02


 最初は、当然夢かと思った。

 願いを叶える? そのような事は出来ないだろう。

 しかし……それでも。

 朔夜は目の前に浮かんでいる一枚の白紙のカードへと手を伸ばし、声の通りに目を閉じた。

 すると、頭の中に様々な情報が入り込んできた。

 まず、声の言う遊びの詳細。

 所謂、迷宮やダンジョンと呼ばれる場所が用意されており、幾重もの階層が存在している。階層を突破していき、最深部にいる親玉を倒せば遊びは終わり。己の叶えたい願いを一つ叶える事が出来る。

 迷宮にはモンスターが跋扈しており、階層に一体強大な個体が配置されている。その強大な個体を倒せば、次なる階層へと進む事が出来る。

 途中リタイアは不可。一度始めれば死ぬかクリアするまで解放されない。

 そして、遊びと言えども、死ねばそれまで。コンテニューも残機も存在しない。自身の命は一つ。死んでしまえばゲームオーバーで、元の世界にも戻る事は出来ない。

 遊びを進める上で、声に従った者達――プレイヤーには三つの贈り物が与えられる。それらは壊れる事はない。

 一つは武器。剣であり、杖であり、槍であり、弓であり、爪である。形はその時の己の姿に最も適したものへと変貌する。

 一つはプロセッサー。常に左腕に装着され、迷宮に出現するモンスターを倒すと手に入るカードの効力を発揮する為に必要不可欠なものだ。

 一つはホルダー。手に入れたカードを収納するのに必要であり、最大二百枚ものカードを収納する事が出来る。

 モンスターを倒して手に入れる事が出来るカードには、大まかに二つの種類が存在する。

 インストールカードとクロスカード。

 インストールカードは表面の余白が白く、一度使うと消滅するカードだ。使用すると傷や状態の回復や身体能力の強化、索敵、特殊な攻撃等を行う事が出来る。

 クロスカードは表面の余白が黒く、何度でも使う事が出来るカードだ。使用すると一定時間、そのカードに描かれたモンスターの力をその身に纏う事が出来る。

 プレイヤーはモンスターを倒してカードを手に入れ、カードの力を駆使し、迷宮を突き進み、最深を目指す。

 ただそれだけだが、カードを手に入れるにはある程度の運が必要である。モンスターを倒した際に手に入るカードは殆どがランダムであり、目当てのカードを引き当てる事は不可能だ。更にモンスターを倒しても必ずカードが手に入る訳でもない。

 カードを手に入れるには跋扈するモンスターを狩り続けるしかなく、相応の危険が伴う。カードを揃える事が出来ず、序盤でゲームオーバーになる可能性も充分にあるのだ。

 救済措置などない。ゲームではよくある宝箱も存在せず、モンスターが入って来れない安全地帯も設けられていない。空腹や喉の渇きも普通に覚え、それらを満たすにはカードの力が必要となる。

 少しのミスがまさに命取りとなる遊び。気が緩めば、ひょんな事から直ぐに命を散らす事になるだろ。

 脳内に入り込んだ情報群を理解し終えると、朔夜は何時の間にやら別の場所に立っていた。

 そこはまるで廃校舎の教室だった。木造仕立ての壁に床、天井。窓ガラスは割られているものも何枚かあり、黒板はチョークの汚れが残っていた。ちかちかと明滅する電灯に外から差し込む夕焼けの光。それ等に照らされる後ろに下げられた机と椅子、教壇。黒板と相対するように生徒の持ち物を仕舞う木枠だけのロッカーが鎮座している。

 傍から見ればノスタルジーで、切なさや物悲しさが滲み出てくる空間だった。

 しかし、それも目の前には異形――ウェアウルフがいなければの話だ。

 朔夜は突如自分が訪れた場所と目の前の異形に驚きはするも、直ぐに行動に移した。








 全ては、願いを叶える為。


 その為ならば、例え己の手が血にまみれようが構わない。


 邪魔する者が何であれ。行く手を阻む者が何であれ。


 霧山朔夜は立ち止まる事無く、躊躇う事無く、それらを排除すると心に誓う。


 もう後悔をしない為に、やり直す為に霧山朔夜はこのくだらない遊びに参加したのだから。

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