2−1

 白銀川学園第二生徒会、柊政権。

 会長・ひいらぎ阿久乃あくの

 副会長・天形あまがた初奈はつな

 広報・杏沢あんざわウィルベリーたまき

 総務・桐宮きりみや夏日なつひ

 そして、奴隷・未草まだくされん

 生徒会役員名簿にならぶ名前を見て、僕は溜息をついた。なんだかとんでもないことになってしまった。この白銀川学園の生徒会役員になるなんて、思ってもみなかったのだ。クラスメイトからは「なにがあったの?」「どうやって入ったの?」「いったいいくら積んだの?」「奴隷ってなに?(それは僕が訊きたい)」と質問攻めに遭ってしまった。いくら「悪の生徒会」と呼ばれていても、そしていくら役職が「奴隷」というわけのわからんものであっても、この学園の生徒会は生徒会だ。その強権と横暴によるなんやかんやで内申点は天を突き抜けるのだ。クラスメイトの興味が集中するのは当然なのである。

 僕が入ったこの生徒会、柊政権は「悪の生徒会」と呼ばれている。「悪」があれば「善」もあるもので、善の生徒会と呼ばれているのは善桜寺政権。僕があの日、学園の時計塔の頂上で出逢った少女、善桜寺さつきの率いる生徒会だ。

 そう、この学園には、生徒会がふたつある。

「国会みたいなものよ」

 環先輩はそう説明してくれた。

「国会?」

「そう。だいぶ乱暴な言い方になるけれど、この国の国会も、与党と野党に分かれているでしょ。与党が政権を担当して、野党がそれを牽制・監視する。この学園の生徒会もおなじ。学園の規模が大きいから、生徒会の権限も大きなものにならざるを得ないの。でも、大きな権力を与えてしまうと執政政権の暴走を止められないから、選挙での得票数第二位の第二生徒会が、執政政権を牽制するようにできている。それが善桜寺政権と、私たち柊政権」

「なるほど」

 社会科はあまり得意ではないが、そんなようなことを勉強したような気もする。

「で、与党にあたるいまの執政政権が、善桜寺政権なわけですね」

 阿久乃会長はペンギンを抱えながら窓際の椅子に座り、そこに飾ってある大きな天球儀をいじっている。そしてふくれっ面でつぶやく。

「あたしは認めないけどな」

「半年に一回の選挙で、半期の執政政権を全生徒が決めるのよ」

「次の選挙はいつなんですか?」

「五月の上旬。約一ヶ月間の準備期間を経て、全校生徒の投票によってその半期の執政政権が決まるの」

「次の選挙は必ず勝つ!」会長が叫びながら飛び跳ねる。「打倒、善桜寺さつき!」

「いまは善桜寺政権が執政政権だとして……じゃあ、阿久乃会長はいつ執政政権だったんですか?」

「……」

 僕の問いかけに、会長の動きが止まった。天球儀は惰性で回り続けている。

「あ、あれ?」

 どうやら地雷を踏んだようだ。

「この学園に入学してからこのかた、阿久乃が執政会長になったことはない」

 初奈先輩が竹刀をべきべき鳴らしながら僕に詰め寄ってくる。桐宮さんにも「で、デリカシーのないゴミ虫……」と蔑まれた。純粋に疑問に思っただけなのにまさか地雷だなんて……。

「選挙に五期連続で当選すると、『永世名誉会長』に任命されることになっている。いわゆる殿堂入りだ。この白銀川学園の長い歴史のなかで、永世名誉会長に任命されたのは過去にたったひとり……先代の生徒会長しかいない。そして善桜寺さつきは、すでに四期連続で当選している」

