02
「っと、出し惜しみせず全力で倒しますか」
ミチルは迫り来る蛇の化け物をから視線を逸らさず、ホルダーからクロスカードを一枚取り出す。イラストには平原を歩く人間の骨格を持つ蜥蜴が描かれている。
『【リザードマン:Lv2】クロス』
プロセッサーへ【リザードマン:Lv2】のカードを挿入し、ミチルの身体は黒い靄に包まれる。
蛇の化け物は黒い靄へと突撃し、その両腕でミチルを縊ろうと伸ばす。
化け物の手はしっかりと掴んだ。しかし、それはミチルの首ではない。
靄が晴れると、蛇の化け物が掴んでいたものが顕わになる。
それは柄の長い得物――サイズ。剣が変化したそれの柄の長さはおよそ一メートル。刃の長さは剣と同様二十センチ程度。農業用の鎌とは違い、刃は垂直ではなく直角に取り付けられている。
「危ない危ない」
サイズの柄でガードをしたミチルは不敵な笑みを浮かべるとサイズを回転させ、蛇の手を振りほどく。そして回転の力を利用してそのまま切りつけて行く。
蛇の化け物は身を大きく引いてそれを回避する。が、僅かに刃が蛇の下半身に当たり、切り裂かれて血が流れる。
「おっ、結構柔軟な動きをするね」
一度後ろに跳んで距離を取ったミチルは軽く首を鳴らしてサイズを構え直す。
【リザードマン:Lv2】のカードをクロスした事により、現在の彼女にはリザードマンの力が備わっている。
足、腕、背中、首筋には爬虫類の硬い鱗が生え、瞳は縦に細長くなり、口の中には鰐のような鋭い歯が並んでいる。そして、短いながらも自身の意思で動かせる蜥蜴の尾も生えており、それによって重心の取り方がやや変化している。
ミチルは大きく一歩踏み込みながらサイズを振り下ろす。蛇の化け物は横に身体を滑らせて回避する。ミチルは避けた蛇の化け物へと更に斬撃を繰り出していく。
彼女の狙いは上半身ではなく、下半身。下半身を切り落とせば機動力を損なわせる事が出来るので後々攻めに出やすくなる。見るからに飛び道具を持っていないので、得物の長さから有利に事を進めて行く事が出来るようになるだろう。
下半身が長い蛇故に、完全に避けきる事は出来ず、次々と裂傷が刻まれていく。ミチルの一撃は掠る程度でしか当たっていないが、それだけでも蛇の化け物の鱗を切り裂くだけの威力を誇っている。
故に、直撃すればいとも容易く輪切りに出来るだろうとミチルは確信する。
ただ、それでも油断はしない。今は攻撃の回避に専念している蛇の化け物だが、何かしらの能力を隠し持っている可能性がある。それを使うタイミングを見計らっていて、敢えて攻撃に転じていないのかもしれないのだから。
蛇の化け物は一度大きく動いてミチルの攻撃を完全に躱す。地面を穿ったサイズを素早く引き戻し、次の一撃を振るう為に構え直す。
「っしょっと」
ミチルは掛け声と共にサイズを振るう。
しかし、サイズは見当違いの方へと振るわれ、蛇の化け物には当たる事はなかった。
「あれ?」
当たらなかった事に疑問を覚え、直ぐ様戻して再び振るう。だが、またもや蛇の化け物を避けるようにサイズは通過してしまう。
突如として攻撃が当たらなく……と言うよりも、見当違いの方へと振るわれてしまう事にミチルは眉を顰め、一度蛇の化け物から距離を取ろうとする。
足を動かそうとした瞬間、蛇の化け物の下半身が彼女の足を絡め取る。
「ぎゃっ!」
盛大に背中を地面に打ち付け、ミチルは直ぐに身体を起こそうとする。しかし、思うように力が入らず一度地面から離れた上半身は再び土へと接してしまう。
「え……ぁ……」
更に視界が歪み、思考が散漫になっていく。一体何が起こったのか分からず、ミチルはその場に虚ろな目をして茫然とする。
先程からミチルの耳に清らかな音が入ってくる。それは徐々に近付いて行き、耳元までやってくる。徐々に状態が起き上がり、腕の自由を奪うように抱擁が為される。
その音が途絶えると同時に、ミチルの視界は元に戻り、思考も平常運転を取り戻す。
