04

 変貌した異形はわさわさと四本の足を動かし、朔夜へと襲い掛かっていく。朔夜は異形の横をすり抜けるように移動しながら剣でその足を切りつけて機動力を削ごうとする。

 剣は確かに足を切り付けた。その感触も朔夜に伝わった。しかし、異形の足は切り離されずに本体に生えたままだ。

 思わず目を見開き、ほんの一瞬だけ思考がその事実にだけ注がれてしまう。

 故に、反応が遅れた。

 切り付けた足とは別の足に朔夜は蹴られ、吹っ飛ばされてしまう。壁へと激突し、背中に鈍い痛みが広がっていく。蹴られた脇腹を擦ると、ちりっとした痛みが走る。

 吹っ飛んだ朔夜を追って、四本脚の異形は大口を開けて襲い掛かっていく。朔夜は痛みを堪えて起き上がり、剣を構え今度は足ではなく本体目掛けて振り下ろす。

 吸い込まれるように剣の刃は四本脚の異形へと向かい、切りつける。

 だが、足を切りつけた時と同じく、切った感触は伝わって来るもののそれはかなり浅い物で切り傷は全くついておらず、傍から見れば無傷だ。

 そして異形は切りつけられる事を構わずその大口で朔夜を呑み込もうとして来る。

 朔夜は剣を振り下ろした状態から無理矢理剣を異形の口の中へとつっかえ棒の要領で入れる。異形は口を完全に閉じる事が出来ず、迫り来る勢いを殺せずそのまま朔夜へと衝突する。

 再び吹き飛ばされる朔夜。後ろに下げられていた机と椅子を薙ぎ倒して漸く止まる。

 四本脚の異形は口内に入れられた異物を両前脚を駆使して取り除き、放り投げる。投げられた方向は朔夜がいる場所とは反対の黒板の方だ。剣を取りに行こうとしても、四本脚の異形が邪魔をしてくるだろう。

 朔夜は見誤っていたのだ。

 あの黒い球の異形が寄り集まっただけならば、そこまで苦も無く倒せる事が出来るだろう、と。

 しかし、現実は違った。黒い球の異形なら難なく切り裂く事が出来た剣による攻撃は、四本脚の異形にはそこまで効いていない。屠るにはかなり攻撃を与えなければならないだろう。

 四本脚の異形は、再び大口を開けて朔夜へと襲い掛かっていく。

 朔夜は痛む身体に鞭を打って前方に跳ぶように進む。四本脚の異形の横をすり抜け、そのまま剣へと向かって走る。

 だが、四本脚の異形は後ろ足を使って剣を拾うとする朔夜を横へと弾く。

 朔夜はそれとなく妨害はしてくるだろうと意識を向けていたので、足が当たる瞬間に足が振るわれる方へと跳んで威力を殺す事に成功。ダメージはあまり受けず、軽く転がって直ぐ様起き上がる。

「ちっ」

 黒い異形相手ならばクロスカードの力に頼らなくても大丈夫と高をくくっていたが、そこまで現実は甘くないようだ。思わず朔夜は舌を打つ。

 このままではやられるのが関の山だと朔夜は腰のホルダーから【ウェアウルフ:Lv1】のクロスカードを取り出し、プロセッサーへと挿入する。


『【ウェアウルフ:Lv1】クロス』


 黒い靄が朔夜の身体を包むのと同時に、彼は横に大きく跳ぶ。視界が塞がれてしまうので、その間に攻撃される事を危惧したが故の行動だ。

 案の定と言うべきか、先程まで朔夜がいた場所へと四本脚の異形は突っ込んできており、更に横に跳んだ朔夜へと足で蹴りつけて行く。

 その蹴りは大きく跳んだ朔夜にぎりぎりで届かず、空を蹴るのみに留まった。

 黒い靄が消え、ウェアウルフの力をその身に取り込んだ朔夜は改めて四本脚の異形を見据える。

 異形は相も変わらず大口を開けて朔夜へと躍りかかっていく。朔夜はそれを跳躍して頭上を飛び越える。上ならば足による蹴りは来ないと予想したからだ。

 実際、四本脚の異形は蹴りを放つ事はなかった。

 しかし、朔夜が頭上を越えようとすると自身も四本の足に力を溜めて跳び上がり、朔夜を己の身体と天井とで押し潰そうとしてきたではないか。

 奇しくも、幾分か余裕を持って四本脚の異形の頭上を越える事が出来、彼が通って少し経った頃に異形の頭は天井へとぶつかった。

 異形と天井の間を通り抜けられたのは、跳んで通り抜ける速度が上がっていたからだ。もし、【ウェアウルフ:Lv1】のクロスカードで機敏さも上がっていなければ、今頃はプレスされていた事だろう。

 無傷で切り抜ける事の出来た朔夜は落ちている剣を素早く回収する。手荷物と剣は直ぐ様鉤爪へと変貌し、それを右腕に装着する。

 右腕を僅かに引き、朔夜は駆け出して爪を振るう。狙いは四本脚の異形の足だ。

 爪は剣で切り付けた際よりも確かな手ごたえがあり、異形の足は半ばまで切れた。近しい三ケ所を半ばまで切られた四本脚の異形はその足に力が入らなくなったのか、体勢を崩す。

