シンノスケ、お嬢様に平手打ちされるの巻
「パパ」ステラは半笑いで言った。「うそでしょ?」
食堂で対面に座るリチャードは笑顔を浮かべたが、その顔はすっかり引き攣っていた。
「嘘じゃないんだなあ、これが」
「じゃあ冗談?」
「冗談でもない。ステラ、パパは決めたんだ」
ステラの崩さぬ笑顔。リチャードの背中は汗で濡れていた。
「君に新しい執事をつける」
「パパ」
「もう決めた。ウィルフレドが教育もした」
「それのことを言ってるんじゃないわよね?」
ステラは自身の右斜めに立っている、スーツに身を固めた男を指差した。かなり似合っていない。
「話が早い。彼が新しい執事だ」
「どうも」
怪しげな笑みを浮かべながら口を開いた男を見て、ステラはあからさまに嫌そうな顔をした。
「冗談! 私は女よ!?」
「別に男の執事が女性につくのはおかしい話じゃないぞ」
「私がイヤなの」
ステラはあからさまな視線をその男――シンノスケに向けた。
(よりによって東洋人!?)
黒い髪、浅く色づいた肌、少年とも青年とも、見方に寄っては少女とすら取れる幼い顔立ち。筋張った首を見て、漸く男と確信が取れる程の有様だ。エキゾチックの一言で括るにはあまりに大雑把だが、英国ではまず見ないタイプの相貌だった。
そんなシンノスケは涼しげな表情をしており、笑みとも区別のつかない程度に口元をゆがめた。それもまた、ステラを苛立たせた。
「お初お目にかかる、ステラお嬢様。シンノスケと申す。以後お見知りおきを」
(そして何だその言葉遣いは!)
英語は英語に違いなかろう。しかしその遣い方はあまりに古いものだ。
それを見慣れぬ東洋人が言うものだから、胡散臭さこの上なく極まりないとステラはシンノスケを睨みつけた。が、彼とくればどこ吹く風である。
――男爵であるリチャード・モーズリーには一人娘のステラ・モーズリーがいた。
歳は十八。そろそろ社交界にそして婿探しを、とリチャードが重い腰を上げてからはや二年。まだまだ若く焦る歳ではないのだが、彼女はあまりにおてんばで、そもそも執事をつけることも出来なかった。来る者皆蹴り飛ばし、解雇に追いやってしまうのだ。ずっとこのままの状態が続けば、彼女は貴族としての作法を身につける機会なく大人になってしまう。そうなると結婚もままならない扱いづらい男爵の娘として、惨めな老後を送ってしまうことに――
などというのは要らぬ心配ではあったが、執事をつけられないというのは実際問題ではあった。執事とは秘書であり、側近であり、運転手であり、ボディーガードである。主人の代わりに雑用をこなし、時には最上の友人として相談に乗り、また時にはその身を挺して盾にもなる――貴族が光なら、執事は影。表裏一体の存在なのであった。
クリスマスが近づく頃、大学の冬休みに入りヘイスティングスに戻ってきたステラは、そんな心配性の父から勝手に執事をあてがわれた、というのが今回の顛末である。
「とにかく認められないわ」
「そうもいかない。執事のいない貴族などありえないぞ。それにステラ、君は今まで一体何人の執事をクビにしてきたのだ?」
「えーっと……」
ステラはばつの悪そうな顔で上を見た。彼女は何かと理由をつけて、今まで十人以上の執事をクビにしてきていた。いくら奔放な彼女でも、今までの所業は後ろ暗いところがあったらしく、顔をしかめている。
「だからって、何もこんな」
「人種差別はいかんぞ」
「そういうわけじゃないけど」
黒人の執事はいたが、アジア人の執事は極めて少ない。そういうこともあって、ステラは戸惑っていた。
「じゃあ、貴方、何が出来るのよ?」
「いや、それでござるが」シンノスケは恥ずかしげにポリポリと頬をかいて、「自慢じゃないが、それがし記憶を失くしてしまってな。何も知らぬし何も出来ぬのだ」
リチャードは顔を掌で覆った。
「……え?」
