05
扉を開ければ、やはり不可視の力によって無理矢理外へと連れ出される。
朔夜はその力に抗わず、逆にその力を利用して駆け出し、校庭の中央にいる継ぎ接ぎの人形へと向かう。継ぎ接ぎの人形の大きさは朔夜の倍以上もあり、目測で四メートルはある。
継ぎ接ぎの人形は校庭に現れた朔夜の姿を確認すると、その大きな右腕を天高く振り上げ、朔夜目掛けて振り下ろしていく。
朔夜は横に飛びずさって回避し、人形の右腕は校庭に叩き付けられる。地響きが鳴り、砂煙が舞う。視界が悪くなり、嗅覚の強化された朔夜の鼻には砂の臭いがとめどなく流れ込んでいく。
朔夜はその臭いにやや顔を顰めるも、振り下ろされた右腕目掛けて鉤爪を振るって行く。四本脚の異形の時とは違い、切り付けた際に固い感触が伝わり、浅く傷つけるだけに留まる。
継ぎ接ぎの人形は校庭に叩き付けた右腕を振り回し始める。朔夜は後ろに跳んで回避し、相手の動きが落ち着くまで近寄らないようにする。
段々と腕の振りが遅くなり、腕が完全に動かなくなったのを確認すると朔夜は継ぎ接ぎの人形の右腕を伝って肩の部分を重点的に攻める。
この人形は右腕の攻撃が脅威だ。なので、まずは右腕による脅威を取り除くべく切断しようと試みた次第だ。
継ぎ接ぎの人形の右肩部分は木の板が幾重にも乱雑に釘で打ち付けられており、駆動部分を保護している。
朔夜はその鉤爪を木板と木板の隙間に突き刺してテコの原理を用いて剥いでいく。
継ぎ接ぎの人形は木板の装甲を剥されても特に気に留めるそぶりを見せず、ただただ見守るばかりだ。
全ての木板を朔夜が剥し終えるのと同時に【ウェアウルフ:Lv1】の変身時間が終わりをつげ、プロセッサーからカードが飛び出てくる。朔夜はそれを掴み取ろうとした瞬間、継ぎ接ぎの人形が急に身震いをし始め、朔夜を落としに掛かる。
朔夜は【ウェアウルフ:Lv1】のカードを掴む事が出来ず、地面へと落下する。カードはひらひらと宙を舞い少し遠くへと流れて行ってしまう。
「ちっ」
思わず舌打ちをした朔夜は急いで後方へと駆け出す。ぎりぎりで継ぎ接ぎの人形が振るった右腕の薙ぎ払いを回避する事に成功する。
木板の無くなった右肩には、肩と腕を繋ぐ太い縄が顕わになっている。
あれを切れば、右腕は使い物にならなくなるだろう。
しかし、そこまで向かうには継ぎ接ぎの人形の身体をよじ登らなくてはいけない。
継ぎ接ぎの人形は木板の装甲が剥がれたからか、右腕はより荒ぶった動きをするようになった。あれは右腕の攻撃の起動を安定させるのに加え、一種のリミッターだったのだろう。
校庭に激突しても地響きを鳴らし砂埃を上げる程度だった右腕の一撃だが、今では地面を陥没させるまでに威力が上がっている。
これを生身で喰らってしまえば即ミンチだろう。朔夜は躊躇う事無く【シールド:Lv1】のカードをプロセッサーに入れる。
『【シールド:Lv1】インストール』
液晶の中でカードが分解されると朔夜の目の前に光が収束し、イラストに描いてあった六角形の物質が出現し、宙を漂う。朔夜が動けばそれも動き、何処までも朔夜の前方に張り付いて行く。
テキストが正しいならば、一度だけはあの右腕の攻撃を防ぐ事が出来る。それを信じて保険として発動させ、朔夜は荒ぶる右腕の攻撃がやむのを一定の距離を保ちながら待つ。
しかし、先程とは違い、一向に右腕の攻撃はその勢いが衰える様を見せない。継ぎ接ぎの人形は朔夜を追い駆け、常に全力で右腕をぶん回し、幾つものクレーターを生み出していく。
朔夜と継ぎ接ぎの人形が追いかけっこをすればするほど、校庭は見るも無残な姿へと変貌していく。途中【ウェアウルフ:Lv1】のカードを回収しようとするも、その都度継ぎ接ぎの人形が地面を打ち、その振動で取る事が出来ずにいる。
「はぁ、はぁ、はぁぐっ」
朔夜の息が切れ始めた頃、クレーターに足を取られてしまい、遂に継ぎ接ぎの人形の右腕が彼の身体を捉えた。
