2−8
「会長っ」
僕も思わず声をあげた。やめてしまうのか、立候補を? 「善桜寺さつきを倒す」ってあんなに意気込んでいたのに、副理事長の思惑でそんなにあっさり諦めてしまうのか?
しかし会長は、そのときはじめて僕に顔を向け、小さくしずかにうなずいた。まるで「大丈夫だ、心配するな」とでも言うように。
「物わかりが早いじゃないか。助かるよ」
「……うん、わかったよ。副理事長、あんたがクソみたいなろくでもない大人だってことがね」
「なっ……!」
「あたしは諦めない。もちろん立候補も辞退しない。これ以上問題が起こったらあたしたち自身で解決する。今回の事件の犯人もあたしたちの力で暴き出す。副理事長、あんたはもう黙っていてくれ」
これまで黙っていたせいで溜まったものを一気に吐き出すみたいに会長が畳み掛ける。副理事長に反論の隙を与えないほどだ。この会長の反応は予想外だったのか、副理事長はたじろいだ様子を見せている。
副理事長はきっと、「柊政権が次の選挙の立候補を辞退する」という結末へ持っていきたかったんだろう。そのための材料はたしかに揃っていたし、副理事長室で副理事長からこうも威圧されたら断れるものも断りづらい。辞退を説得するほどの舞台は揃っていたように思える。
しかし、それには欠陥があった。完璧に思えた副理事長の計算にほころびをもたらした、唯一の欠陥。
それは、相手が柊阿久乃だった、ということだ。
「副理事長、話はそれだけ? あたしもう疲れたから帰りたいんだけど」
僕は思わず笑ってしまった。これが柊阿久乃という人物なんだ。
「柊くん、その口のきき方は——」
「ほんじゃ、失礼しまーす」
みんな行こ行こ、と会長はそそくさと副理事長室を後にする。僕たちもそれぞれ「失礼します」と口々に言い、部屋を出て行った。
生徒会室に戻ると、会長は「あああ疲れた。やっぱずっと立ってんのやだわ」と言って窓際の席に身を沈めた。膝のうえにいつものペンギンを抱き寄せ、突っ伏してぬいぐるみに顔を突っ込む。
「それにしてもあのクソじじい、言いたいことばかり言いやがって」
「おいおい阿久乃、口が悪いぞ」意外にも初奈先輩が会長をたしなめる。「仮にもこの学園の副理事長なんだからな。それにしてもあのクソじじい、言いたいことばかり言いやがって」まったくおんなじこと言ってんじゃねえか。「は、はやく、くたばってしまえばいい、です……」もっと悪い人いた……。
「どうして副理事長はあんなこと言ったんでしょうかね。最初からあの結論に導こうとしていたみたいですけど……阿久乃会長の立候補を辞退させる、だなんて」
僕が口を挟むと、初奈先輩が眉間にしわを寄せた。
「利権だよ」
「利権?」
「やつは選挙管理担当教員だ。自分の任期に『永世名誉会長』が任命されたら、その功績が買われて学園理事長の椅子が近くなるんだろう。実際、いまの理事長もそういうルートをたどっていまの職に就いた。はづきが永世名誉会長に任命されたからな」
「はあ」
「ぼ、煩悩まみれの、老害……」もはやここまで言われると副理事長がちょっとかわいそうではある。
理事長の椅子。僕にとってはなんの魅力も感じない言葉だが、それに近い立場にいる大人にとってはちがうんだろう。利権、か。なんだか難しい言葉が出てきたなあ。巨大学園の生徒会選挙らしく、一気に政治的な色が強くなってきている。
「善桜寺さつきの仕業、か……」
初奈先輩がその言葉の意味を吟味するようにつぶやく。
「そ、そんなことあるわけないじゃないですか。あのさつき会長が犯人だなんて」
「おまえになにがわかるんだよ」
先輩は苦笑い。しかし、その笑顔もしだいにしぼんでいく。
「……もしもの話。そんなことはないと思うが、仮に善桜寺さつきが今回の事件の犯人だとしたら……」
どうする?と先輩が問いかける。しかし、その問いに答えられるひとはいなかった。僕だってそんなことはないと思っている。でも初奈先輩の言うとおり、僕になにがわかるんだろう。そんなのただの理想に過ぎない。「こうあってほしい」という勝手な期待でものごとを語るしかない。
「まあ、みんな気にしないで。あたしたちはあたしたちの、やるべきことをやるだけ」
そう言って会長は、窓際の天球儀を回した。
そうだ、僕にはまだ、やるべきことが残っているんだ。河川敷愛好会の次期選挙での票を確約しないことには、僕が会長の役に立てることはまずないだろう。
しかし、あらためて振り返ってみると問題が山積みだ。河川敷愛好会の件も、会長とはづきさん襲撃事件の解明も、副理事長からの立候補辞退勧告も……次期選挙へ向けてやるべきこと、片付けるべき問題はいっぱいある。それぞれの問題がいったいどういう結末を迎えることになるのか、それはだれにもわからない。
くるくる回る天球儀。それぞれが抱く思惑を引き込んで、それはどこの星に僕たちを連れて行こうとしているんだろう。
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