「だから急いでウィルフレド殿に執事のいろはを習っているのだが、いやはや、もてなしとは奥深し。正直それがし入り口にも立てている気がしないでござるなあ」
はっはっはと爽やかに笑うシンノスケに、ステラは呆れ、リチャードは苦い顔をした。
「シンノスケ君。少し正直が過ぎるのでは」
「む。まずかったか、リチャード殿? しかしこれから忠を尽くさんという相手に隠し立てするのは良くはない」
「はっはっは」
リチャードは笑ったが、目は笑っていなかった。
「パパ」
「……はい」
「どこで拾ったの、これ」
ステラは笑顔で(こめかみに青筋を立て)、シンノスケを指でさして言った。
「聞いて驚くなわが娘よ。海岸に打ち上げられていたのを拾ってきた」
「本当に拾ってきたんかい!」
ばんばんと卓を叩く娘に、リチャードは顔をしかめた。
「ステラ。お行儀が悪い」
「どこの馬の骨とも知れぬ輩を、可愛い一人娘の執事にあてがおうって方が行儀が悪いと思うんですけど!」
ぷんすかぷんと怒ったステラは、勢いそのままにシンノスケへと向き直った。この時点で、彼女の思考はどうやってこの男を追い出そうかという一点のみに向けられている。
「貴方、それで、何も出来ないって言うのに私の執事になるつもり?」
「ご心配召されるな、ステラ殿。ウィルフレド殿は良い教師だ、それがしに良く執事の何たるかを教えてくれている」
そういうことじゃない、とステラは転びかけた。何を言っても暖簾に腕押し、チェーンの外れた自転車を延々とこぎ続けている気分であった。
それなら、とステラは目に怒気を込めて、相変わらずニコニコと笑みを崩さないシンノスケを睨みあげた。
「いいわ。どうせ私ってば自分で服も着替えるタイプの人だし、食事だって貴方が作るものじゃないんでしょう」
「おお、ご理解頂けたか」
「そんなわけないでしょう。雑用を除けば、執事には一つ、大きな役割が残っているわ」
む? と首を傾げるシンノスケに、ステラは人差し指を突きつけた。
「執事は身を挺して主人を護るのよ」
「おお。そうであった」
手をぽんと叩いて破顔するシンノスケとは対照的に、リチャードの顔からは焦りの色が消えない。
「ステラ、それ以上は」
「これから私が貴方をテストします。主人の身を護れるかどうか。基準は至って公平よ、私と戦って勝つこと」
リチャードがうめいた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
英国は芝生の国だ。
なだらかにどこまでも続く丘陵は一面草で覆われており、ロンドン等の大都会を除けば英国の風景は常にこういった具合である。それはヘイスティングスのモーズリー家の屋敷の庭でも例外ではなく、短く刈り揃えられた芝生に覆われていた。
シンノスケとステラは、そこで向かい合っていた。
「ルールはエペ。相手の身体に、先に突きを打ち込んだ方の勝ち、二本先取とする」
ステラは薄い青色のドレスをふわりと揺らしながら、手袋をつけた。手には一本のエペと呼ばれる競技用の剣が握られている。シンノスケの手にも握られていたが、両者の持ち方が明らかに異なっていた。
――ここ欧州において剣は貴族の嗜みであったが、英国では執事の生業でもあった。時には主人の代わりに決闘の場に立ち、時には無頼漢どもを追い払う、そういったことのために帯剣を許されている。実際に鞘から抜くことも少なくはなく、ステラがシンノスケを試すのは、嫌がらせ以外の意味も確実にあった。
「ウィルフレド、審判お願いね」
「ステラ」
「あれが万一勝てたら、私の執事として認めるわ」
娘の名を呼んだ父に、薄笑いを浮かべてステラは応えた。リチャードの顔には焦りを通り越して絶望が浮かんでいる。無理もない、今シンノスケは手に持ったエペを試しに振り回しているが、それが何とも頼りないものなのだ。どちらかと言えば、はたきで埃を落としている風な動きである。
