2−7

 翌日、僕たち柊政権の面々は、学園のとある部屋で一堂に介していた。

 阿久乃会長、初奈先輩、環先輩、桐宮さん、そして僕の五人。みんなで律儀に一列にならんで黙って突っ立っている。そして同じところをじっと見つめている。みんなが思い思いのことをしているふだんの生徒会室ではなかなか見られない光景だ。しかしいま、そのなかなかない光景が繰り広げられている。なぜならここは生徒会室ではないからだ。

「きみたち」

 重苦しい男の声が室内に響く。その声は腹の底にでっぷりとたまった僕の不安と共鳴し、内臓を伝って心臓を震わせる。

 白銀川学園、副理事長室。

 僕ら生徒会役員が一心に見つめているところには、この学園の副理事長の顔があった。

「どうして呼ばれたかは、わかるかい?」

 広い肩幅をブラックスーツに押し込み、角刈り頭をジェルで固めたいかにもな風貌の副理事長は、会長から順番に僕たちの顔を眺めた。反対側の端の僕まで見据えたあと、ふたたび会長のほうへ目をやる。会長や先輩たちがどんな表情をして見返しているのかはわからないが、少なくとも僕はいたたまれない気持ちが満面に出ていたと思う。

 生徒数一万人を誇る白銀川学園の副理事長だ。当然いままで話したことなんてないし、ここまで間近で見つめたこともない。さすがは巨大学園を統べる学園役員の一角だ。その重厚なオーラは会長とは種類の違う存在感をまとっている。

「さあね」

 会長が答えた。それに対して、副理事長はふん、とひとつ鼻を鳴らした。

「そういえば、見慣れない顔があるな。新入会員か?」

 副理事長が僕の顔を見て言った。「あ、え、はい、えっと」たじろいだ僕の代わりに、会長が「そうだよ」と答えてくれる。

「二年B組、未草蓮だ」

「どうして柊政権なんかに」

 副理事長のその言葉に、初奈先輩が「なんかに、とはなんだ……」と反応する。しかし会長は淡々と質問に答えていく。

「落とし物の校章を届けてくれたんだよ」

「校章?」

「うん。善桜寺さつきのね」

「……ほう。届け出はしたのかね」

「なかなか忙しくてそれどころじゃないんだよねえ」

 会長がうそぶく。そのようすを見て、副理事長は顔をしかめながら「悪の生徒会が……」とつぶやいた。

「とにかく」副理事長はわざとらしく咳払いをして続ける。「問題があったそうじゃないか」

 問題、というは先日の阿久乃会長・はづきさん襲撃事件のことだろう。昨日の今日では犯人は見つからない。僕の心はさざめき立った。

「大したことじゃない」

「そういうわけにはいかんよ。仮にも当学園の生徒会長と、いまは部外者であれ永世名誉会長が、校舎内でなにものかに襲われたというんだ。学園としては放ってはおけん」

 仮にもとはなんだ……と初奈先輩がいきり立っているのが聞こえた。しかし会長は無反応だ。

「この時期だからなあ」

 そう言ったとき、副理事長の目が細められたのを感じた。

「善桜寺さつきの仕業じゃないか?」

 その言葉で、一瞬にして副理事長室の空気が張りつめる。先輩たちの息を飲む気配を感じる。桐宮さんも僕のとなりで声にならない声を上げたのがわかった。副理事長の表情に変わりはなく、細めた目で僕たちをにらみつけている。机の上で組んだ両手で、その口許は隠されていて見えない。

 善桜寺さつきの仕業。

 あのさつき会長が、阿久乃会長とはづきさんを襲ったっていうのか?

「ふざけるな副理事長、あんたなに言って——」

「天形(あまがた)くん。口は慎みたまえ」

 うぐ、と初奈先輩は言葉に詰まってしまう。まるで僕たちの反応を予期していたような態度に、僕は不気味な空気の揺らぎを感じた。

「善桜寺くんはいま四期連続の当選だろう。永世名誉会長という栄誉がかかっているじゃないか。絶対にそうだとは言えないが、可能性はゼロではない」

 阿久乃会長はさつき会長のライバルと言える。きっと彼女は次の選挙で阿久乃会長を下し、永世名誉会長になることを目論んでいるだろう。それはそれで理にかなっている。でも……秘密裏に阿久乃会長の妨害をしてまで、あのひとがその座を奪おうとするのだろうか。あの時計塔の上で出逢った煌めくような少女が、そんなことをするのだろうか。しかも阿久乃会長といっしょにいたのははづきさんだ。彼女の実の姉だというひとだ。さつき会長は、はたして実の姉に手を掛けてまで、永世名誉会長になりたいと思うようなひとなのだろうか。

「……ですが副理事長。善桜寺さんがそのような妨害行為をするとは思えません。彼女は私たち柊政権のライバルであり、同時によき友人でもあるのです」

 環先輩が毅然とした態度を示す。しかし副理事長は表情を崩さない。

「きみたちの言い分もわかる」

「ありがとうございます」

「しかしね、学園としてはこれ以上こういった類の問題を起こされては困るんだ」

「また起きるとも限らないでしょう」

「もう起きないとも限らない。ちがうかね?」

 環先輩も口をつぐんでしまった。そうだ、犯人はまだわからないんだ。僕たちが掴んでいる情報は「黒い頭巾をかぶった三人組」ということだけだ。頭巾なんて取ってしまえばわからないし、その頭巾の下の顔が一万人の生徒のなかにまぎれてしまえばもう追う手だてはない。むこうの目的がわからない以上、今回のような事件が再発しない確約なんてできない。環先輩もわかっているはずだ。

「……まあ、『疑わしきは罰せず』だ。善桜寺くんが首謀者だという証拠はないからな、彼女を疑ってかかるのもよくない。しかし今回の事件が解決しないなか、これ以上問題が大きくなるのは学園として看過できない。そこでだ」

 副理事長が声のトーンをひとつ落とした。

「柊くん。今回の選挙への立候補を、辞退しないか?」

「は?」

「え?」

「っ……」

 思いもよらない副理事長の言葉に、初奈先輩、環先輩、桐宮さんが反応した。僕も思わず耳を疑った。

 選挙への立候補を、辞退する?

 これまでの副理事長の態度は、この結論に僕たちを導くためのものだったのか。

「きみが襲われたのは生徒会長としてのポストを狙ったものだ。生徒会選挙を控えているこの時期、善桜寺政権が『永世名誉会長』に王手を掛けているこの時期に、対抗馬のきみが狙われる理由はほかにないだろう。狙われるような心当たりがもし仮にほかにあるというなら、それはそれでべつの問題になってしまうんだがね」

 例えば、その校章の件とか——副理事長は表情をぴくりとも動かさずにそう言った。僕は背筋が凍りつくような思いだった。先輩たちもおなじように思ったんだろう、「阿久乃……」「阿久乃ちゃん……?」と心配そうな眼差しを会長に向けている。

「……そうか、わかった」

 会長はそう言った。

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