、秋果は挿入口付近に存在するボタンを押す。


『【デュラハン:Lv2】サモン』


 液晶に映るクロスカードが輝くと、秋果の目の前に光が現れる。その光の中から一人の騎士が歩みいずる。

 全身が西洋の甲冑に覆われ、手には盾と剣を携えているそれは人間ではない。

 頭部と胴体が繋がっていない幽霊騎士――デュラハン。

 秋果は手で先にいる髑髏の杖を持った死人を指差す。デュラハンは頷き、剣を構えて死人へと襲い掛かる。

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