「頼りない棒だ、これが剣なのか、ステラ殿?」
「競技用よ。相手を傷つける力はないわ」
ただし目を狙わないこと、とだけ付け加えると、心得たとシンノスケは頷いた。
(だからって、フェンシングも知らないなんて。これは本当に記憶喪失なのかしら)
それともとんでもない田舎者か、はたまたその両方か――どちらにしろウィルフレドは苦労しただろうと、ステラは心中で肩を竦めた。
「始めて、ウィルフレド」
「では。アンガルド(構え)」
ウィルフレドがそう言った途端、ステラはすうと身体を沈め、剣先をシンノスケの膝先へと突きつけた。
それを見たシンノスケはどうしていいか分からず、正眼に構えた――ただしエペの柄は短く細い。片手で頼りない風に剣先は揺れ、誰しもが見ちゃおれないと目を背けたくなるようなものになっていた。
「エト・プ・レ(準備は)?」
「ウィ」「イエス」前者はステラ、後者はシンノスケの言である。
「む? ……ウィ?」
シンノスケが慌てて言い直した途端、「アレ(始め)!」ウィルフレドの合図と同時に、ステラがするすると間合いを詰めてきた。かと思った途端彼女は一足飛びにシンノスケの胸元に飛び込み、それに先んじて風を切り剣先が彼の太腿を貫いた――
「ぬっ!」
だが実際剣先は丸く、押せば先がへこむような作りになっている。スイッチが内蔵されているのだ。シンノスケは身を捩ったが、そこに痛みが走ることはなかった。
ウィルフレドが、静かにステラの方へ手を挙げる。今の交錯で、ステラが一撃入れたと見なしたのだ。
「これじゃあ執事はおろか下僕も無理ね」
ステラは苦笑いして、元の位置に戻った。
シンノスケは呆然としていたが、二度三度とエペを振り、首を傾げた。
「速い」
正直な感想だった。反応もままならず、彼は一撃を易々と受けたのだ。
これがステラの執事を追い出すやり方だった。色々と難癖をつけ、最後にフェンシングで相手を仕留め、プライドを引き裂けば自ずから身を引く。執事は高級な専門職であり、そこまで虚仮にされて黙っている者はなかなかいない。問題はステラで、貴族だてらに仮にもプロの護衛たる執事候補を一方的にやっつけてしまう力量を持っている。今の今まで我侭を通し続けてきた拠り所はここにあった。
シンノスケの顔からにやついた笑みは消えて、鋭い眼光がステラを射抜く。表情の変化に一瞬彼女はたじろいだが、逆に不適な笑みを返して見せた。
「アンガルド(構え)」
ウィルフレドの合図で、再びステラとシンノスケは向き合い、互いに構えた。ステラは先と同じ構えだったが、シンノスケの姿が少々異なる。片手に剣を持ったまま、しかしそれはだらりと垂れており、おおよそ構えとは呼べないような、ごくごく普通に突っ立っているだけとも言えた。
(何のつもりかしら)
ステラの疑念も無理はない。
「エト・プ・レ(準備は)?」
「「ウィ」」
「アレ(始め)!」
ステラは再度間合いを詰めようとしたが、ぴんと自分へ向けられたシンノスケの剣先を見て急ブレーキをかけることになった。弾こうとしたが、剣先はとらえどころがなく、しかし確実にステラの正中線を捉えている。
(ほう)
ウィルフレドは目を細めた。
「小賢しいわね――」
しかしステラの疾風の如き剣捌きがそれを許さない。音を立てて弾くと、すぐさまウィルフレドの胸元目掛けて剣がしなった。
その瞬間、シンノスケが口元を歪めた。
「敗れたり!」
同時にその身体が独楽のように回った。ステラの剣はシンノスケの身体を捉えることはなく、逆に、シンノスケの手によって捉えられていた。刀身が掴まれたのだ。
一瞬時が止まり、シンノスケ以外の三人が目をむいた。
「ば、」
予測しなかった事態にステラは絶句したが、怒りで頬を紅潮させると、空いた方の手でシンノスケの頬を打ち抜いた。
「うお、何をするでござる!?」
驚いたのはシンノスケである。