 その隙を逃さず、朔夜は別の足の付け根を連続で切り付ける。三回程切り付けると足は本体から切り離され、音を立てて木の床へと崩れる。

 足を一本失い、三本の内一本が負傷した事により身体を支える事が出来なくなり、異形はその場に崩れ落ちる。

 朔夜は今が好機とばかりに本体へと爪で何度も切り裂く。傷は目に見えて刻まれていくも、

 しかし、光となって消えるにはまだダメージは足りないようだ。

 六回程切り付けると、異形は大口を開け、足をせわしなく動かして身体を床に擦りながら移動を開始する。

 蛇行を繰り広げ、一度朔夜から距離を取るとそのまま向かって行く。

 朔夜は横に避ける事をせず、逆に異形へと向かって駆け出し、跳躍して回避する。その際に、爪で異形を深く切り裂く。

 切り裂かれ、僅かに動きが鈍るも異形は動きを止めず、まも蛇行した後朔夜の姿を視認するとそちらへと侵攻して行く。

 先程と同じように、跳躍して異形の柄を通り過ぎ、すれ違いざまに爪を振るう。それを三度程繰り返すと受けた傷の影響か、移動速度が著しく下がる。まるで亀が歩いているかのごとく錯覚を覚える程だ。

 朔夜は飛んで避ける行動を取る必要はないと見て、背後に回って何度も爪で切り付ける。

 切り付ける毎に動きは更に鈍り、最終的には身動き一つしなくなった。

 これで終わりとばかりに、朔夜は異形へと深々と爪を突き刺す。

 一度大きく振るえると、異形の身体は光となって消えて行く。後にはカードが二枚残され、固く閉ざされていた扉が独りでに開く。そして扉の向こうから何か重い物を引き摺るかのような音が響いてくる。

 朔夜はまず出現したカードを二枚拾う。それらは【スラッシュ:Lv1】と【シールド:Lv1】と言うインストールカードだった。

 イラストは【スラッシュ:Lv1】には灰色の背景に輝く白い弧が描かれており、【シールド:Lv1】には淡い緑色の半透明な六角形が描かれている。


『【スラッシュ:Lv1】

 使用すると次に放つ斬撃の威力が上がる。使用すると消滅する。』


『【シールド:Lv1】

 使用すると前方に相手の攻撃を一度だけ防ぐ盾を出現させる。使用すると消滅する。』


 両者とも戦闘補助のインストールカードのようで、これがあればある程度は有利に事を進める事が出来るだろう。

 しかし、クロスカードとは違いインストールカードなので、一度使用すれば消滅してしまう。使うタイミングを見極めねば立場は苦しくなるだろう。

 丁度クロスカードの効果も切れ、プロセッサーから排出された【ウェアウルフ:Lv1】と一緒に今し方手に入れた二枚のカードをホルダーへと仕舞い込む。

 このまま廊下に出る前に、朔夜は少しばかり休息を取る事に決める。

 流石に先程の戦闘で疲労が溜まったので、ある程度は回復させた方がいいとみたからだ。

 朔夜はホルダーから【飲料(水)】と【チキンカツバーガー】のカードを取り出し、プロセッサーへと入れる。


『【飲料(水】インストール』


『【チキンカツバーガー】インストール』


 インストールすると液晶の中でカードが分解され、それに伴い液晶に接するように水と食料が現れる。

 水は五百ミリのペットボトルに入っており、チキンカツバーガーはまるで出来立てのように熱々であった。

 朔夜はまずペットボトルの蓋を開け、喉を潤す。知らず知らずのうちに喉は乾いていたようで、少しだけ飲むはずが一気に半分程飲んでしまう。

 次いでチキンカツバーガーを口へと運ぶ。パンズは柔らかく、カツの衣はサクサクと心地の良い音を奏でる。鶏肉は程よく肉汁が滲み出て、千切りのキャベツはしゃっきりとしている。味付けとしてソースがパンズの内側に塗られチキンカツにかけられており、濃ゆい味が口内に広がる。

 適宜水を飲みながら食べ進め、一分と経たずに完食する。手に持っていた空の包み紙とペットボトルは完食すると空気に溶けるように消えていった。

 完食し終えた朔夜は湧き出て来た黒い異形はさっさと剣を振るって消滅させつつ教室で暫し休息を取る。

 ある程度疲れも癒え、もう動いても支障はない事を確認した朔夜は教室を出る。

 何かが引き擦られた音がしていたので、それを確認するべく辺りを確かめる。

 廊下を進んでいくと、先程までは行き止まりであった廊下の端に階下へと続く階段が出現していた。恐らく、そこを塞いでいた壁は上か下、はたまた横にずれて行ったのだろう。それが音の正体だ。

 朔夜は階段を下りて行き、一階へと降り廊下を進む。二階と同じような構造だが、違うのは廊下の中央には昇降口が存在し、そこから外へと向かう事が出来るようになっている事だ。

 廊下を歩き、襲い掛かってくる黒い異形を屠りながら昇降口へと向かう。昇降口に備えられた外へと続く木製の扉は固く閉ざされていた。この扉を開ければ、四本脚の異形と戦った時と同じように向こうに引き摺られ、校内へと戻る事は出来なくなるだろう。

 もし、何かやり残した事があるのならまだ開けずに戻ると言う選択肢もあっただろう。

 しかし、朔夜にはやり残した事はなかった。休息も取ったし、【ウェアウルフ:Lv1】もクロス出来る程の時間も経った。

 朔夜の頭を占めているのは、なるべく早くこの遊びを終える事。ここで立ち止まっている理由はない。


『【ウェアウルフ:Lv1】クロス』


 四本脚の異形との反省を踏まえ、朔夜は予め【ウェアウルフ:Lv1】のカードをクロスしておく。

「……行くか」

 軽く息を整え、朔夜は固く閉ざされた扉を開け放つ。

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