5−5

 初奈先輩、環先輩、夏日、そして僕の四人は生徒会室に戻った。がやがやと賑わう学園のなかで、まるでべつの惑星に迷い込んだように薄暗い生徒会室。しんと静まり返ったその部屋には、会長の姿はなかった。

「くそっ」 

 初奈先輩が奥歯を噛み締めながらうなる。「阿久乃はどこへ行ったんだ、解散ってどういうことだ」

「もうすぐ演説がはじまってしまうわ」

 環先輩が時計を見ながら言った。僕も壁掛けの時計に目をやる。午後三時四十五分。候補者の演説は午後四時からはじまってしまう。阿久乃会長の演説順は十番目だ。候補者ひとり五分の持ち時間として、会長の順番が回ってくるまであと一時間しかない。

「会長が演説に出られなければ、選挙はどうなるんですか」

「……」

 先輩たちが目を伏せる。

「……え、演説を欠席すれば、き、棄権になります」

 震える声で夏日が答えた。

 棄権。

 つまりそれは、阿久乃会長が善桜寺政権に打ち勝つ道が、未来永劫閉ざされるということ。

「いかなる理由があっても演説を延期することはできない。自分の持ち時間までに演説台にいなければ、その候補者は棄権になる。それに」

 初奈先輩が言葉を繋ぐ。

「選挙の再開催には、生徒の過半数の同意と、選挙管理担当教員の承認が必要だ」

「選挙管理担当教員って……」

「ああ。副理事長だよ」

 不可能だ、と僕は思った。成績の悪い生徒をそそのかして「柊阿久乃親衛隊」という組織をつくってまで、阿久乃会長の当選を妨害しようとした張本人だ。会長が棄権した選挙の再開催を、たとえ全校生徒の半分の同意が得られたとしても、副理事長は承認しないだろう。

 あと一時間後、会長の演説順が来たときに会長が演説台にいなければ、会長は棄権となる。

 今回棄権になってしまったら、選挙の再開催を申し入れようにも、副理事長が承認しない。

 つまり、阿久乃会長を捜し出して説得して、演説台に立たせるしかない。

 そしてその会長本人は、生徒会の解散を告げて姿を消した。

 最悪の事態だった。

「どうしてこうなるんだ……きょうは選挙当日だぞ」

「これで終わりだなんて……」

「うぅ……」

 それぞれ目を伏せる先輩たちのかたわら、僕は窓際の机と椅子に歩み寄った。そこにはいまだばらばらに分解されたままの天球儀と、会長がいつも抱きしめていたコウテイペンギンのコウちゃんがあった。

 そっとコウちゃんを抱え上げる。

 彼がここにいる、そして会長がここにいないということは、やはり会長にはもう「世界のてっぺんに立つ」という気はないんだろう。どうしてですか、と僕は会長に語りかける。「星を掴む」と意気込んでいたあなたの気持ちは、僕に見せてくれたあなたのその瞳の光は、うそだったんですか?

 ふと目を落とすと、椅子の上に一枚の紙切れがあった。コウちゃんの尻に敷かれて気づかなかったみたいだ。

 拾い上げると、どうやら手紙のようだ。会長の筆跡ではない。だれかが会長に宛てた手紙。

「……みなさん」

 僕の声に、先輩たちが反応する。どうしたレン、どうしたのレンくん、そう答えて僕の言葉の続きを待つ。

 僕は言った。

「会長は拉致されました。妨害はまだ終わっていなかったんだ」

「どういうこと?」

「そうだ、副理事長は縛り上げたんだぞ」

「副理事長は天球儀の破壊に絡んでいません。あの日の副理事長の妨害活動は『僕らの生徒会室から善桜寺さつきの校章を回収する』ということだけでした。会長の原点である天球儀は、そのどさくさにまぎれてべつのだれかに破壊された」

「べつのだれかって……いったいだれに」

「そして、うその手紙で誘い込まれたんです」

 僕の頭のなかでパズルのピースがはまりはじめる。

 ばらばらになった天球儀。阿久乃会長の原点。世界のてっぺん。善桜寺さつきの劣等感。そして、手許の手紙に刻まれた文字。

『柊阿久乃へ

  未草蓮の身柄は預かった。彼を返してほしければ、世界のてっぺんまで来い』

 そのとき、学園内に放送が響き渡った。

『演説開始時間の十分前となりました。立候補者のみなさんは、大講堂裏口にお集まりください。繰り返します。演説開始時間の十分前となりました。立候補者のみなさんは——』

 僕は先輩たちに向き直った。そして言う。

「先輩たちは、選挙管理委員に掛け合ってなるべく時間を稼いでください。柊阿久乃は来るから、すこし待っていてくれ、と」

「レンくんはどうするの」

 不安そうに僕を見つめる環先輩たち。僕はその視線に応えるように、ぎゅっとコウちゃんをを抱きしめた。

「会長を連れ戻します」

 僕は言った。「かならず連れ戻します」

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