『世界一世界』
世界一世界
タイトル:世界一世界
ステータス:全体に公開
2017-07-09 20:00:00
僕はついに、世界一すばらしい国を築いた。
少し小さな国だが、世界一すばらしい国だ。
ここには戦争もない。飢餓もない。哀しい交通事故も殺人事件もない。自殺に追い込まれる若者もいないし、女性を犯す暴漢もいない。自由だけだ。ここにあるのは自由だけ。ただひたすらみずからの理想を追い求め、みずからの夢に忠実に従って生きればいい。そういう自由がここにはある。すばらしい国じゃないか。
ここに住むのに国籍はいらない。必要なのはただ「ここに住みたい」という強い意志だけだ。自由を追い求める確固たる決意だけだ。越境検査もパスポートコントロールもない。必要なのはただ「この扉を敲く」というほんの少しの気遣いだけだ。隣人の部屋に「お邪魔します」と言って這入る、だれもが持っている常識を実行するだけだ。なんの難しいことはないだろう。すばらしい国じゃないか。
テレビを点ければ暗いニュースばかりだ。どこどこで戦争だ、どこどこで自爆テロだ、どこどこで大地震だ、どこどこで連続殺人だ。何万人が亡くなった、何万人が家を失った、何万人が国を追われた——もううんざりだろう。僕らが求めているのは自由であり、理想であり、夢である。そのはずなのに、この世界は絶望があふれ、悲愴がさまよい、不条理に塗り潰される。生きる価値などあるのか? そんな世界、住み続ける理由などあるのか? もちろん、僕の国にはそんなものはない。さっきも言ったが、あるのは自由だけだ。すばらしい国じゃないか。
ただ、少し不便もあるが目をつむってほしい。
まず、国境を越えて国の外に出てはいけない。なぜならば、国の外は危険にあふれているからだ。暗いニュースは国の外で起こっている。だからこの国は安全なのだが、言い換えればこの国の外はたいへん危険なのだ。これは国民の身を守るための法規なんだよ。わかってほしい。
そして、すべての物資は輸入に頼っている。領内でモノの生産はできないんだ。なぜならば、この国はとても小さいからね。野菜を育てる農地もないし、クルマを組み立てる工場もない。でも安心してほしい。いまの世の中はボタンを押せば何でも届く。南米のほうにあるらしい名前の会社が、世界各地になんでも届けてくれるんだ。この国だって例外ではない。届くのに数日かかるが我慢してほしい。
それと、この国にずうっと住んでいるとだんだん人と接するのが怖くなっていくんだ。なぜならば、この国はとても人口が少ない。人と接する機会がほとんどないんだ。言語能力を維持できるのは奇蹟に近いが、安心してほしい。ネット環境は完備されている。こうやってきみに語りかけるみたいに、望むなら電子を使って情報を発信することができるんだ。そして、ネット上にあふれる情報に接することができるんだよ。わかるかい? 人間にとって最大の武器は、情報だ。情報は人を生かしも殺しもする。情報さえあれば、この世界をひとりで生き抜くことなんて朝飯前だ。まあもっとも、この国に住んでいたら「朝飯」なんてほとんど食べないけどね。起きたころには夕方だよ。僕らが起きる夕方ごろには、地球の裏側の英国人あたりが朝目覚めていることだろう。英国人とおなじサイクルで生活するんだ。なんだか素敵だと思わないかい?
こんな僕にだって、この国を嫌になることもある。夜明け前に床に就くときだ。理想郷を築いた僕にとっての最大の敵——それは「将来への不安」だ。ひとりベッドで目をつむれば昏い宵闇に圧し潰され、すべてを受け入れて社会復帰したくなるときもある。でも僕は、いつだって思いとどまるんだ。だって考えてみてほしい。ここには戦争も殺人事件もないんだ。そんな環境のなかで、「将来への不安」なんかに怯えてどうする? だれだって未来のことはわからないんだ。三秒後に宇宙人が攻めて来て、地球が滅びるかもしれない。だったら、いまのうちから自由を追い求める方がいいだろう? 絶望に踏みにじられながらその世界で這いつくばる人生と、不安を抱えながらも自由に生きる人生、きみはどっちを選ぶんだい? 僕は後者を選ぶよ。それが僕の国だからね。
どうだい、これでわかっただろう。僕の国がどれだけすばらしいのかを。僕の国に部屋はひとつしかないけれど、トイレもお風呂もある。キッチンだってある。南向きで日当りもいい。たまにとなりの国が彼女を連れ込んでうるさいけれど、壁を蹴り飛ばしてやればいい。おっと、やりすぎはよくないよ。僕の国は平和を尊ぶからね。隣国との沈黙の友好条約は、すばらしい国づくりに不可欠だ。
そうだ、ごめん。あらかじめ断っておくけれど、僕の国の定員は一名なんだ。六畳間だからね。これがこの国のすべてだ。だから、きみはきみでべつの国をつくればいいよ。練馬区あたりなら安く借りられるんじゃないのかな。
なんてことはない、ただいますぐ仕事をやめて、学校をやめて、わずらわしい人間関係をやめて、その部屋のドアの鍵をかければいい。そうすれば自由が手に入る。こんな素敵なことはないだろう。さあ、ニートの、ニートによる、ニートのための世界一の世界、僕らの手で築き上げようじゃあないか。
……次にきみと話ができるのは一週間後かな。新作のゲームが届いたんだ。しばらくはこれに興じるとするよ。この文章を読んだきみが早く、この世界のすばらしさに気づくことを祈っているよ。
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