「で、でも次の選挙で勝つんですよねっ!」

 僕が必死にフォローすると、どうしてか初奈先輩がどこか不満そうだ。

「……どうしたんですか、初奈先輩?」

「選挙では負けているが、ほかのところでは阿久乃は圧倒的に勝っている。きさまにはそれがわからんのかっ!」

「え、あ、はい、すみません」

 突然キレだした初奈先輩を前にして、僕は思わずたじろいだ。

「なんですか、その『ほかのところ』って」

「可憐さだ」

「……え?」

「こんなにぷりぷりかわいい生徒会長はほかにいないだろう!」そんなよくわからん理由でキレられても困るんだけど。会長も会長で「むぐう……初奈、またへんなことを……」と言いながらめっちゃ顔赤いし。なんだよこれ。

「あれ?」

 ふと目線を落とした生徒会役員名簿に、僕は不思議な光景を見つけた。

「善桜寺政権……善桜寺さつき。ひとりしか名前がありませんね。印刷ミスですか?」

「ちがうわ。ひとりなのよ」

「……ひとり?」

「そう。さつきちゃんは、ひとりで生徒会のすべての仕事をしているの」

 僕は絶句した。生徒会の仕事を、ぜんぶひとりで?

「やつは超人だ。四期連続で当選するだけのことはある。高校に入学した直後の選挙で、上級生の候補を抑えて当選しているんだ。尋常じゃない」

 初奈先輩がそう言葉をこぼした。高校入学の直後の選挙? さっき環先輩が「選挙は半年に一回」と言っていた。一学期ははじまったばかりだから、過去四回の選挙はそれぞれ二年前の上期と下期のはじめごろ、去年の上期と下期のはじめごろだろう。二年前といったら、阿久乃会長や善桜寺さつき会長を含めたいまの三年生はまだ入学して一ヶ月だ。学園に入学したばかりの新入生が、生徒会選挙に立候補して、あまつさえほかの上級生候補を押しのけて生徒会長に当選したっていうのか?

「それは、なんというか……ええと、すごいですね」

「ボキャ貧……クソ語彙……」桐宮さん言葉がうまく出てこなかっただけだから!

「でも、こんどこそわれわれ柊政権がこの学園のてっぺんを取る。打倒! 善桜寺政権!」

 阿久乃会長は拳を突き上げながらぴょんぴょん飛び跳ね、そして僕に向き直って言った。

「そうだ、レン」

「なんですか、会長」

「おまえにロビー活動を命じよう」

「ロビー活動?」

 小首をかしげる僕を、初奈先輩が「ああん?」とチンピラみたいな声を出してにらんだ。

「きさま、ロビー活動もわからんのか」

「す、すみません」

「我が生徒会の一員として恥ずかしいぞ、まったく」

 初奈先輩はこほんとひとつ咳払いをした。

「よし……環、説明してやれ」

「あんたもわかんねえのかよ」

「レンくん、ここの生徒会のロビー活動はね」律儀に説明してくれる環先輩。「選挙権を持っている生徒たちが、私たちにとって選挙でいい影響を及ぼしてくれるように根回しする活動のことよ。ようは、一般生徒に対して『うちに投票してください』って働きかけをするの。事前に生徒たちの投票の意向を掴んでおけば、集まりそうな票の数をあらかじめ把握できて対策を立てやすいし、なにより本番の選挙で優位に立てる」

「なるほど」

「個人個人に働きかけてたら期間が終わっちゃうから、効率よく活動できるよう部活動ごとに行うようにしているわ……阿久乃ちゃん、レンくんは今回どこに?」

「よくぞ訊いてくれたっ!」

 会長はそう叫ぶと、初奈先輩に命じて生徒会室の奥のほうからなにやら大きなものを引っ張り出させた。赤色の布が掛けられ、中身そのものがなんだかはよくわからない。

「なんですか、これ」

 僕がそう訊くと、案の定会長はなにも答えずに不敵に微笑み、掛けられていた赤い布を端から引っぺがした。布の下に隠されていたのは、

「……ダーツ台?」

 くるくる回りそうな円盤がついた、ダーツ台だった。真ん中についている円盤は放射線状に区切られ、それぞれのエリアに文字が書いてある。

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