「それは私のセリフよ! 剣を手で掴むなんて、貴方、なんてみっともない!」
「みっともない?」
「ウィルフレド!」ステラは父の執事を睨み付けた。「この男に剣士の嗜みは教え込まなかったの!?」
「残念ですが、時間が足らず」ウィルフレドの言い訳は事実である。執事のイロハのイから教えだすのはウィルフレドにとっても初めてで、まして相手が記憶喪失のシンノスケであったから、彼らの時間は一瞬で過ぎ去ってしまったのだ。
「いいこと、この東洋人」ステラはシンノスケの襟首を絞り上げると、「これは子供の喧嘩じゃないのよ! 貴方も執事を目指すなら、貴族相手に匹夫の振る舞いをみせないことね!」言うだけ言って、彼女は肩を怒らせ屋敷へと戻ってしまった。
見送るシンノスケの表情は、いかにもしょんぼりと言った風である。
「……ウィルフレド殿。それがしは無作法であったか?」
「そうですな」しかめ面で顎を撫でるウィルフレド。「無作法と言えば無作法。我らが主人に対し、正々堂々剣で己を示さないというのは礼儀に反する」
「左様であるか」はー、とシンノスケは溜め息を吐いた。
「これはただの試合ではない。シンノスケ、君の品格をチェックするためのインタビューでもある」
「成程。あい分かった」二度三度と大きく頷いたシンノスケ。その表情からは落胆の色が隠せず、飼い主に怒られた犬にそっくりだとウィルフレドは思った。
「ではそれがし、残念ながらステラ殿のお眼鏡には適わなかったと」
「いやあ、そうとも言えないぞ」リチャードが意地の悪い笑みを浮かべた。「ステラは不合格とは言わなかった。言えなかったのだな」
「言えなかった?」
「試合に負けたが、勝負に勝ったということだ。あの娘は私に似て、実利主義なところがある」機嫌を良くしたリチャードは笑みを絶やさず、
「そういうわけだから、シンノスケ君。これからもよろしく頼むよ。ウィルフレドの言うことをよく聞くこと」
「なんと、そうであるか」シンノスケは一転して破顔すると、「リチャード殿への恩は返しきれぬものがある。この一命、尽きるまで御身に預けよう」
「ははは、大げさなことだ」リチャードは高笑いすると二人に背を向けて屋敷へと歩き出した。
後にはウィルフレドとシンノスケが残されている。
「では我々も参ろうか、ウィルフレド殿」
歩き出したシンノスケの背中を、ウィルフレドはじっと見つめていたが、
「――閃光(フラッシュ)とも呼ばれたステラ様の剣を素手で掴むか」
剣呑な声色に、シンノスケは歩みを止めた。
「閃光?」
「ステラ様は剣術を得意とされている。オリンピックへの出場も薦められた程の腕前だ。シンノスケ、そんな達人を相手に、一体どうやって剣を掴むなどという離れ業をやってみせたのだね」
シンノスケは振り返った。その顔は困惑に彩られいた。
「そう申されてもな、ウィルフレド殿。自分自身でも分からぬのだ。できるという直感に導かれて、こう」シンノスケは自分の剣先を掴んで見せた。「やってみたら思いのほかうまく行っただけだ。それ以外にはない」
「それを信じると思うのかね」
「ウィルフレド殿。それがしの記憶は相変わらず不十分だ」シンノスケは首を振った。「良かろう。では、シンノスケ」ウィルフレドが腰から剣をゆっくりと抜いた。
「君の記憶ではなく、剣にこそ尋ねる。剣は正直だ。きっと真実を語ってくれることだろう」
執事の剣は競技用のものではない。飾り気のない武骨なつくりではあるが、それは立派なレイピアであり、先端は鋭く研ぎ澄まされている。
シンノスケの顔が強張った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その日ステラはなかなか眠りにつけなかった。
理由は様々であるが、その全てが一人に起因していた。勿論シンノスケによるものである。
(あの男が私の執事になるなんて!?)
