クテンはどこへ消えた?②

 村のリーダー的存在であるフクロウ・サンテンリーダーの指示は、「村の一大事じゃ、クテンネコを一刻も早く見つけ出せ、ワシは眠いからもう寝る」という至極的確なものであったため、トーテンウサギは彼の言うとおりにすることにしました、フシギなのは、サンテンリーダーに相談する前から、トーテンウサギは全く同じことをしようと思っていたのである、という点です、時間の無駄、という言葉は、しばらくは考えないことにしました

 トーテンウサギはハテナクマのところへ赴きました、ハテナクマは彼の旧来の友人なので、こういうピンチのときこそ助けてくれることでしょう

「え? クテンネコがいない? ほんとに? どうすればいいクマ?」

 トーテンウサギが事情を説明すると、ハテナクマはとたんにテンパり始めました

 トーテンウサギは頭を抱えました、ハテナクマは台詞のすべてに「?」がつくのだということを、彼は失念しておりました、ハテナクマに質問したことは、すべて疑問形で返ってくるので、相談事には永久に結論が出ません

「どうするクマ?」

「うぅーん」

「どうするクマ? どうするクマ?」

「そうだねえ」

「どうするクマ? どうするクマ? どうす――!?」

 トーテンウサギは旧友のみぞおちあたりに思い切りボディブローをかましました、ツキノワグマでいう三日月形の紋様があるところに、ハテナクマにはハテナマークの模様があります、ちょうどその「?」の下の点あたりにみぞおちがあることを、彼は小学校のときに体得しました、ちょうどいまと同じようにボディブローをかましたとき、ハテナクマがしばらく身悶えていたのを見て、彼は確信したのです

「ぐぅふ、えふ……!?」ハテナクマはみぞおちを押さえて身悶えました、「……じゃ、じゃあ、地の文がすごく読みにくいから、とりあえず会話だけでしのぐのは、どうクマ……?」

 そんなハテナクマの提案に、トーテンウサギは感心しました、会話だけで構成されている物語も、反則的ではあるにせよ、この非常事態ではアリかなと思いました、クテンネコが見つかるまでの応急処置です

「じゃあ、ハテナクマ、会話だけで場繫ぎしよう」

「わかったクマ?」

「うん、ぼくはわかったよ……じゃあ始めるよ、今日はいい天気だねえ」

「そうクマ?」

「……あれ、ハテナクマはそう思わない?」

「そう思うクマ?」

「いや、ぼくが訊いてるんだけど……」

「でも明日は雨クマ?」

「ごめん、天気予報観てないから、明日の天気はわかんないや……」

「ぼくは観たクマ?」

「あ? お前の今日の行動なんてぼくが知ってるわけないだろ」

「ぼくは観たんだクマーっ!?」

 会話になりませんでした

 トーテンウサギはまたみずからの拳を旧友の血で汚さなければならないことに哀しみを覚えました、みぞおちを押さえてうずくまるハテナクマを見つめながら、しかしこれは仕方のないことだ、とトーテンウサギはみずからの非業を嘆きました

「おい、あんまりハテナクマをいぢめるなよ!」

 そう言って現れたのは、同じく旧来の友、ビックリリスでした、身体は小さいのですが 、その声は耳障りなほどうるさいリスです

「なんか困ってるんだってな! オレ様が話を聞いてやるよ! トーちゃん!」

「そのあだ名で呼ぶなよ」

 いらいらしながらも、トーテンウサギはビックリリスに事情を説明しました

「え! なんだって! クテンネコがいなくなっただって!」ビックリリスは叫びました、うるせえなあ、とトーテンウサギは目を細めました、「こりゃ大変だ、いますぐ句点の代わりのものを探さないとな!」

 そんなビックリリスの提案に、トーテンウサギは感心しました、文章の切れ目を表す記号は、確かに句点だけではありません、句点以外ばかりを使うのは作法に反するにせよ、この非常事態ではアリかなと思いました、クテンネコが見つかるまでの応急処置です

「でも、句点の代わりなんてあるクマ?」

「ああ! なんと奇遇な! こんなところにびっくりマークが! びっくりマークなら句点の代わりに文章を結べるぜ!」

 白々しい、とトーテンウサギは舌打ちしました、こいつわかってて言ってやがったな、と

「じゃあやってみようぜ! 始め!」

 ビックリリスの合図が響き渡りました! これで地の文の末尾には、句点の代わりにびっくりマークが使われることになったのです!