左の脹脛を掠っただけだがふくらはぎの肉をごっそりと持って行かれてしまう。鮮血が吹き、朔夜は前方へと倒れ込む。
継ぎ接ぎの人形は更に右腕で追い打ちをかけて行く。
歯を食いしばりながら耐える朔夜は咄嗟に人形へと身体を向け、人形の一撃をシールドで受ける。
シールドに右腕を当てた継ぎ接ぎの人形はまるで弾かれるように後ろへと倒れ込み、シールドは音を立てて砕け散る。
人形が倒れたので、今が好機だが朔夜は思うように動けないでいる。左足の激痛を消す事が出来ず、二本の足で立つ事さえも出来ない朔夜は右足だけで跳んで継ぎ接ぎの人形へと向かう。
ここで【再生(小)】を用いて傷を癒さなかったのには理由がある。テキストには損傷の激しい傷は傷口を覆うだけに留まると記載されていた。損傷の激しさは何を基準に判断しているか不明だが、現状で【再生(小)】をインストールすると、下手をすれば抉られた肉は復活せずただ傷口に薄い皮膜が現れるだけの可能性もある。
もし、ふくらはぎの肉が復活しなければ、今後の機動力に支障が恒久的に出てしまう。そうならない為にも、朔夜は現段階で【再生(小)】のカードを使わないでいる。
必死になって人形の右肩まで近付いた朔夜は剣で腕と肩を繋ぐ縄を切っていく。
全ての縄を切り落とすと、右腕がずしんと落ち、肩と腕を内部で繋いでいる芯材が顕わになる。それを渾身の一撃で剣を振り下ろしてへし折り、完全に右腕を分断させる。
右腕を分断された継ぎ接ぎの人形は勢いよく立ち上がると、朔夜へと蹴りをぶちかます。
朔夜は避ける事が出来ず、蹴りの一撃を胸に受けてしまう。ばきぼきと嫌な音を響かせながら朔夜は宙を舞い、背中から地面に落ちる。
継ぎ接ぎの人形は異様に右に傾きながら朔夜へと向かって行く。
視界が少し霞み始めて来た朔夜は、腕を支えに身体を起こす。
ふと、指先に何かが当たる感触を覚える。
朔夜がそちらを向けば、そこには【ウェアウルフ:Lv1】のカードが落ちていた。どうやら、運よくカードの落ちていた場所へと吹っ飛ばされたようだ。また、既に二分も経過していたのでイラストは元通りとなっていた。
朔夜はそのカードを素早く広い、プロセッサーへと挿入する。
『【ウェアウルフ:Lv1】クロス』
黒い靄が朔夜を包み、ウェアウルフの力を纏った姿へと変身する。その姿となっても傷はいえる事はなく、今も尚血を流し骨は折れている。
それでも、二本足で立てるようになり、朔夜は継ぎ接ぎの人形を見据える。
よくよく見れば、人形が何故右腕が無くなったのに右に傾いているのか理解出来た。
だいた右の胸あたりだろうか。右腕を断絶した影響か、右胸の板が横にずれ、そこから僅かに赤く光るものが見える。恐らく、それは人形を動かしている動力源なのだろう。
あれを壊せば、多分だが人形を倒す事が出来る。そうでなくとも、人形の動きを著しく阻害する事が出来るだろう。
そうとなれば、と朔夜はホルダーから【スラッシュ:Lv1】のカードを取り出してプロセッサーへと挿入する。
『【スラッシュ:Lv1】インストール』
液晶に映し出されたカードが分解されると同時に、そこから光が漏れ出して鉤爪へと宿る。
朔夜は継ぎ接ぎの人形がある程度近付くまでじっと待つ。
まだ……まだ……今っ。
朔夜は瞬間的に両足に力を籠め、一気に跳び出す。その際に左足の脹脛から血がより多く流れ出て、痛みも増したが朔夜は歯を食いしばったまま堪える。
跳び出した朔夜は真っ直ぐと人形の赤く光る部分へと向かって行く。
紅い光へと目掛けて、朔夜は鉤爪を薙ぐ。
白く光る三本の軌跡を残し、鉤爪は赤い光を捉える。
鉤爪から光が失われ、朔夜は人形とすれ違うように通り過ぎ、そのまま地面へと落ちて行く。脹脛の傷に砂が付着し激痛が走り、落ちた衝撃で折れた肋に衝撃が加わる。
「あっがぁ……」
痛みにこらえきれず、朔夜は苦悶の表情を浮かべ、両の眼に涙を浮かべる。
