『一億二千万年前から男子って最低!』
一億二千万年前から男子って最低!
私はその日、同級生の男子の部屋にお招きされていた。
その男子・神谷リョウとは幼いころからの仲で、ふだんからもよく話をしたりしていた。家が近いということもあり、いわゆる家族ぐるみの付き合いだった。中学生になってからもその関係は続き、お互いがお互いを姉弟のように思っていた。もちろん年上の姉役は私のほうで、リョウのほうが弟だと思っているが、リョウのほうはそうは思っていないらしい。私が「え、リョウって自分が妹だと思ってんの?」と訊くと、彼は「ちがうよ、俺が兄なの! サキのほうが妹!」と怒った。
彼の部屋に入るのははじめてではなかった。幼いころから彼と関わってきているので、物心ついたときの記憶にはすでに彼の部屋の光景が映っている。
リョウとの関係を同級生にちやほやされたりもしていて、私はそれに釈然としないのであるが、人から言われるといままでそう思っていなかったことでも、不自然に意識しはじめてしまうことがある。今日も「おもしろい映画借りたから観よう」「じゃあうち来る?」「行く行く」という某お昼どきの番組みたいなノリで来てしまったが、最近の私はなんだか、彼の家で落ち着かない。
友人からこんな話を聞いたことがある。
――男子って、部屋のベッドの下に、いかがわしい本を隠してるんだって。男子って最低よ。
興味が無いわけではなかった。たぶんきっと、リョウも人並みに興味があるんだろう。だって男子だもん。
「サキー。なに飲むー?」
台所からリョウの声が聞こえた。私はびっくりして「わあっ……え、えと、ウーロン茶!」と答えた。そんな私の心中をおそらく知らない彼から、「おっけー」という気軽な返事が帰ってきた。
いまがチャンス。
私は彼の部屋のベッドまで近寄り、下を覗き込んだ。窓から差し込む明かりが届かないベッド下の奥は、意外とホコリが溜まっていないように見えた。しかし、肝心の「いかがわしい本」の影は見えない。
もっとよく見えるように覗き込もうと、ベッドにかけた手に力を入れた、その瞬間だった。
ガタン、と音を立てて、ベッドが動いた。
「ひゃあっ!」
へんな声をあげてしまった。
「サキ、どうした?」
「な、なんでもない!」
「そう? あ、氷なくなってたから、コンビニ行って買ってくるわ」
「は、はあい」
なんとラッキーなんだろう。神さまは私に味方しているように思えた。いやなにも、こんなことで神さまに味方されなくても、もっとほかに味方してほしいタイミングがあるんだが神さま空気読めないな、と一瞬思ったが、しかし千載一遇のチャンスに変わりはない。私はベッドがあった元の位置に視線を戻した。そこにあったものを見て、私は驚いた。
その場所にあったのは、地下へと続く階段。
玄関のほうに意識を向けた。リョウはすでにコンビニへ出かけたようだ。
私は意を決して、地下へと続く階段を降りていった。
中は真っ暗で、スマホの電気がないと前に進めない有様だった。電灯を点けるスイッチがきっとどこかにあるんだろうが、それを見つけるのは至難の業だ。
壁づたいに歩くと、手のひらから冷たい感覚が伝わってくる。ごつごつした岩のような造りで、私はなんだか古代の神殿に迷い込んだ気分だった。
「なにがいかがわしい本よ……男子の部屋のベッド下には、とんでもないものが隠されていたわ……」
無事に帰ったら友人のマイに教えてあげよう、とのんきなことを考えていると、部屋の空気が変わったのを感じた。どうやら、広い空間に出たらしい。
「ん……あれは……?」
スマホが示す光の先、ちょうど広間のまん中あたりに、大仰な台座が鎮座していた。私はそこに歩み寄った。手元の光を当ててみる。そこに置かれていたものに記されている、とある文字列とは――。
『ドキドキ同棲生活! かわいい幼馴染と禁断の××!』
「エロ本じゃねえかっ!」
しかもよりによって幼馴染って! そ、それって、つ、つまり……!
私はとてつもなく恥ずかしくなって、台座に置かれたエロ本をひっぺがした。そのとき、部屋の明かりが一斉に点き、私の後ろから声がした。
「サキ……! お、おまえ、なんてことを……!」
声に振り向くと、そこには愕然とした表情のリョウが、息を切らして立っていた。
「ああっ、リョウ! そ、それはこっちの台詞よ……! なんでこんな本――」
「逃げろ!」
「……え?」
大声で叫んだリョウは、私の手を掴んでもと来た道を引き返した。数秒もたたないうちに、ごうごうと大きな音が内臓を揺さぶったかと思うと、がらがらと周囲の壁が崩れはじめた。
「ちょ、ちょっとリョウ、なにこれ――」
「それはうちに一億二千万年前から代々伝わる家宝なんだ。厳重なトラップが仕掛けられていて、盗掘しようとすると、センサーが反応してこの洞窟ごと崩れる」
「たいへんっ。私、なんてことを……!」
「気にするな。安心しろ、俺が守ってやる」
「リョウ……!」
右手から伝わる彼の体温を感じ、彼の見せた精悍な横顔を見て、私の心はどくどくと高鳴った。こ、これが、有名な吊り橋効果……?
「見えたぞ、出口だ!」
「うんっ!」
目の前の一筋の光に向かって、私たちは手を繋いで走っていった。
すっかり崩れてしまった彼の家を見て、私たちは立ち尽くした。
「リョウの家が……」
私がそうつぶやくと、彼は微笑んでこう言った。
「気にすんなよ。サキのせいじゃない。君が無事なら、俺は嬉しいよ」
「リョウ……」
彼はまぶしく輝く笑顔を私に向けた。そして、私の身体をそっと抱き寄せた。
そんな彼の顔に――私は抱えていたエロ本を叩き付けた。
「私のせいなわけないでしょ! なによこれ!」
おかげで危ない目に遭うし、めっちゃ走ったせいで髪型はぐちゃぐちゃだし、て、ていうかあんなもの家宝にするなんてどういう神経してんの……? ほんと、
「男子って、最低!」
私は踵を返してリョウの家の跡を後にした。ぽつんと残された彼がちょっとかわいそうだったが、一億二千万年も前から先祖代々あんなものを受け継いできた罰があたったんだ。
……でも。
私の手を引いてる後ろ姿、ちょっとかっこよかったかな。
私は邪念を振り払った。ううん、やっぱり男子って最低。明日マイに報告しなくちゃ。報告のしかたはもう決まっている。
「マイ、実は私ね、リョウのこと――」
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