 トーテンウサギは安心しました! これでクテンネコがいなくてもこの物語は完結できます! 優秀賞獲得は間違い無しです! やった! 大勝利っ! ビックリリス様天才すぎるっ!

「うるせえっ!」

 あまりの地の文のやかましさに耐えかねたトーテンウサギは、思い切り拳を握りしめ、ビックリリスをぶん殴ろうとしました、しかしビックリリスの体躯は小さかったためうまく当たらず、結局彼の拳はハテナクマのみぞおちに吸い込まれて行きました

「ぐはあっ!?」

「あ……まじごめん」

 今回ばかりはわざとではないので、トーテンウサギは申し訳なく思いました

「く……クテンネコが、いなくなったことに、なにか、こ、心当たりは、ないクマ……?」

 丸っこい両耳をぷるぷる震わせながら、ハテナクマが声を絞り出しました

「心当たり……?」

 トーテンウサギは記憶を反芻しました、するとどうやらひとつ思い当たる節があったようです

「そういえば、昨日彼とケンカしたなあ」

「どうしていままで忘れていたクマ! それが原因クマ!」

 思わずハテナクマが台詞に「?」をつけることを忘れ、怒り心頭に発してしまうほどの心当たりでした、ていうか明らかにそれが原因でした

「いつもあんなに仲いいのに……どういうケンカしたクマ?」

「ええと、確か……句点と読点ってどっちが『まる』でどっちが『てん』かわかりにくいよね、って話から、わかりやすいように一方が名前を変えようってことになって、どっちが変えるかで言い合いになって……」

「お前ら小学生かよ!」

 ビックリリスはトーテンウサギに呆れ顔を向けました

「でもあれだな、ぼくも大人げなかったかな、クテンネコだってよく間違われて大変な思いしてるのに、ぼく一方的に自分の都合を押し付けちゃったな、反省反省」

 トーテンウサギは神妙な面持ちでつぶやきました、「ああ、クテンネコ、いったいどこにいるんだろう」

「ああ! 心配だな!」ビックリリスがこの軽いノリで言うと信憑性に欠けますが、彼は彼なりにクテンネコの身を案じています

「うん? 心配クマ?」ハテナクマが首を傾げながら言うと他人事に聞こえますが、彼も彼なりにクテンネコの身を案じています

 そこへシメキリギリスがやってきました、ひどく焦った様子ですが、それもそのはず、彼はいつも締め切りに追われているキリギリスなので、締め切りから逃げるためいつも額に汗をにじませているのです

「ああ忙しいっ早くしないと締め切りが来ちゃうぞっああ忙しい忙しいっ」

 そう言って彼は去って行きました

 三人の顔は青ざめました、シメキリギリスが来たということは、すぐそこまで締め切りが迫っているということです、窓の外を見ると、風が野原の草をなでながら駆け抜け、遠くの空には黒い雲が渦巻いていました

 トーテンウサギの胸中は、同じようにさざめき立ちました、あの締め切りの嵐が来れば、もう村の外には出られなくなり、クテンネコを探しに行くことはできません、そして何より、締め切りの嵐のなかでは、そのあまりの過酷さに、クテンネコの身に危険が及んでしまいます

「やばい、締め切りが来ちゃう」トーテンウサギは絶望の表情で黒く淀んだ空を見つめました、「はやくクテンネコを連れ戻さないと」

 トーテンウサギは、この村の行く末とクテンネコの身を案じ、青臭くにおい立つ嵐のほうへ駆け出して行きました

「クテンネコ」彼は心の中で名前を呼びました、「みんなきみのことを待ってるんだ、一緒に村へ帰ろう」

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