1−7

 翌日、ふたたび生徒会室に行く(やはり少し迷ってしまった)と、生徒会室は豪華に飾り付けられていた。

「なにこれ……」

 僕は呆気にとられながらあたりを見回す。折り紙を輪っか状に繋げた飾りが張り巡らされ、色のついた紙でつくった花の飾りがいたるところにくっ付いている。大小さまざまな風船が浮かび、まるでこれから小学校の学芸会かなにかがはじまりそうな様相だ。いくら生徒会長が小学生みたいだからといって、学園の高等部、それも生徒会室で学芸会をやるはずもあるまい。

 そんな異様な生徒会室のなかに、ひとりの生徒の姿を見つけた。くるくるくせっ毛ショートヘア、僕とおなじ二年生用のリボンを制服に付けた小さい女の子だ。僕と目が合うと、びくっと身体をこわばらせる。柊会長よりは低い背丈ではないが、なんだか小動物みたいな印象の生徒だ。昨日はいなかったけれど、彼女も柊政権の生徒会役員なのだろうか。

「あ、あの……」

 僕が声を掛けると、「ひぃっ」と小さく飛び跳ねる。いやいや、そんなびびらなくても。柊会長の恥ずかしいぷりぷりダンスを盗み見た前科はあるけれど、あれは完全に不可抗力だったし、僕は決して怪しいものではありませんよ?

「ぼ、僕は二年B組、未草っていいます。その、あなたは……」

「……」

 なんだかお見合いみたいな自己紹介になってしまったが、しかし彼女はやはり返事をしない。両手を胸にあててぷるぷる震えながら、僕を涙目でにらんでいる。

「きみ、二年生だよね? 転校してきたばかりなんだけど、僕も二年なんだ。生徒会室にいるってことは、きみもこの生徒会の役員なの? よかったら名前を教えてくれないかな」

 お見合いというよりナンパみたいになってきて焦ったが、そんな僕の心中を知ってか知らずか、少女はついに口を開いた。

「な……生ゴミみたいな、腐った目で見ないでください、この、へ、変態っ……!」

 僕は開いた口が塞がらなかった。このひといまなんて言った? 生ゴミって言ったか?

 僕は驚いて心臓をはねさせながら必死に抗弁する。

「いやっ、僕は生ゴミじゃなくて、二階級特進で奴隷なんだよっ。だから呼ぶなら『奴隷』って呼んで——」

 自分でそう言っておいて、僕は青ざめた。僕はなにを言っているんだ、いくら焦っているからといって、同学年の女子に向かって「奴隷って呼んで」はないだろう……!

 案の定、少女は大きな目を見開いて三歩後ずさった。胸の前で組んだ手はさらに小刻みに震えている。「奴隷……」とつぶやいて、あふれんばかりの涙を目に溜めて僕をにらみつけている。そして、次になにを言うのかと思ったら、こわばらせていた口許を少し緩めて、少しはにかむように赤ら顔で言った。

「お、お似合いですね……きも……」いや褒めてねえよそれ。

 僕は混乱していた。なんなんだこの状況は。善桜寺会長の校章を届けた後処理として「遺失物拾得届」を書きに来たはずが、昨日はなんでもなかった生徒会室が文化祭みたいに飾り付けられ、そのなかにいたひとりの見知らぬ同級生少女にはにかみながら罵倒されている……。

 なんだか最近たび重なる自分の不運を嘆きながら天を仰いでいると、生徒会室のドアが思い切り開かれ、聞き覚えのある声がした。

「たのもーっ!」

 驚いた僕がドアのほうを見ると、そこにはペンギンを抱えた柊会長、そして初奈先輩と環先輩の三人がいた。会長の両脇にいるふたりは買い物帰りのようにビニール袋を持っている。いや、そんな道場破りみたいな声出しても意味ないだろあんたの生徒会室なんだから。

「お、夏日(なつひ)来てたか。部屋もいい感じに飾り付けてあるじゃん。でかしたぞ、夏日っ!」

 会長が褒めると、夏日と呼ばれた少女は顔をうつむけた。恥ずかしいんだろうか。

「レンも来ているな。夏日の毒舌がトラウマにならなかったか?」

「……え?」

「彼女、桐宮(きりみや)夏日(なつひ)は毒舌のプロなんだ。夏日とはじめて会話した男子はだいたい一週間は学校に来られなくなる」

 恐ろしい女子がこの世にいたもんだ……ていうか「毒舌のプロ」ってなに?

「もしくは新しい性癖に目覚める。あ、もしかしてレンはそっちのタイプ?」

「ち、ちがいますっ」

「ひぃっ……へ、変態さんは、跡形もなく消えてなくなれば、いいです……」

「だからちがうって!」

 会長はけらけら笑った。このひと、さては僕で遊んでるな……?

「そういえばレン、ついに生徒会に入る気になった?」

「なってませんよ。昨日も言ったとおり、書類を書きに来ただけです」

「ちぇっ……つまんないの」

 会長は窓際の椅子にペンギンを抱えて座り、そこに置いてある天球儀をふくれっ面でいじくった。ぐるぐるぐる、と天球儀が回転している。初奈先輩と環先輩は手に持っていたビニール袋を部屋の机に置いた。

「……なんですか、あの袋」

 訝しんだ僕は会長に訊いてみた。

「生徒会に入ればわかるぞ」

「……じゃあいいです、教えてくれなくて。はやく書類をください」

 僕がそう言うと、環先輩が書類を僕のところに持って来てくれた。「悪の生徒会」と呼ばれるあの柊会長のことだ、一筋縄ではいかないだろうと腹をくくっていたが、手渡された書類にはちゃんと「遺失物拾得届」と書いてある。

「そこに署名をしてくれればいいわ。後続事務は私たちがやっておくから」

 環先輩が笑顔でそう言ってくれたので安心した。よかった、ほんとうに書類を書けば解放してもらえるみたいだ。僕ははやくこの生徒会室から出たいと思っていた。こんな変人ばかりに囲まれていたら気が狂いそうだ。

 ボールペンを取り出して、僕は書類の所定の場所に自分の名前を書き込んだ。「未」「草」「蓮」……一文字一文字書くたびに生徒会の面々が覗き込んでくるものだから、やりにくくてしかたがなかった。

 なんとか記入をし終えた僕は、書類を取り上げて柊会長に差し出した。

「はい、会長。書きましたよ、これでいいんですよね?」

 しかし会長はなかなかその書類を受け取らない。僕の目を見つめながら微笑んでいる。その瞳には、鋭い光が宿っているように見える。極光のように閃く光。そして、何者も寄せ付けない不敵な微笑み。

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