「いっつ!」
そして、首筋に鋭い痛みが走る。横目で見れば、蛇の化け物が鱗に守られた彼女の首筋に歯を立てており、喉を鳴らしながら血を溜飲して行く様があった。
ミチルに抵抗されないようにと彼女を抱擁し、締め上げている。
このままでは血を吸われ過ぎて死ぬかもしれない。ミチルはやや焦りを覚えるも、闇雲に身体を動かす事はしない。確実にこれから抜け出す為の行動を取る。
「こんの!」
ミチルは尻尾を勢いよく振って、血を吸ってくる蛇の顔面へと叩き付ける。蛇の化け物は痛みに耐えられず口をミチルの首筋から離す。そこから更にミチルは尻尾によって追い打ちをかけ、蛇の化け物の顔面を攻撃する。
身体が仰け反るようにしてミチルから離れた蛇の化け物の鼻の骨は折れ、鼻血がとめどなく流れて行く。
サイズを持ち直し、ミチルは蛇の化け物へと攻撃を仕掛けて行く。サイズの一撃は下半身に直撃し、三分の一を切り落とす事に成功する。
傷口からも血が流出し、蛇の化け物の表情は険しい物に変わる。
ふと、蛇の化け物は口を少しだけすぼめる。それを見たミチルは咄嗟に耳を塞ぐ。
蛇の化け物は口笛を吹き始める。耳を塞いだとしてもその音色は僅かながらミチルの鼓膜を刺激する。
すると、少しばかり身体の力が抜け、視界も僅かにぼやけて行くではないか。症状は軽いが、先程経験したものと同じ物だった。
どうやら、蛇の化け物の口笛には聴く者の身体の自由を奪う作用があるらしい。
音が聞こえないように耳を塞いだままでは、まずサイズによる攻撃は行えない。基本的に蹴りや尻尾による攻撃となるだろう。そして、攻撃の振動で耳を塞いでいる手がずれれば、そこから口笛の音が鼓膜を刺激し、再び身体の自由は奪われてしまうだろう。
ならば、とミチルは思い切った行動に出る。
自分の耳の穴に指を突っ込み、鼓膜を破く。耳からは血が流れ出るが、これによって耳を塞ぐ必要が無くなり、蛇の化け物の口笛を気にせずに攻撃する事が出来る。鼓膜は前の階層で手に入れた【再生(大)】のカードで確実に治す事が出来る。
自らの鼓膜を破ったミチルの姿を見て、蛇の化け物は驚愕を顕わにし、僅かに硬直する。それをミチルは見逃さず、耳から走る鈍痛を堪えながらサイズを振るい、下半身を更に切り落とす。
下半身は三分の二も切り落とされ、蛇の化け物の動きは目に見えて悪くなった。血の流し過ぎや傷の痛みによる影響も出ており、ミチルの攻撃を避け切れずに新たな傷口を増やしていく。
そして、遂に蛇の化け物の上半身と下半身の境目にミチルのサイズが入り込む。豆腐を切り裂くようにいとも容易く上下に分断され、苦悶の表情を浮かべてその場でじたばたと足掻き始める。
ここまでくればもう倒すのは楽だ。ミチルはゆっくりと人間の形をした上半身へと近付き、サイズで首を切り落とす。
蛇の化け物は首が斬り落とされる瞬間まで恨めしい目をミチルへと向け、刎ねられると光となって消える。
「ふぅ、終わった終わった」
跡には二枚のカードが残される。深く息を吐いたミチルはそれを拾い、早速一枚プロセッサーへと挿入する。落ちていたカードの一枚は【再生(大)】。これにより自ら破った鼓膜が再生される。
鼓膜が治り、音を再び聴けるようになったミチルはもう一枚のカードへと目を向ける。
『【ラミア:Lv1】
ラミアの力が封じられたカード。使用すると一定時間ラミアの力を扱えるようになる。』
クロスカード【ラミア:Lv1】。イラストには先程まで戦っていた蛇の化け物――ラミアが洞窟内でとぐろを巻いている姿が描かれている。
「あー、やっぱりラミアだったかー。……これ、クロスすると私の身体どうなんだろ?」
当然の疑問がミチルの脳内に浮かび、それと同時に【リザードマン:Lv2】のクロス時間が終わりカードがプロセッサーから排出される。
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