2−5
僕は生徒会室のドアの前で立ち尽くした。
ドアを開ける前から、なかからやかましい騒音が聞こえる。ぎゃあぎゃあ叫んでるひとり分の声はどう考えても会長の声だ。人がせっかく生徒会のために動いてるっていうのに、この人たちはいったいなにやってんだ……同意を求める意味で環先輩のほうにあきれ顔を向けるが、しかし彼女の感情は僕の抱いているそれとはちがうようだった。
「あら、この声……」
そう言って彼女がドアを開ける。するとなかからさらに騒がしい絶叫が聞こえてきた。
「あっちゃん! あっちゃああん!」
「ぎゃああああああ」
「あっちゃん元気ぃーっ? あいかわらずちっちゃくてちんちくりんでかわいいよォォオオっ!」
「うわああああやめろぉぉおおお」
「なんで逃げるのっ? 頭ぐりぐりさせてよォォっ!」
「やめろはづきぃぃいいいい」
「はっちゃん、たまちゃん、あっちゃんを捕まえなさい」
「御意」
「わかりました、はづきさん!」
「逃がさないよ、あっちゃん」
「あああああああああああああ」
「……なにこれ」
なかにいた桐宮さんに声を掛けると、桐宮さんも「よくわからない、です……」と困った顔をした。僕といっしょに生徒会室に戻ってきた環先輩は、らんちき騒ぎに混じって初奈先輩とともに会長を追い回している。
「ていうか、だれ? あのひと」
笑いながら会長を追いかけている、生徒会室への珍客を指差した。初奈先輩と環先輩を仕向けて阿久乃会長を手篭めにしようとしているほどだ、よほどの変人……じゃなかった、すごいひとなんだろう。「はっちゃん」「たまちゃん」って、先輩たちのあだ名だろうか。僕がそんなことを思いながら桐宮さんに訊ねると、彼女から返ってきた返答は驚くべきものだった。
「善桜寺はづきさん、です」
「……善桜寺?」
「……そうです」
「善桜寺って、あの善桜寺?」
「……」
「『善の生徒会』の会長の名前とおなじ?」
「……ぅぅぅ」
にわかには信じがたい事実を飲み込むために何度もなんども追及していると、しだいに桐宮さんの目に涙がたまっていく。そしてうす汚いものを見るような目でこう言う。
「そ、そうだって、言ってるじゃないですか……ミジンコ頭……ううう」
「ごごごごめん、泣かないで桐宮さん」
ぐすっぐすっと嗚咽を漏らす彼女を慰めながら(同時に罵られながら)、僕は生徒会室への珍客を見つめた。善桜寺ということは、さつき会長の親類か?
「たまちゃん、久しぶりじゃん! どっかに行ってたの?」
「はい、第三部室棟のほうに」
「たまちゃんもあいかわらず美人さんだねっ! お人形さんみたい!」
「いえいえ、そんな……」
環先輩はその言葉に照れを隠さない。「たまちゃん」というのも先輩のあだ名だろう。
「あ、あのひとは、善桜寺はづき。現・執政会長善桜寺さつきの、お姉さん、です」
「お姉さん……」
よく見ると確かにさつき会長に似ている気がする。まあ、さつき会長にお目にかかったのも一度だけだが、でもあのときのインパクトが強いせいでよく憶えている。ていうか、さつき会長ってお姉さんいたのか。うん、似てる。僕は勝手に脳内で彼女たちふたりを姉妹認定した。ぎゃあぎゃあはしゃぎ回っていることに気を取られてしまうが、はづきさんとやら、さつき会長に似てめちゃくちゃ美人だったのだ。
「は、はづきさんは、この学園の先代の生徒会長さん、だったんです」
「ほほう」
はづきさんもこの白銀川学園の生徒会長だったのか。善桜寺姉妹は揃いもそろって美人だし生徒会長だし美人だしすごいなあ。それに美人だし。
……ん?
「『先代の』……?」
先代、先代とどこかで聞いたことのあるワードを舌の上で転がしていると、ふいにはづきさんが僕のほうを向いた。
「おや? なっちゃんのとなりにいるのは、最近生徒会に入会したというニューフェイス!」
「あ、はい、ども」
僕は軽く会釈をして自己紹介をする。
「二年B組の未草蓮と言います」
まだくされん、ね。はづきさんが僕の名前を繰り返した。あだ名でも考えてくれるんだろうか。いままでの生徒会役員のあだ名のバリエーションは「あっちゃん(阿久乃会長)」「はっちゃん(初奈先輩)」「たまちゃん(環先輩)」、そして「なっちゃん(桐宮さん)」だ。暗黙のルールに従って「れんちゃん」あたりになるんだろうか。
「わたしは善桜寺はづき。よろしく、未草くん」
「はい、よろしくお願いします……」
ふつうに苗字くん付けだった。いやまあ初対面だし常識的に考えて当然なんだけれど「あだ名でも考えてくれるんだろうか」って妄想してた自分めっちゃ恥ずかしいし。なんだよ「れんちゃん」って。
「そういえば、なにしに来たの、はづき?」
「ん? べつになにも。みんな元気かなって様子見に来ただけ。せっかく日本に帰って来たんだし」
「……はづきさん、海外に行ってるんですか?」
会長とはづきさんの会話に、僕は思わず口を挟んだ。
「そうだよ。アメリカの大学に留学してるの」
なんでもないように言うはづきさん。すげえな、これだけ美人でそのうえ頭もいいんだなんて……。
「むこうの大学って休み長いんだよねえ」
「へえ」
「まあ自主的休暇だけど」
「ようはサボってんじゃねえか」思わず口に出して突っ込んでしまった。いっせいにみんなに見られた僕はあわてて口を手で覆う。
「言うねえ、きみ。そういえば、未草くんはなんの役職?」
そう訊かれて僕はたじろぐ。まさか善桜寺はづきさん、初対面で僕のいちばんデリケートな部分を刺激してくるとは!
「……奴隷です」
「……奴隷?」
「はい。生徒会奴隷です」
はづきさんの笑顔が一瞬凍りついたように見えた。しかしさすがは先代の生徒会長、すぐに表情に温度を取り戻し、ほっぺたをひくひくさせながら大げさに明るく振る舞う。「ぴ、ぴったりだと思うよっ!」フォローしようとしてんのかわからんけど結果的にたいへん失礼だな。
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