03

 教室を出た先も、やはり廃校舎という表現が相応しい廊下が広がっていた。片側には窓がこしらえており、そこからは外の風景が垣間見える事が出来る。

 夕焼け色に染まった校庭。雲梯に鉄棒、半分埋まったタイやにサッカーゴールが点在しており、それのどれもが寂びれている。もうどれ程使われていないのか。子供達が使わなくなってしまい、本来の目的を果たせなくなっているそれらはただただそこにあるだけだ。

 端には花壇も存在しており、本来ならチューリップやパンジーと言った見栄えのする花が植えられていただろう。しかし現在は人の手がつかなくなり雑草が生い茂っている。生垣も伸び放題で、辺り一面に枝葉を伸ばしている。

 そして、校庭の中央には木で出来た巨大な人形がいる。木材を継ぎ接いで作られているそれは右手が異様に大きく、直立した状態で地面に接する程だ。反面左腕は短く、人間でいう胸の位置までしか存在しない。

 巨大な人形は校庭の中央を右往左往している。恐らく、あれを倒せば次の階層へと向かう事が出来るのだろうとあたりをつける。それを確認する為にもあれを倒さねばならず、そうするにはまず下へと降りなければならない。

 校庭を一望する中で、朔夜はここが二階だと予測する。一階ではあまりにも高すぎる場所にある。かと言って三階では床から天井までの高さを鑑みた場合見下ろした先の校庭との位置が遠すぎると分析した結果だ。

 廊下にある窓もまた、所々割れており、破片は廊下に散らばっている。廊下の床板もまた老朽化により傷んでおり、踏み締める程にきぃきぃと音を響かせる。また、所々木の板が剥がれている場所もある。天井も数ヵ所めくれている部分が見受けられる。

 朔夜は、取り敢えず廊下を歩いて一階へと続く階段を探し始める。基本的に学校の階段は校舎の両端にある筈なので、そのまま直進すれば辿り着くだろう。

 真っ直ぐと伸びる廊下を端まで移動した朔夜だが、そこには階段は存在しなかった。ただ行き止まりが存在するのみ。反対方向にしかないのか? そう思って踵を返す。

 瞬間、朔夜は剣を振るう。

 振り返った瞬間、異形が朔夜を攻撃しようとしていたのが視界に映ったからだ。

 先程戦ったウェアウルフとは違い、人の形はしていない。それは単なる黒い塊。サッカーボールよりも一回りほど大きな球体に白く光る双眸が備わったそれは、口を開けて赤くぬらっとした口内を見せつけながら朔夜へと跳び掛かっていた。

 その異形は朔夜の一閃により上下に分断され、ウェアウルフと同じように光となって消滅し、カードを一枚その場に残した。

 朔夜はそのカードを拾うとしない。

 その異形達はまだ控えていたからだ。今し方倒した者を除けば四体。てんてんと飛び跳ねながら朔夜へと近付いて行き、一定距離まで達すると裂くように口を開いて襲い掛かっていく。

 朔夜はタイミングを見計らい、剣を薙いでいく。

 一体、また一体と怪我を負う事も無く倒していく。

 そして、最後の一体を倒し終え、後続はもう無い事を確認してからカードを拾っていく。倒した異形五体の内、三体がカードを残した。これにより、モンスターを倒しても全てがカードを残す訳でない事が分かった。

 朔夜が手に入れたカードは【力強化(極小)】【飲料(水)】【再生(小)】の三枚。


『【力強化(極小)】

 使用すると力がほんの僅かに向上する。使用すると消滅する。』


『【飲料(水)】

 使用すると飲料(水)が出現する。使用すると消滅する。』


『【再生(小)】

 使用すると傷が回復する。損傷の激しい傷は傷口を覆うにとどまる。使用すると消滅する。』


 イラストは【力強化(極小)】は赤い上向きの矢印、【飲料(水)】は水と言うラベルの貼られたペットボトル、【再生(小)】は淡い黄色の光球が漂っているものとなっている。

