朝焼けの町角~月影ミチル~
01
次の階層はどこぞの町の風景が広がっていた。
薄雲が僅かに差し、朝日が顔を覗かせている。これから輝かしい一日が始まる瞬間で時間が止まっている。
二階建ての民家は規則正しく並んでおり、今では地震の際に倒壊の恐れがあるとされるブロック塀で庭先のプライバシーは守られている。道路は白線は引かれていないが自動車が二台並んで通れるほどの幅を持っている。
上空を走る電線を支える電信柱に衝突事故防止のカーブミラー。40という自動車の走行スピードに制限を課している標識が生えており、電信柱には迷子猫や迷子犬についての貼り紙が貼られている。
「廃校の次は何処かの町かぁ」
扉を抜けた先に広がる朝焼けに照らされた町を見て、少女――月影ミチルは長い髪をかき上げるように頭を掻く。
「ここって本当に迷宮? 迷宮ってもっとこう如何にも迷路ですって感じとか、洞窟っぽい感じとか、もしくは人工の通路が幾重にも張り巡らされてるってイメージがあったんだけど、こうも日常を反映させると首を傾げるしかないんだけど」
ミチルの中にある、ゲームや漫画によって蓄積されていた迷宮に対するイメージが段々と瓦解して行く。
「……まっ、あんま考えても仕方ないし。今はこのくっだらないって言う遊びを終わらせる事に専念しよ」
ミチルは頭を振り、町内の散策を始める。
このエリアの何処かに、前の階層と同じように強敵と、強敵への道を閉ざしているモンスターが存在する筈だ。あと、もしかしたらクロスカードを手に入れる事が出来るモンスターもいるかもしれない。
ある程度散策していると、十字路に差し掛かる。
ふと、ミチルはカーブミラーに視線を移す。そこには丁度良く十字路へと向かっている黒い異形の姿が映っていた。
左右の道から、それぞれ三体と二体。前の階層にもいた球状のモンスターだ。
「よっし、まずはあいつらさくっと倒してカードを手に入れよう」
ミチルは剣を構え、一気に左の道へと向かう。
突如現れたミチルに黒い異形は身を硬直させる事無くそのまま彼女へと襲い掛かっていく。しかし、黒い異形は攻撃を与える事も無くミチルの剣によって光へと変わっていく。
三体を倒すと、そのまま直ぐに反転して迫り来る二体の黒い異形へと躍りかかる。
角を曲がった段階でミチルの存在に気付いていた黒い異形二体は大口を開けて跳び掛かっていたが、一匹は切り上げて、もう一匹は払うように剣を振るって屠る。
後に残ったのは三枚のカード。それぞれ【力強化(極小)】【耐久強化(極小)】【速度強化(小)】だ。
「おっ、新しいカードだ」
ミチルは笑顔を浮かべ、【速度強化(小)】のカードを眺める。
『【速度強化(小)】
使用すると速度が僅かに向上する。使用すると消滅する。』
イラストは【速度強化(極小)】が緑色の上向きの矢印一つだけだったのに対し、【速度強化(小)】は矢印が二つに増えている。
「さってさて、どんだけ速度が上がるかなっと」
早速ミチルは左腕のプロセッサーに【速度強化(小)】を挿入する。
『【速度強化(小)】インストール』
液晶の中でカードが分解され、緑色の光がミチルを覆う。
光が晴れ、彼女は継ぎ接ぎの人形を倒した際に手に入れたカードで拡張された機能を使う為に手首付近にあるボタンを押す。
『月影ミチル
力 :23
耐久:22
速度:18
精神:6
耐性:3 』
ボタンを押すと、液晶に現在のミチルの能力値が表示される。
ミチルが継ぎ接ぎの人形を倒して手に入れたインストールカードは【機能拡張(ステータス表示)】だ。この機能により、自分だけだが能力値を数値として確認する事が出来るようになった。
『【力強化(極小)】インストール』
『【耐久強化(極小)】インストール』
続け様に【力強化(極小)】と【耐久強化(極小)】の二枚もインストールし、ステータスを確認する。
『月影ミチル
力 :24
耐久:23
速度:18
精神:6
耐性:3 』
「成程。強化(極小)だと数値が1、強化(小)だと2上昇するんだ」