継ぎ接ぎの人形はゆっくりと振り返り、朔夜の方へと向く。胸の赤い光はまだ輝いており、ゆっくりと朔夜へと歩を進めて行く。
このままでは踏み潰されてしまう。朔夜は決して軽くない傷を負っている己の身体に鞭を打ち、起き上がる。
少しでも距離を取ろうと歩き出そうとした瞬間、人形は何の前触れもなく動きを止める。
赤く光っている部分はその輝きを段々と失っていき、最終的には光は完全に無くなった。それと同時に、人形はその場に崩れ落ち、光の粒子となって消えて行った。
あの光る部分が動力源であると言う見立ては間違っていなかった事に朔夜は安堵の息を吐き、残された二枚のカードへと向かってそれらを拾い上げる。
カードは【再生(大)】と【機能拡張(ダブルスロット)】の二枚のインストールカードだった。
朔夜はまず【再生(大)】をプロセッサーへと挿入し、瞬時に己の負った傷を癒す。
痛みも消え、傷口も完全に塞がり肉も戻った脹脛を見てほっと息を吐いた朔夜は、手に入れたもう一つのカードへと改めて視線を向ける。
『【機能拡張(ダブルスロット)】
使用するとプロセッサーのスロットが二つに増え、同時に二枚のカードを読み込む事が可能となる。使用すると消滅する。』
このカードはプロセッサーの機能を拡張する効果があり、事実イラストにはプロセッサーが描かれている。
これをインストールする事により、挿入口が二つに増えてカードを同時に二枚まで挿入する事が出来るようになる。
朔夜は【機能拡張(ダブルスロット)】をプロセッサーへと入れる。
『【機能拡張(ダブルスロット)】インストール』
プロセッサーは眩い光に包まれる。
その光が晴れるとプロセッサーの形が変化していた。
まず、楕円型である事に変わりはないが、手首側にあった挿入口が消えており、代わりにその近くにボタンが一つ追加されている。
試しに、朔夜はそのボタンを押して見る。するとカシャッと音を立てながらプロセッサーの一部が手前へとスライドして来たではないか。出て来たパーツにはカードをセットできる窪みが二つ存在している。
再びボタンを押せば、そのパーツはスライドして元の位置へと戻っていった。
一度に二枚のカードを入れる事が出来るが、動作はツーアクション増えてしまった。少し動作を簡略化出来ないかと思い、一度ボタンを押してカードをセットするパーツをせり出し、今度はボタンを押さずに直接押して仕舞えるか試してみる。
すると、軽く押せばそのままパーツは戻っていったではないか。パーツを戻す場合はボタンを押さなくてもいいようだ。ならばカードをセットしながら押し込めば実質ワンアクション減らす事が出来る。
それでもワンアクション増えた事に変わりはなく、いくら二枚同時に入れる事が出来るようになっても戦闘時にはそれが命取りになる場合もある。
なるべく手こずらないようスムーズに行えるように練習をしていくべきか、と朔夜が考え始めると、目の前に光の柱が舞い降りてくる。
光の柱が晴れると、そこには重厚な鉄の扉が一つ鎮座していた。
朔夜はプロセッサーに対する思考を一度やめ、鉄の扉へと目を向ける。
恐らく、これが次の階層へと向かう為の入り口なのだろう。
そう思いながら朔夜は鉄の扉を開け放つ。扉の先には松明に照らされた地下へと続く階段があった。
これを下りれば、次の階層へと行ける。
「……行くか」
朔夜は扉を抜け、薄暗い階段を下りて行く。その際に新たなプロセッサーに少しでも慣れる為に何度も何度もカードを入れる動作を繰り返していく。
およそ百段降りた先にも、鉄の扉が待ち構えていた。この先が次なる階層。一体どのような場所に出るのか。
朔夜は一度深呼吸をすると、取っ手を掴んでその扉をゆっくりと開けて行く。
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