 朔夜は【飲料(水)】と【再生(小)】の二つをホルダーに仕舞い、【力強化(極小)】をプロセッサーへと挿入する。


『【力強化(極小)】インストール』


 インストールをすると淡い紅の光が朔夜を包み込み、朔夜の中へと消えて行く。

 朔夜は軽くその場でぐっぐっと手を何度も握ったりして力が上がったかどうか確かめるも、インストールする前との違いが分からず実感は湧かない。

 それでも【再生(大)】をインストールしたら瞬時に傷が癒えたので、目に見える形ではないにしろ、確かに力は向上したのだろう事だけは窺える。

 軽く息を吐くと、朔夜は再び階段へと向かう為に来た道を戻り、反対の端へと進んでいく。

 途中、黒い異形が床や天井に開いた穴から湧き出て朔夜へと襲い掛かっていくも、朔夜は羽虫を払うかのように剣を薙いで一掃して行く。異形を倒した後に残ったカードは身体を強化するもの以外はホルダーへと仕舞い、強化カードは即座にプロセッサーに挿入する。

 反対の端に辿り着くまでに【速度強化(極小)】が一枚と【耐久強化(極小)】が二枚。それに加えて【飲料(水)】が三枚と【チキンバーガー】が一枚出現した。

 【速度強化(極小)】と【耐久強化(極小)】は【力強化(極小)】の色違いで、【速度強化(極小)】は緑色の、【耐久強化(極小)】は黄色の矢印が描かれていた。【チキンカツバーガー】はデフォルメされた鶏が描かれた包みが半分めくれ、そこからパンズに挟まったチキンカツと千切りのキャベツが垣間見えるイラストだった。

 反対端まで辿り着くも、そこもまた行き止まりであった。

 階段が存在しない事に疑問を覚えた朔夜は、ここは普通の廃校舎ではなく迷宮という区分だという事を念頭に置くようにする。

 セオリー通りに配置されているとは限らない。階段は教室の何処かにあるか、もしくは何かしらの条件を達成すると出現するのだろう。

 もしくは、階段なぞ最初から存在せず別の方法で階下に降りる必要があるか。

 朔夜は木の板が剥がれて開いた床の穴を確認する。そこは黒い闇で覆われており、下が見えない。それとなく近くに落ちていた木片を穴へと入れるも、木片は深淵に飲まれ、底へと辿り着いた音が響いて来ない。

 つまり、この穴を人が通れる程広げたとして無事に一階へと辿り着ける保証はない。下手をすれば、この廃校舎とは別の空間に繋がっている可能性もあり、一度は行ってしまったら戻って来れなくなる可能性もある。

 次いで、近くの窓を開いてそこから外へと出られないか確かめる。窓自体は開くが、そこから先へは透明な壁に阻まれて身体を出す事は出来なかった。割れている窓から腕を出そうとしても同様の現象が阻んでくる。

 下へ降りるには階段を探す他なく、朔夜は扉の閉じている教室を片っ端から調べる事に決める。

 初めに開けた教室では黒い異形が二体たむろしており、開けた瞬間に襲い掛かってきたので剣を振るって屠る。カードは一枚も落とさなかった。

 次の教室でも三体異形が佇んでおり、開けるなり即座に襲い掛かってきた。倒せば【チキンカツバーガー】のカードを一枚だけ残した。

 その次の教室は朔夜が最初にいた所であり、扉を開けても中には何もいなかった。当然、階段は影も形も存在しなかった。

 更に向こうの教室の扉を開ければ、朔夜の身体は不可視の力によって教室内へと無理矢理引き摺り込まれた。

 朔夜の身体が完全に教室に入り切ると、扉は独りでに閉じる。朔夜は急いで扉を開けようとするも、鍵が掛かったのか全く開く様子を見せない。

 教室の中央には、黒い異形が十体犇めき合っている。互いに押して押され、乱入者である朔夜には目もくれない。

「……こいつらを倒さないと出られないパターンか?」

 黒い異形が十体程度ならば、剣を払っていれば倒せる。そう確信する程に目の前の奴等が弱い事はこの場に至るまでに実証されている。

 ふと、黒い異形は仲間である筈の黒い異形同士で喰らい始めたではないか。

 ぐちゃぐちゃと音を立て、身体を肥大化させていく。十体が五体に。五体が三体に。そして残った二体は大きい方が残りの一体を喰らい尽くす。

 全ての中を喰らった黒い異形の直径は朔夜とほぼ同じ大きさとなり、その姿を変えて行く。完全な球体だった身体にまるで蜘蛛のような足を四本生やし、僅かに首が伸びる。口内には二対の牙が並び、目の輝きも何処か獰猛なものへと変貌する。

「……この階層の中ボスって位置付けか?」

 剣を構え、形の変わった異形を朔夜は油断なく見据える。

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