『クテンはどこへ消えた?』

クテンはどこへ消えた?①

 とある日の朝、トーテンウサギが目覚めると、なにやら様子がおかしいことに気づきました

 彼の住むソーサクの村はぽかぽか陽気に包まれていますが、トーテンウサギはどこか居心地の悪さを感じました、歯を磨いて顔を洗って洗濯をして、昨晩観たムフフなDVDの後片付けをしても、その違和感は拭いきれませんでした

「あれ、おかしいな」

 トーテンウサギはその違和感の正体を探るべく、今日起きてからいままでのことを反芻してみました、するとひとつの心当たりがありました

 この物語の「地の文」が、ひどく読みにくいのです

 地の文が読みにくい理由はすぐにわかりました、「句点」がないのです、「句点」とは日本語の文章において使われる記号で、ひとつの文章の終わりを表し、文と文の切れ目を明示するために使われます、この記号がないと、文の切れ目がどこかわからず、非常に読みにくい文章となってしまいます

「なにやらよくないことが起こっているぞ、どうにかしなくちゃ」

 とトーテンウサギは思いました

 では、どうして句点がなくなってしまったのでしょう?

 それもそのはず、いつも一緒に暮らしているクテンネコの姿が、そこにはなかったのです


   ○


「なに…クテンネコがいない、じゃと・・・」

 トーテンウサギはまず、サンテンリーダーのところへ赴きました、口を開けばゲスな下ネタばかり言う老人ですが、村のリーダー的存在で、トーテンウサギも彼のことを慕っておりました、しかし彼は夜行性のフクロウなので、どうやらいまからお休みのご様子です、彼の台詞に使われている三点リーダも、あまりの眠気のせいでだらしなく適当に打たれていました

「うむ・・しばらく感じていた違和感の正体はそれか・・」

「そうなんです、ぼくも毎朝起きて『おいトーテンウサギ、オレの今日の朝食はカルパスな』って言われるのすごい鬱陶しかったんですけど、それが今朝なかったのがなんだか物足りなくて……それに、どうにかしないと、この物語がひどく読みにくいものになってしまいます」

「まあ・・・気まぐれな彼奴のことじゃ…どこかほっつき歩いているんじゃろうて・・・・」

「このままだと、この物語が完結できない」

 トーテンウサギは切迫した現状が伝わるよう必死に訴えかけました

「間に合わないんです、短編の投稿締め切りに」

「なに・・・快便で肛門切れ痔気味・・・?」

「ぜんぜんちがうよ!」トーテンウサギは慌てて訂正しました、「へんな聞き間違いしないでください、ていうかどういう状況ですかそれ」

「むにゃむにゃ・・・心配せんでいい…ワシはイボ痔じゃ」

「……喝っ!」

 トーテンウサギは、サンテンリーダーの目を覚まさせるべく、彼の左頬を思い切りぶん殴りました、びちんっと小気味よい音を立ててクリーンヒットし、サンテンリーダーの身体は吹っ飛びました、吹っ飛んだ先の床には、先ほどまで彼が観ていたのであろうムフフなDVDが散らかっておりました

 そのDVDを後ろ手に隠しながら、サンテンリーダーはむくりと身体を起こしました

「いてて……まったく、年寄りに乱暴しよって……」腰をさすりながら、彼はぶつぶつと呪詛を吐き始めました、「もしワシが死んだら貴様の枕元に立ってやる……末代まで未来永劫呪われるがよいわ……」

 トーテンウサギは、彼の台詞のなかで三点リーダがきちんと使われていることを認め、やや安心しました、でもいまはそれどころではないのです

「村の一大事なんです、クテンネコを見つけ出して句点を取り戻さないと、締め切りがじきに来てしまいます」

「締め切りか……あの嵐が来るのはまずい……まさか彼奴、森へ行っとらんだろうな……」

「森」という言葉を聞いて、トーテンウサギは身震いしました、このソーサクの村の外れには、一度入ると二度と出られない、恐ろしい森があるのです

「ワシらのような物語のなかに生きるソーサクの村の住人は、決してあの森に近づいてはならん……もしそうだとしたら、クテンネコ、彼奴の身が心配じゃ……」

「そうですね……」

 これはやはり、一刻も早くクテンネコを連れ戻さないとなりません

「そういえば、こんどの締め切りの嵐を無事に超えられたら、この短編はどうなるんじゃ……」

「優秀賞が狙えます」

「優秀賞…?」サンテンリーダーは眠たげに首を傾げました、「それを取るとどうなるんじゃ・・」

「印税五パーセントです」

「陰茎五センチメートル・・・・? 心配せんでいい………ワシのはそんなに短くは――」

「喝っ!」

 こんどは彼の右頬にクリーンヒットし、彼の身体はふたたび吹っ飛んで行きました

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