2−2

「なんですか、これ」

 僕はふたたび訊ねかける。ダーツ台なんて、生徒会の活動のなかでどうやって使うんだ?

 怪訝な表情を僕が隠さないでいるうちに、環先輩がダーツ台にゆっくりと歩み寄り、円盤に手をかけた。そして力いっぱい腕を振り下ろして円盤を回す。円盤は超高速で回転し、もはやそこに書いてある文字を読み取ることはできない。すると初奈先輩が突然、僕のとなりで「どぅるるるるるる」とわけのわからない奇声を発しはじめたので、僕は驚いて飛び退いた。

「なに言ってるんですか」

「どぅるる……きさまは無知だな。ムチムチだな」

「いやムチムチではないですけど……」

「む、ムチムチ未草くん……うわあ、は、吐きそう、です……っ! はやく彼の息の根を」桐宮さんムチムチの僕を勝手に想像して勝手に気分を害されて勝手に殺意を向けてくるのやめてくれないかな。

「どぅおるるるるるる」

「まだ言ってんすか。なんすかそれ」

「これはドラムロールのまねだ」いやまあそうだろうとは思ってたけどド下手クソだな!

「それでは参ります!」

 会長が超速で回転するダーツ台の前に立って身構えた。その右手には小さな羽根のついたダーツがあり、その眼はじっと回転する円盤を見つめている。生徒会室の空気が一瞬にして張りつめた。「円盤を回す」というだけの大役を終えた環先輩はしずかに隅に佇んでダーツの行方を見守っているし、初奈先輩は口が疲れたのか耳障りなドラムロールのまねをやめて会長の右手を凝視している。桐宮さんは両目をぎゅっと閉じたまま、両手を胸の前で組み合わせて握りしめている。僕は完全に取り残されていた。なんなんだこれ。しかも会長の右手をよく見ると、まだ箸の持ち方もわからない幼稚園児がするみたいな握り方で、思い切りダーツが握りしめられている。え、マジ? あれで投げるの? どう考えてもありったけの力と積年の恨みをこめて他人にブッ刺すための持ち方なんだけど。しかもこのなかでブッ刺される役目なの僕しかいないんだけど。マジなの?

「そいやあああッ!」

 豪快な謎のかけ声と同時に、会長の右腕が思いっきり振り下ろされた。とっさに身構えたがどうやらダーツの切っ先は僕のほうではなく、ちゃんとダーツ台に向かっているらしかった。お子ちゃまのお箸の握り方で乱暴に投げ放たれたダーツは、ぐるぐるぐるぐるとダーツらしからぬ縦回転でリリースされ、ぐんぐんダーツ台に向かっていく。そしてスコーンッ!と奇蹟的にも回転する円盤に突き刺さって止まった。

 生徒会室はまばらな拍手に包まれた。環先輩、初奈先輩が「お見事、さすが阿久乃会長」みたいななまあたたかい目で手を叩いている。桐宮さんはほっと胸を撫で下ろし、涙をいっぱいにためた目で会長を見つめている。ほんとになんなんだこれ。突っ込み追いつかないんだけど。

 環先輩がふたたびダーツ台に歩み寄り、いまだ高速で回転する円盤を止めた。ダーツはしっかりと円盤に刺さっている。その刺さっているところのエリアに書いてある文字を覗き込むと、鮮やかな金髪を搔き上げながら環先輩が「あらあらぁ……」と困ったような声を上げた。

「どうした、環」

 初奈先輩がつかつかとダーツ台に近づいた。そしておんなじように覗き込むと、表情を固まらせて「これは……やってしまったな……」とつぶやく。そして哀れみを含んだような複雑な眼差しを僕に向けた。

「どうしたんすか、なんですかこれ。これから僕の身になにが起こるんですかっ」

 もはや理解の限界を突破した状況に置かれた僕は先輩たちに訊ねてみた。でもやっぱり彼女たちは答えてくれない。しびれを切らしてダーツ台に走り寄って円盤を覗き込んだ。そこに書いてあったのは、「野球部」「吹奏楽部」「サッカー部」といった部活動の名前や、「落語研究会」「漫画研究会」「アニメーション同好会」などといった同好会の名前。そして、ダーツが刺さったエリアに書いてあった文字を見て、僕は思わず声を上げた。

「『河川敷愛好会』……?」

「未草蓮っ!」

「は、はいっ!」

 会長が突然僕の名前を叫ぶので、僕は飛び跳ねて彼女のほうへ向き直った。

「白銀川学園生徒会長・柊阿久乃が、おまえに『河川敷愛好会』へのロビー活動を命ずる! 杏沢ウィルベリー環とともに河川敷愛好会へおもむき、次期選挙での柊政権への投票を確約してこい!」

「え、ええっ?」

「以上っ!」

 会長はそう言って胸を張る。環先輩が「入会早々たいへんだけど……がんばろうね、レンくん」と声を掛けてきた。いったいなにがたいへんなんだ、投票を確約ってどうやるんだ、そもそも『河川敷愛好会』ってなんだ……? さまざまな疑念がうずまく僕の頭はだんだん熱暴走を起こし、しまいには胸を張る会長を見て「嗚呼……やっぱり阿久乃会長って、お胸ちっちゃいな……」としょうもないことしか考えられなくなっていた。

 生徒会奴隷——それは思ったよりも遥かに険しいいばらの道だったようだ。

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