黄昏の廃校~霧山朔夜~

01

 霧山朔夜は目の前の存在に対して僅かに眉間にしわを寄せるも、躊躇う事も無く襲い掛かっていく。

 何時の間にか手に持っていた刃渡り二十センチ程の剣を相手の喉元目掛けて切り払う。

 しかし、それは相手がしゃがんだ事によって避けられてしまう。そして、逆に腹に鋭い一撃を受けてしまう。

 鈍い痛み。それが段々と灼熱を帯びて激痛へと変化していく。

 構うものか。朔夜は痛みを歯が割れんばかりに食いしばり、腹部へとあてがわれた相手の手をがしりと掴んで遠くへ逃げないように捕まえる。

 まさか手を掴まれるとは思ってもみなかったのだろう。相手は一瞬だけ目を開き硬直してしまう。

 それが命取りとなる。

 朔夜は剣を一気に前へと出し、相手の胸へと深々と突き刺す。更に、そこから傷口を広げるように刺したままかき回す。

「ガァァァアアァァアアアアアアァアアァアァァァアアアアアア⁉」

 耳をつんざく悲鳴が木霊する。朔夜は掴んでいた手を離すと、彼の腹部から相手の手が離れ、相手はそのまま仰向けに倒れて行く。

 口からは血を吐き、剣の抜けた部位からも血がどくどくと流れ落ち、立ち上がる事も出来ず息も絶え絶えな状態だ。しかしそれでも目だけは敵意を持って朔夜へと向かれている。

 朔夜は相手の手が離れた腹部へと触れる。ぬちゃっと湿った感覚。そしてどくどくと液体が流れて行く様が手を伝って感じられる。

 滲み出た血が衣服を赤く染め上げて行っているのが見て取れる。腹部には穴が五つ開けられており、そこから血が流れ出ている。

 改めて、朔夜は目の前で倒れ伏している人外の相手へと目を向ける。

 狼の頭に獣の体毛で覆われた全身。二本脚で立ち、立ち上がれば身長百七十二センチある朔夜より僅かに大きい。腕の形や上半身の骨格は人間のそれに酷似しており、鋭い爪が備えられている。右手は赤く塗れており、その血は朔夜の腹部を貫いた際の返り血である。

 決して狼ではない。いくら箒に最適そうなふさふさの尻尾を持っていたとしても、これは狼ではない。

 朔夜はゆっくりと異形の方へと近付き、息も絶え絶えのそれの眉間へと剣を突き刺す。

 剣を突き立てられる寸前も、異形は決して朔夜から眼を逸らさず、己の最後の瞬間も朔夜へと敵意を向け続けた。

 額に剣が突き刺さり、脳が損傷。それが引き金となり異形の身体は光に包まれる。光は収束すると天へと昇るように消えて行き、異形の横たわっていた場所には二枚のカードが残された。

 朔夜は痛みに耐えながらもそれ等を手に取り、まじまじと観察する。

 裏面は二つとも渦を巻いているような紋様が描かれており、中心部には仄かに輝く光が表現されている。

 そして表面。上部、中部、下部に四角く囲われたスペースが存在し、中部にはイラストが描かれている。上部には恐らくカードの名前、そして下部にはテキストが記載されている。


『【再生(大)】

 使用するとどのような傷も瞬時に再生する。使用すると消滅する。』


『【ウェアウルフ:Lv1】

 ウェアウルフの力が封じられたカード。使用すると一定時間ウェアウルフの力を扱えるようになる。』


 【再生(大)】のイラストは淡い青を纏った光球が宙に漂うものであり、【ウェアウルフ:Lv1】には先程朔夜が倒した異形が夜空に浮かぶ月に向かって吠えている姿が描かれている。

 朔夜はテキストを一瞥すると【再生(大)】のカードを左の上腕部へと近付ける。

 彼の左腕には、剣と同様に何時の間にか奇怪な機器が取り付けられていた。

 楕円形のそれは外れないようにきっちりと朔夜の腕に装着されており、危機よりも一回り程小さな液晶の画面が内蔵されている。そして、手首側の先端に丁度カードを装填する事が出来る挿入口が存在する。

