5−4
「待てっ!」
「——」
リーダー格は西裏門を横目に通り過ぎ、学園の敷地内を逃げ回った。どうやら闇雲に逃げているようで、人通りの少ないところを通ったり、多いところをすり抜けたりしている。屋台が並ぶあたりを通り過ぎていると、人混みに遮られて向こうもうまく逃げ切れないようだ。人にぶつかりながら走り抜けて行く。
「焼きそばいかがっすかー、って、おい危ねえだろ!」
「いまならポイを十枚サービ——きゃあっ!」
「『銀河ビッグバン焼き』! おいそこの、走ってねえで食え!」
「——ッ!」
「なんちゃらビッグバン」の店長に顔面からなにかを押し付けられたリーダー格は、走りながらすこしよろめいた。顔面から闇の塊みたいな物体の破片を撒き散らしている。あれはほかでもない、初奈先輩を未曾有の腹痛のどん底にまでたたきこんだ、白銀川学園名物(?)『銀河ビッグバン焼き』だ!
「う、うげえ……」
リーダー格が顔面から撒き散らしている、見るからに腹でビッグバンを引き起こしそうな真っ黒な物体を見て、僕は思わず顔をしかめた。あれをまともに顔面から食らいながらなおも走り続けようだなんて、敵ながらあっぱれな根性だ!
屋台の並びを通り抜けて、彼は第二部室棟の方角へ走り抜ける。なかなか距離を詰められず、僕は焦っていた。このまま僕が追い続けても、彼との距離を詰められる気がしない。先に僕の体力が切れてジ・エンドだ。
このままではまずい……そう思ったとき。
「待たせたな、未草ちゃん!」
威勢のいい声が聞こえたかと思うと、第二部室棟の影から大勢の人間の姿がいっせいに飛び出してきた。白銀川の制服を着て全員なにかしらの「モノ」を抱えている。
あれは……楽器。
吹奏楽部だ。
「桃子さんっ!」
「話はたまたまから聞いた、ウチらが手ェ、貸したるで!」
「あ、ありがとうございますっ!」
「おらぁ、久々の戦争やぁ! おまえらの気合い、ここで見せてみいぃっ!」
「オオオオオオオオオオ」
先陣を切る桃子さんの後から、地鳴りのような怒号を響かせながら吹奏楽部員がリーダー格のあとを追う。抱えている……というかむしろ振り回してすらいる楽器は、もはや武器か凶器にしか見えない。いいのか、あんな使い方して。僕はその光景を見ながら呆れた。なんなんだこいつら。吹奏楽部員だろ? 戦争戦争うるさい部長の影響からか、血の気が多い連中なんだろうか……ほとんど女子なのに。
リーダー格を追いかけ回す吹奏楽部員のなかには、環先輩との聞き込みのなかで話を聞いた生徒も混じっていた。「コントラファゴット」の一年、双子の姉妹もいる。
「戦争だよ、ね?」
「ね」
「日頃の練習の成果を見せるときだよ。ね?」
「ね!」
かわいいなりして怖い言葉を放つ子たちだ。ていうか、戦争が成果を見せるときって日頃からどんな練習してんだよ。
「こ、怖ぇ……」
僕と関わるこの学園の女子がへんなやつらばかりなのは、前世からの因縁かなにかか? このままだと僕、女性恐怖症になっちゃう……!
殺気立てて追ってくる吹奏楽部員たちに恐れをなしたのか、リーダー格は逃げるスピードをあげたように見えた。学園を流れる白銀川のほとりまでたどり着く。ここまでずっと走りっぱなしで、僕の息はぜえぜえと途切れかけていた。もう限界が近い。そしていくら殺気立った吹奏楽部員でも、彼女らは重たい楽器を持った女の子たちだ。身軽で足の速い男には体力面でどうしても劣勢となる。根性で逃げ続けるリーダー格を追い詰めるのは、もはや不可能に思われた。
白銀川の河川敷、そこで僕たちの体力が限界を迎え、リーダー格を逃がしてしまうかと思われた。
そのとき。
「いまだ、撃てッ!」
鋭い掛け声が河川敷に鳴り響いた。それとほぼ同時、シュルルルとなにかが炸裂するような音が聞こえ、目の前でいくつもの光が閃いた。前を走っていたリーダー格の男にぶち当たり、彼の身体が横に吹き飛ぶ。
「……っ?」
あたりには硝煙が立ち込め、風に運ばれてきた火薬のにおいが鼻腔をくすぐった。ふたたび訪れた突然のできごとに、僕は目を回す。
閃光、硝煙、火薬……。
そして河川敷。
もしかして……?