ミチルはステータスの変動を見て、強化インストールカードによる強化幅を確認する。強化カードを使う前のステータスは継ぎ接ぎの人形を倒した際に確認していたので、そこから【速度強化(小)】による数値の上がりは把握出来ていた。
「なら、強化(小)のカードが出るならこの階層なら廃校よりも効率よく能力を強化出来るかな」
ミチルはボタンを再度押してステータス表示を解除すると、新たなる獲物を求めて町内の徘徊を再開する。
彼女は前の階層で黒い異形を何度も刈り続け、強化カードを集めていた。
死んでは元も子もない。出来るだけ死なないようにしようと、この遊びの仕組みをきちんと利用してミチルはカードの力を使って行った。
廃校舎でミチルが集めた強化カードの枚数は【力強化(極小)】が十八枚。【耐久強化(極小)】が十九枚。そして【速度強化(極小)】のカードが十枚の計四十七枚だ。
無論、異形を屠ればそれ以外のカードも出現する。副次的だが、水や食料も大量に入手した。【飲料(水)】は三十三枚。【チキンカツバーガー】は三十七枚。これだけあれば数日は食うに困る事はないし、節約する意味もない。
と言うよりも、今後新たにカードを手に入れて行く為に消費して行かなければならないだろう。何せ、ホルダーの許容枚数は二百枚なのだから。
今はまだ半分以上余裕はあるが、このペースでカードを集め続ければ下手をすればこの階層で許容枚数を越えてしまうだろう。
少しでも空きを作る為に、ミチルは【チキンカツバーガー】をインストールして実体化させ、それに齧り付きながら散策を行う。
「こう脂っこいのばっか食べてれば太るんだろうけど……まぁ、その分動いてカロリー消費すれば問題ない……かな?」
やや華奢な体形をしているミチルは女性らしい悩みを覚えつつもチキンカツバーガーを口に運び、襲い掛かってくる黒い異形を剣で屠っていく。
因みに、彼女に出現したカードを拾わずに放置すると言う選択肢は存在しない。モンスターを倒す事によって手に入るカードだが、これらはホルダーもしくはプロセッサーに入れていないと一定時間で自動消滅してしまう。
それを遊びのルールが頭に入って来た時に知ったミチルは絶対に取りこぼさないようにしようと心に誓っている。
日本人特有の勿体ない精神が発露しており、見捨てるよりもきちんと消費した方がカードとしても本望だろう、とカードを拾っている。
チキンカツバーガーを貪り、水で喉を潤しながら異形を屠り、どんどんとカードを集めながら散策を続けるミチル。着々と強化カードを手に入れ、能力値を強化していく。
ある程度散策を続けると、とある空地が目に入ってくる。
土管が二つ転がっており、雑草が生い茂っている。
「……ん?」
空地を道路から眺めていたミチルは、目を細め、土管へと視線を向ける。土管が何故かゆらゆらと揺れているのだ。コンクリート製の円筒がおいそれと動く筈がない。
中に何かいる。
空地の敷地内に入って中を確認すれば原因は直ぐに分かるだろう。しかし、そうなると強力なモンスターとの戦闘になる可能性があるのだ。
「……まだ、いいかな」
戦うにしても、もう少し能力を強化してからにしよう。とミチルは空地の横を素通りして行く。
「っとぉ?」
空き地の直ぐ脇を通ってしまったのが悪かった。廃校の教室扉や昇降口を開け放った時と同じように不可視の力によって無理矢理に空地へと引き摺り込まれてしまう。
空地へと踏み込んだミチルは直ぐ様秋力で王とするも、やはり透明な壁に阻まれて出る事は叶わなかった。
「あちゃー、ちょっと気が緩んでたなぁ」
深く息を吐くと、ミチルは蠢いている土管へと視線を向ける。
土管は次第に動きを大きくしていき、中からモンスターが出現する。
人間の女性の上半身に蛇の下半身を持った化け物。艶めかしい唇からは二対の鋭い牙が覗き見えており、爬虫類のように瞳孔は縦に細長い。
「シャァァアアアアアアアア!」
蛇の化け物はミチルの姿を視界に収めると、唸り声を上げて蛇の下半身をくねらせてミチルへと向かって行く。
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