短編革命。ここでは色とりどりの物語が、きらきらと光りながら差しだされています。夏の露店で遊んだ宝石すくいの宝石のような、あつめたくなる、ずっと心にしまっておきたくなる、そんなお話であふれています。何遍でも読みかえしたくなってしまいます。やさしくてふと泣きそうになったり、ものすごくふざけていて笑ってしまったり、ある救いが残されていたりと、どの物語も全部ぜんぶ素敵です。
そのなかでも私は、『夏の速度と、蒼い海症候群』という短編に心をやられてしまいました。すきなところをあげていたらきりがないので、ひとつだけ。
『夏の速度——それはだれかの帰りを待ち続けるにはあまりにも遅く、だれかを喪った哀しみを癒すには、あまりにも速すぎるのだ。』
はじめて読んだときからもうずっとこのお話に惹きつけられてしまって、読みかえすたび、目の前のなにもかもが赤く燃えているような感覚に襲われます。きらめく蒼い海の底で、爛れるような思いがうずまいてめぐっている、そんなイメージです。
この物語には、ある男女が出てきます。願いつづけた、祈りつづけたふたり。航と澪、彼らのむかっている方向は一見たがっているようで、最終的にはおなじじゃないかなあと感じました。
だって、互いが互いのことを考えている、ただそれだけのことだった。彼らがそれぞれみずから選んだものの正体が、運命だったように思えます。
『私たちは生まれてしまった。』
彼が澪に示した印象的なことばには、ほんとうかもしれない、という不思議な魔力が宿っています。
私たちはもしかしたら、彼が言うとおり、なすすべもなく『生まれてしまった』のかもしれない。そうだったらかなしいし、そんなさみしい場所にいたくないなと、私は思います。でも彼にとってはそうで、彼女にとってはちがった。
澪は疲れ果てたさきで、ある決断をしました。力強くて鋭くて、ひどくきりきりと痛む決断です。正しいかどうかはわかりません。決断の結果、物語の終盤には鮮烈で美しくてどうしようもなく綺麗な景色がありました。浅い眠りのなかで、とてもやさしい夢を見ているような。
他人が傍観すれば昏い場所だとしても、彼らが見ているのはまちがいなく美しい光景です。航と澪のいるどこかの世界が、きらめく蒼い海が、すこしでも穏やかなものであればいいなと思います。
ここからは追伸です。うずうずします。いつかこんな素敵なお話が書けるようになりたいです。作者さまには到底追いつける気がしませんが、読者としても、なにかを書いている人間としても、ずっと大事で、なんどでも焦がれてしまう物語です。このお話があってよかった。ほんとうにありがとうございました!