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 そもそも「出頭」という言葉を、生徒会室に行くことに対して使うべきではない、と僕は思う。この言葉はなにか悪いことをした人がおまわりさんのところへ謝りに行くときに使われるべきであり、学園の生徒が生徒会長に呼び出されるときに用いられるものではない。ましてや、僕のような善良な模範的一般生徒が「出頭」などする理由がどこにあるのか。そんなことを必死で主張する僕の言葉に対して、小学生と竹刀女は圧倒的ガン無視で廊下を歩いていった。

 やがて目的地に着いた。不安と緊張でどういうルートをたどったのかまったく憶えていないが、ふたりが立ち止まった部屋はまちがいなく昨日僕が訪れた生徒会室だ。

 ドアが開くと、なかにはもうひとりの生徒が立っていた。

「未草を連行してきた」

 竹刀女がそう言うと、その女生徒は僕を見据える。

「あらあらぁ、やっと来たのね」

 三年生用の赤いリボンを制服に着けた、長身で鮮やかな金髪を持ったその少女は、口に手を当てて微笑みながら言った。外国人みたいに整った容貌の女生徒で、一挙手一投足が流れるように優雅だ。彼女もこの生徒会の役員のひとりなのだろうか。

「未草」

 竹刀女があらたまって僕を振り返る。

「は……はい」

「なぜ連れて来られたか、わかるな?」

「わからない」とでも言おうものなら手に持っている竹刀をまるまる丸呑みさせられそうな剣幕で、竹刀女が僕に詰め寄る。こんな状況で詰め寄られる覚えはないが、心当たりがないと言えば嘘になる、というかどう考えてもあの一件しかないだろう。ぐるぐる巡る思考で僕が「え、いや、ええと」とお茶を濁していると、小学生がペンギンを振り回しながら叫んだ。

「こ、こいつ、昨日あたしの恥ずかしいところを見たんだっ! 初奈はつな、いますぐ竹刀でまっぷたつにしてくれ!」

 開口一番こわいことを言うので、僕は必死で主張した。

「あれは不可抗力だったんですっ! 決して小が——いえ、柊会長の恥ずかしいアイドルダンスを盗み見るために、生徒会室に来たわけじゃありませんっ!」

「こいつ殺す!」

 小学生の柊会長がペンギンを振り回しながら僕に襲いかかってくるのを、初奈と呼ばれた竹刀女が止めにかかった——と思いきや会長の背中を押して「思う存分いけっ!」とか叫ぶので、僕の顔面には振り回されたペンギンがべしべしと幾度となく振り下ろされた。

「いたっ、い、いたいです!」

「未草」

 ペンギンに蹂躙される僕に対して初奈先輩が真顔で声を掛けてくる。

「なんですかっ」

「ちなみに阿久乃のダンスはただの恥ずかしいアイドルダンスではない。とびきりミラクルキュートな悩殺ぷりぷりヘタクソダンスだ」

 知らねえよ、思わず突っ込みを入れようとしたところに、僕をなぶっていたペンギンが超高速で飛んで行って初奈先輩の顔面に突っ込んだ。

「初奈っ、なに余計なことを」

「まあまあ、いいじゃない阿久乃ちゃん。ところで、未草くん……だったかしら、どうして昨日生徒会室に来たの?」

 金髪の女生徒が柊会長をたしなめた。会長は「よくないけどな……」と不満そうだったが、どうやら僕を出頭させた本来の目的を思い出したようで、飛んで行ったペンギンを拾いに行ってから僕の目の前まで戻ってきた。

たまきの言うとおりだよ。おまえ、どうして昨日、この生徒会室にいたの?」

 そう聞かれて、だいじにしていた校章をポケットから取り出した。

「じつは、これを拾いまして……」

 校章を見せながら、僕はこれを拾ったときのことを彼女たちに説明した。善桜寺さつきなる人物に出逢ったこと、クラスメイトに聞くとこの学園の生徒会長らしいということ、迷いながらも自力でこの生徒会室にたどり着いたこと、ノックをしたけれど返事がなく、しかたなく部屋に勝手にお邪魔したこと……。