「ふん、くだらん役目を押し付けやがって」
「き、桐宮会長……っ」
河川敷愛好会・桐宮会長だ。彼のうしろには、大量のロケット花火を握りしめた愛好会会員が十人、たくましそうに立っている。そして、倒れたリーダー格の身柄を拘束してくれた。
「どうして——」
「勘違いするな、俺は夏日にどうしてもと頼まれたからやっただけだ。偶然ここで花火をしていたらおまえらが通りかかった、ついでだったから手伝ってやった、ただそれだけのことだ」
「ありがとうございます。うれしいです」
「なんや桐宮、まだ夜ちゃうで。こんな時間に花火なんてやるわけないやろ、見え透いた嘘つかんでええねん」
「……っ」
どうやら図星だったようで、桐宮会長はばつの悪そうな顔を浮かべる。ぶっきらぼうでつっけんどんな桐宮会長だが、その実は妹思いの良きお兄ちゃんだ。そして、ぶつぶつ文句を言いながらもなんだかんだで僕たちに力を貸してくれる。
桃子さんをはじめとした吹奏楽部員にも、桐宮会長たち河川敷愛好会のみなさんにも、いくら感謝しても足りない。
彼らの協力により、僕たち三人はついに「柊阿久乃親衛隊」のリーダー格を捕まえた。愛好会員たちに取り押さえられている彼に駆け寄り、頭にかぶっている三角巾をもぎ取る。素顔を現したリーダー格の男は、「いてて、ゆ、許して」と情けない声を上げた。
そんななか、リーダー格のスマホが鳴った。僕は彼のポケットからそれを取り出し、画面を確認する。リーダー格が「あ、ちょ、それは」と慌てて僕を制止しようとするが、愛好会員からさらに強く締め上げられてあえなく黙り込む。
僕は「通話」をタップし、スマホを耳に当てる。
『なにをやってる、報告が遅いじゃないか』
腹に重苦しく響くような声が、受話器の向こうから聞こえた。リーダー格に指令をしていた人物だ。あの広い部屋で椅子に座って、リーダー格からのを待っていたんだろう。
柊阿久乃の身柄を捕らえた、これで柊政権は棄権となる、という報告を。
「……残念でした、副理事長。これでゲームオーバーです」
『……っ、だれだ、きさま』
「あなたの負けですよ」
『なにを言って——うわあァッ!』
鋭い悲鳴が受話器から聞こえたかと思うと、『喝ッ!』という掛け声とともにびしりっ!と快音が響いた。『被疑者確保ッ!』初奈先輩だ。別働隊として副理事長室に向かっていた初奈先輩には、リーダー格と連絡を取ったタイミングで副理事長の身柄を押さえてくれるようにお願いをしていたのだ。
『レン、任務完了だ』
「ありがとうございます、初奈先輩」
ど、どうして……と、副理事長のうめき声が聞こえる。『どうしてわかったんだ』
「校章ですよ」
『校章……?』
「そうです。善桜寺さつき会長の校章です」
『それがどうした』
「あの校章を拾ったのは僕です。それはあなたが僕たちを副理事長室に呼び出したとき、あなたに説明しました。でも、肝心のさつき会長本人には、僕が拾ったことを伝えていないんです」
『……っ』
「そして、われわれ柊政権はその届出をしていない。つまり、僕たちがさつき会長の校章を拾ったこと、それが柊政権の生徒会室にあることを、さつき会長は知らないんです。この学園でそれを知っているのは……僕たち柊政権と、副理事長しかいない」
『……くそっ!』
悪態をついた副理事長にふたたび竹刀の喝が入り、彼の悲鳴が響いた。
『わかったよ、認める。きさまら柊政権の生徒会室から、善桜寺さつきの校章を回収するように指示を出したのは、俺だ』
「では、『柊阿久乃親衛隊』という組織の設立に関わったのも?」
『ああ。柊政権の生徒会活動を妨害するためにつくったものだ。すこし成績の芳しくないものに単位をチラつかせてやれば、動かすのは簡単だった』
こすっからいやり口で僕たちの生徒会活動を妨害していたのは、ほかならない副理事長だったのだ。きっと「理事長の椅子」とやらに近くから、というしょうもない理由だったんだろう。へどが出る。
「じゃあ——」頭に来た僕は、思わず強い口調で副理事長に詰問する。「会長の天球儀をばらばらにするように仕向けたのも、あなたですか」
しかしその問いに対して彼が言った返答は、妨害工作への反抗作戦がまだ終わっていないこと、そして、僕たちの選挙が最悪の結末へと向かっていることを告げる。
『天球儀? 知らんな。そんなくだらないもので遊ぶように言った覚えはない』
「……っ」
僕は息を飲む。そばにいた環先輩と夏日に目を向けるが、彼女たちも不安な表情を隠せないようだ。
柊政権の生徒会活動妨害事件の首謀者である副理事長は、阿久乃会長の原点である天球儀の破壊に、関わっていない。
それはつまり、天球儀を破壊した「真犯人」が、
そのとき、僕のスマホが鳴った。リーダー格のスマホを置いて自分の画面を見ると、阿久乃会長からメッセージが入っている。環先輩と夏日にも入ったようで、彼女たちも自分のスマホの画面を見つめた。そして、その表情が一瞬にして青ざめる。
メッセージを読んだ僕は自分の目を疑った。その文字列の示す意味を理解すればするほど、心臓が締め付けられ、目の前が真っ白になっていく。
どうして、どうしてこんなことに——。
『ただいまをもって、柊政権は解散とする。おまえはもう生徒会奴隷ではない、自由の身だ。いままでありがとう』
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