1−3
翌朝、僕は生徒会室でのことの顛末をクラスメイトたちに説明した。
「なんだか小学生みたいな女の子が踊っててさ。声も掛けられなくて、慌てて逃げてきちゃったんだよ。あの子、どこから入ってきたんだろう。高校に侵入するなんてよくないよね、こんど見かけたらちゃんと注意してあげないと」
僕の話が終わっても、クラスメイトたちは言葉を発しない。どうやらみな、ぽかんと呆気にとられている様子だ。
「どうしたの?」
「どうしたのって、おまえ」
「あれ、もしかしてあの子もこの学校の生徒だった? だったらかわいそうなこと言っちゃったね、僕」
「いや、そういうことじゃ」
「生徒会室にいたってことは、あの子も生徒会役員なの? さすが巨大学園だなあ、やっぱりいろんな人がいるんだね」
「未草」
僕を制止するように、クラスメイトのひとりが僕の名を呼んだ。
「……なに?」
「会長だよ」
「……え?」
「そのちっちゃいやつ。この学園の生徒会長だよ」
こんどは僕が呆気にとられる番だった。
「……なに言ってんだよ。生徒会長は善桜寺会長だろ? あの背が高くて、美人で、やさしくて、頼りがいのある——」
「それは執政生徒会の会長だ。善桜寺さつき、通称『善の生徒会』の会長だよ。きみが昨日見たって言うのは、この学園にあるもうひとつの『第二生徒会』、柊政権の会長、柊阿久乃。通称——」
「たのもぉぉおおぉぉおおおッ!」
大きな音を立てて教室のドアが勢いよく開かれ、道場破りみたいなせりふが教室に響いた。クラスじゅうの視線が開いたドアに集まる。そこに立っていたのは、
「あ……」
昨日生徒会室で見た、小学生みたいな女の子。踊っている途中に振り回していたペンギンのぬいぐるみを、いまは胸の前で抱えている。そしてそのとなりには、長い青髪に切れ長の目をした女生徒が、竹刀を持って立っている。
「二年B組、未草(まだくさ)蓮(れん)。この場にいたら返事をしろ」
竹刀を持った女生徒が、冬場の鉄棒みたいに凍てつくような声で言い渡す。そこにいるクラスメイト全員が僕のほうを向いた。そして、約束の地へたどり着くためにモーゼが海を割ったように、クラスメイトたちが左右によけて僕の前に道ができた。その道の向こうには、ふくれっ面でペンギンのぬいぐるみを抱きしめている小学生みたいな女の子と、鬼のような形相でにらみつける竹刀女。これがモーゼの目指したという約束の地の光景か、いやそんなわけないだろなんだこの状況。なにこれこわい、なんかのドッキリ?
「未草蓮、いたら返事をしろ!」
「は、はいっ!」
思わず腹から声が出た。我ながらもいい返事だったと思うし、竹刀女が竹刀をべきべき鳴らしながら「いい返事じゃないか」と褒めてくれた。いや、この状況で返事のよさを褒められてもぜんぜんうれしくないんだけど。
そしてついに、ペンギンを抱きしめる小学生が口を開く。
「あたしは、この学園の生徒会長、柊阿久乃だ」
彼女の声が教室に響き渡る。思えば、彼女の奇蹟はこの瞬間からはじまっていたんだ。モーゼが海を割った奇蹟のように、彼女が僕の未来をほのかに照らしてくれる、その奇蹟の光になっていたんだ。
「おまえに用事がある。いますぐ生徒会室に出頭しろ」
でもこのときの僕は、まるで死刑の宣告をされたみたいに彼女の言葉を聞いていた。だって、彼女たちが来る前にクラスメイトが口にしていた言葉が、頭のなかを駆け巡っていたのだから。
——きみが昨日見たって言うのは、この学園にあるもうひとつの『第二生徒会』、柊政権の会長、柊阿久乃。通称——。
——『悪の生徒会』。
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