3−7

 ふたたび僕たちの顔を目にした桐宮氏は、前にもまして不機嫌そうな表情を見せた。僕のことなんてありったけの殺意をこめた視線で射殺さんとばかりににらみつけてくる。生徒会総務の桐宮さんにはふだんからさんざん犬のフンを見つめるような眼差しを頂戴している僕だけど、さすがに上級生の男からこんなにらまれ方をすると居心地が悪い。そろって僕をにらみつけてくる桐宮兄妹だが、どのみちにらまれるのならやっぱり女の子から涙目で罵倒されながらにらまれるのに限る……ってなにを考えてるんだ僕は! へんな性癖に目覚めそうになっててやばい!

「なんだ」

 そんな僕の胸中を知ってか知らずか(知っててほしくはない)、河川敷愛好会会長の桐宮氏は細めたその目をさらに細くしながらうなるように喋った。

「あなたに用があって」

 笑顔を崩さずに環先輩が答える。

「俺はおまえらに用はない」

「知ってるわ」

「なら帰って——」

「夏日ちゃんのためなの」

 環先輩のその言葉に、桐宮氏の動きが一瞬だけ止まったのを感じた。

「夏日のため?」

「ええ。私たち、のことを調べてるのよ。吹奏楽部でなにがあったのか、夏日ちゃんの身になにが起こったのか、私たちの生徒会長があなたたちにどんなことをしたのか、ちゃんと知りたい」

「なんでいまさら」

「ご覧のとおり新入会員も入ったことだし、レンくんの同級生である夏日ちゃんの入会経緯について、選挙の前にはっきりさせておきたいの。私たちもこの件についてはいままでしっかりと向き合って来なかった……それは申し訳ないと思っているわ。でも、このまま知らんぷりじゃいけないと思うの」

「直接訊けばいいんじゃねえのか、おまえの会長さまに」

「だめ」環先輩が首を振る。「いくら阿久乃が私たちの生徒会長だからと言って、今回の件で最初から阿久乃の肩を持つつもりはないの。あるていど事情を知っていて、私たち生徒会とはちがう視点であの一件を見ることができる、当事者以外のひとの話を聞きたくて。あなたしかいないの、桐宮くん。お願い、夏日ちゃんのためなのよ」

 そう言って環先輩が頭を下げる。桐宮氏の目の前に、金色の髪が流れるようにさらりと垂れ下がった。僕も彼女に続いて頭を下げる。

「……」

 桐宮氏が黙り込んだ。

 うまくいった、と僕は思った。桐宮氏は最初、彼の妹——つまり生徒会総務の桐宮夏日——はわれわれ生徒会に将来を潰された、と言っていた。彼が僕たちと話ができないのは、僕たちが桐宮さんに対して不義をはたらいたと思っているからだ。そんな僕たちが、今回は「桐宮夏日のために」動いていると言う。しかも本来は忠誠を誓うはずの生徒会長を差し置いて、自分の話を聞きたいと足を運んで来ているのだ。「悪の生徒会」がみずからの過ちをすすんで明らかにしようと、こうして頭まで下げている……これで桐宮氏は対話をする姿勢になってくれるだろうと、僕は環先輩に提案していた。

「……わかったよ」

 案の定、桐宮氏はなかばあきらめ気味につぶやいた。そして身体を引っ込めて同好会の部室へ僕たちを招き入れる。おたがいひそかにうなずき合ったあと、僕と環先輩は部屋のなかに入った。

「失礼しまーす……」

 河川敷愛好会の部室のなかには、同好会員の姿はなかった。部屋は雑然とした印象で、入って右を向いても左を向いてもモノがあふれて床を覆っている。ほんとうにピクニックにでも行くのだろうか、数人はゆうに入れるくらいの大きなテントがあるし、キャンプ用の機材なんかもそろっている。反対側に目を向ければ大量の花火が積み上げられていた。あそこに火を放ったらこの部室棟ひとつ消し飛ぶくらいの火薬の量だろう。ますますなにをやっている同好会なのかわからない。

 桐宮氏は若干戸惑っている僕たちふたりに席をすすめた。おもむろに椅子に座る僕と環先輩。しばらく待ってみたが、やはり歓迎のお茶とお茶請けは出て来なかった。僕は渇いたつばを飲み込む。

「で、なにを調べてるんだって?」

 桐宮氏が言った。先輩がそれに答える。

のこと。阿久乃が吹奏楽部の部会を襲って、夏日ちゃんを引き抜いてきた日」

「言っておくが、俺から言えることは少ないぞ。吹奏楽部の内情なんてわからん。知ってるのは『悪の生徒会』会長が吹奏楽部を襲って夏日を拉致したってことくらいだ。夏日自身も詳しいことは話したがらないし、持ってる情報としてはおまえらとさして変わらん」

 そんなことだろうとは思っていた。いちばんはじめに桐宮氏が僕たちを追い返したのは、僕たちが妹の将来を潰したからだ、という理由だった。それは将来を嘱望されていた吹奏楽から阿久乃会長がむりやり連れてきた、ということから出てきた言葉で、阿久乃会長が知っていたという「夏日の気持ち」を知っての言葉ではないんだろう。つまり、桐宮氏自身も「夏日の気持ち」とやらを知らない。持っている情報の量は僕たちとあまり変わらないということだ。彼女がかたくなに本件に関して口を開かないというようすからも、それは容易に想像がついた。

「去年の秋ごろ、桐宮さん——夏日さんに、なにか変わったことはありませんでしたか」

 僕の問いかけに彼は首を傾げる。

「変わったこと?」

「はい。元気がなかったりとか、なにか相談を受けてたりとか……」

 しばらく考え込んだあと、桐宮氏は「そういえば」という前置きのあとに言葉を続ける。

「相談を受けたことならあったな」

「ど、どんなことですかっ」

 前のめりになって思わず声をあげてしまった。環先輩も僕のとなりで桐宮氏にせまる。

「えっと、たしか……『仲直りの方法』を訊かれた」

「『仲直りの方法』?」

「ああ」桐宮氏がうなずく。「もともと口数が少ないやつだから、相談なんてめずらしいと思ってよく憶えてる。ひととおり考えつく方法を伝授してやったんだが、だれかとけんかしてんのかって訊いてもあいまいな反応しかしないから、詳しい事情はわからずじまいだ。けっきょくそれが役に立ったのかもわからん。口数は少ないまんまだったしな」

 これはもしかしたら有力な情報かもしれない。去年のコンクールの時期に、桐宮さんはだれかとけんかをしていた? そしてそのひとと仲直りすることを望んでいた?

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