 僕がひととおり説明を終えると、会長は校章を矯めつ眇めつしている。

「ふむ。つまりこれは、善桜寺さつきの持ち物ってことだな?」

「お、おそらく……」

 僕がびくびくしながら会長の次の言葉を待っていると、彼女はとつぜん満面の笑みを浮かべて声高らかに言った。

「でかしたぞ、未草蓮!」

「……え?」

「さつきの落とし物をあたしのところに届けるとは、殊勝な心がけじゃないか。これでさつきの弱みを握ったぞ。この校章を人質にして、次の生徒会選挙で脅しを掛けてやる。あたしたちの勝利はまちがいなしだ!」

「やったな、阿久乃」

「よかったね、阿久乃ちゃん」

「あ、あの……」

「人質」だの「脅し」だの、なんだか物騒な言葉が聞こえてきたので、僕は恐るおそる会長に訊ねた。

「おまえもちゃんと褒めてあげないとな、未草蓮。よくやった、これで二階級特進だ」

「やったな、未草」

「よかったね、未草くん」

「よかったもなにも、二階級特進って殉職じゃないですかっ、僕死んじゃってますよ」

 僕がそう言うと初奈先輩がすかさず竹刀を振りかざして叫んだ。

「ならいますぐ死ねッ!」

「むちゃ言うなよ!」竹刀女こわい!

 必死に突っ込み(?)を入れて荒くなった息を整えながら、僕は会長に訊いてみる。

「ていうか、昨日ここに来たのが僕だってよくわかりましたね。身元は割れないと思ったんですけど」

「おまえのようなのっぺらぼうみたいに特徴のない顔を憶えるのには苦労したぞ」

 のっぺらぼうは顔に特徴がないどころか顔がないけどね。

「……あの一瞬で顔を記憶したんですか?」

「うん。あとは学生課に闖入して在校生の全履歴書を引っ張り出させた。そのへんの一年を誘拐して人海戦術で探せば、あとはわけないさ」

 さすがはこの白銀川学園の頂点たる生徒会長だ。その能力と権力は常軌を逸するものがある。

「下級生の男子なんてちょろいわよねえ」

 僕があぜんとしていると、この場にいる三人のうちではもっともまともそうだった環先輩がなんだか不安にさせるようなことを言う。記憶を愉しむような遠い目をしながら、右手で金色に輝く髪を搔き上げている。

「……どうやったんですか」

「……知りたい?」

 彼女は熱っぽい吐息を漏らした。僕は鉄みたいな味のする生唾を飲み込む。

「環はそういうの得意だからな」

 初奈先輩が口をはさんだ。

「そういうのってなによ」

「こいつはハーフで帰国子女なんだ。えっと、どこだっけ……お下劣?」

「イギリスよっ! もう、初奈は地理が苦手なんだから」いや苦手ってレベルじゃねえだろ。よりにもよって紳士の国になに言ってんだ。

「あの……二階級特進するとどうなるんですか」

 僕のその問いに、彼女はうすい胸を張って鼻を鳴らした。

「生徒会奴隷という役職を与えるぞ。光栄に思え」

「なんですかその役職……!」

「ちなみに生徒会奴隷は生徒会生ゴミから昇進すると就ける役職だ」

「生ゴミ……なにをする役職ですか?」

「あたしに罵られるのが仕事」

「とんでもねえですね」

「生徒会奴隷から昇進すると生徒会雑用になる。その名のとおり生徒会の雑用をこなす」

「生徒会生ゴミと生徒会雑用……、じゃあその間の生徒会奴隷はなにをするんですか」

「あたしに罵られながら雑用をこなす」

「最悪じゃねえか!」

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