 朔夜は機器に備えられている挿入口へと【再生(大)】のカードを入れる。液晶にはカードがイラストが見えるように表示される。


『【再生(大)】インストール』


 カードに被るよう液晶にそのような文字が浮かぶと、カードが砕け散り朔夜の身体が淡い青の光に包まれる。すると、腹部から伝わっていた激痛が嘘のように静まったではないか。

 光が消え去った後、朔夜は己の腹部を目で見て、そして直接触って確認する。そこには、先程異形――ウェアウルフによって穿たれた五つの穴が完全に塞がり、痕も残さず傷は消えていた。

 傷が完治した事を確認すると、今度は【ウェアウルフ:Lv1】のカードを入れる。やはり液晶にはカードのイラストが表示される。


『【ウェアウルフ:Lv1】クロス』


 液晶に文字が浮かぶが、先程とは違いインストールではなくクロスと表示され、カードも砕けずに残っている。

 そして朔夜の身体に黒い靄が纏わり付く。彼は自分の身体がむずむずと独りでに動くむず痒い感覚を覚え、そして本来人間には存在しない部位が発生した事を感じる。

 黒い靄が晴れ、全身が顕わになった朔夜。彼の身体は先程とは異なったものになっていた。

 顔や骨格自体に変化はない。しかし、彼の耳はやや上へと移動し狼のそれを思わせる三角形のものへと変貌した。更に、口の中に仕舞われている歯も鋭く牙と言っても過言でない者になっている。

 更に、尻尾が生え、爪も鋭くなり、腕と足、背面を守るようにびっしりと体毛が生え、到底人間とは言えない姿となった。

 また、嗅覚が鋭くなったのか、濃い血の臭いが鼻孔をくすぐってくる。それと同時に不快感が登ってきたので、朔夜は自ずと鼻をつまむ。

 そして、手に持っていた剣もその姿を変化させていた。三本の鋭利な突起が飛び出た鉤爪。突起……爪部分には煌めく刃も備わっており、突き刺す事も切り裂く事も可能な形状となっている。

 試しに動いてみると、変化する前よりも目に見えて機敏に動けるようになり、更に跳躍力もかなり上がっている事に気付かされる。

 左腕に装着された機器の液晶に表示されているカードのイラストは、時間が経つごとに黒ずんでいく。

 イラストはおよそ三分が経過すると完全に黒く染まり、それを合図に左腕の機器からカードが挿入口から排出されるのと同時に再び朔夜の身体に黒い靄が纏わり付く。黒い靄が晴れれば彼の身体と剣は元の姿へと戻っていた。

 排出されたカードを拾い上げて見てみると、液晶に表示されていた通りにイラストが黒く塗りつぶされていた。

 朔夜はそのカードを機器に挿入するも、直ぐ様排出されてしまう。


『エナジー不足により、クロス不可』


 液晶にはそのような文章が浮かび、数秒置いて沈黙する。

 カードのイラストを観察していると、徐々に黒ずみが薄くなり絵柄が浮かび上がっていくのが見て取れた。完全に絵柄が戻るまでおよそ二分の時間を要した。

 朔夜は再び【ウェアウルフ:Lv1】を機器に挿入する。


『【ウェアウルフ:Lv1】クロス』


 今度は正常に認識し、彼の身体は再び変化する。

 これにより、カードのイラストが元に戻るまでは変化が出来ない事が窺える。イラストが元に戻る過程で、恐らくエナジーとやらを何処からか補充しているのだろうと朔夜はあたりをつける。

「……さて」

 時間が経ち、元の姿に戻った朔夜は【ウェアウルフ:Lv1】のカードを剣及び機器と同様に何時の間にか装備されていた腰のカードケースへと仕舞う。

「大体分かったな。ゲームを進めるか」

 軽く首を鳴らすと、朔夜は存在する二つの扉のうちの一つへと向かい、開け放つ。

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