あまりの悔しさに、ベッドの中で彼女は髪をかきむしった。
彼女が今まで自分に執事をつけなかったのには理由がある。彼女には憧れがあった。幼い頃にパーティーで会った親戚の子爵の娘が、それはそれは誰もが羨むような執事を連れていたのだ。二人は身分こそ違えどとてもお似合いに思えて、ステラもいつか同じように素敵な執事を連れて歩きたいという夢を抱いていたのだ。自分で選んだ理想の男を。
しかし、現実はこうである。父親がどこの馬の骨とも知れぬ東洋人、それも記憶喪失の男を、どこからか拾ってきて自分にあてがった。許しがたいのは、その上、
(私の剣を素手で掴むなんて)
改めて考えると異質な技である。記憶喪失だと言っていたが、そんな男があんな技を披露できるものだろうか?
(怪しいわ、あいつ)
怒りに目を爛々と輝かせ、ステラはシンノスケへの疑念を深めた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
疑念を深めていたのはステラだけではない。
同時刻、リチャードの寝室をノックする者があった。
「入りたまえ」
姿を見せたのは執事である。
「どうした、ウィルフレド」
渋面の執事に、リチャードは笑いかけた。
「リチャード様。本当に、本気であのシンノスケをこのままここに置いておくのですか」
「そうとも。この二週間で、シンノスケが悪い人間ではないことが分かったと思うが」
ウィルフレドは首を振った。
「そうとも言えません」
「どういうことだね」
「少なくとも、私はあやつを仕留めきれませんでした」
「なに?」突然の剣呑な台詞に、リチャードは目を見開いた。
「仕留められなかった?」
「はい」
「まさか、戦ったのか」
「はい」
「なんということを」リチャードは天を仰いだ。「相変わらず、お前は血の気が多い」
「リチャード様とステラ様をお守りするためです。それにあの男の真意を確かめるには、命の際を覗き込む必要がありました」ウィルフレドはほんの少し憮然として言った。
「それにしてもだ。まったく、我が娘と同じ真似をしてみせるとは」リチャードは眉間に皺を寄せ首を振ったが、「それで、どうだった。シンノスケは」
「そう、ですな」老執事の口調ははっきりとしたものではなかった。「あちらは攻めの手を見せなかったので」
「構わない」
「実に厄介、実に手ごわい相手だと。率直に、そう感じました」
聞いたリチャードは声に出さなかったが、口が「ほう」と動いた。
「彼に剣の心得はまずないでしょう。しかし私の剣は悉く避けられ、弾かれ、ついには傷一つつけられなかった。一体彼は何なのです」
聞いたリチャードの表情はどこか満足げだった。ウィルフレドはそれを見逃す筈はなく、「リチャード様はあの男の正体を知っておられた様だ」と咎める風に言った。
「そうではない。ただあの体つきだ、何かやっていたのではと期待をしていた」
ウィルフレドは首肯した。彼らの言うとおり、シンノスケは英国人からすると少し細身とは言え、その服の下は筋肉で押し上げられているのを知っている。
「で、賭けてみようと思ったわけだ。すると」リチャードは左の掌を右の拳で打って見せた。「ストレート」
「意地が悪いのではありませんか、我が主よ。このウィルフレドは下僕の身なれど、長年あなたの片腕として仕えてきたつもりです」
いつの間にか主人の術中に嵌められていたことに気付いて、ウィルフレドは諦めの口調で、しかし抗議の声を上げた。
「ヘソを曲げてくれるな。私がシンノスケがどこから来たのかを知らないのは誓って本当だ。ただ、」
「ただ?」
「ウィルフレド、君のお陰で心当たりが幾つか絞れた、ということだ」
「成程」執事がその言葉を出すまで少し時間がかかった。
「ここからは君に頼みたい。シンノスケの正体は知っておく必要がある」
声色が変わり、ウィルフレドは眉を顰めた。
「――お互い、仕事は引退した筈では」
「そうも言っていられないかもしれん。とにかく、大事かそうでないか、見極めなければなるまい」
「そんな男をステラ様の傍に置いて良いのですか」
ウィルフレドがそう言うと、リチャードは困ったように笑って、
「まあ、大丈夫、だろう。シンノスケは決して悪い男ではないと、私の勘が告げている」
呆れたと言わんばかりに、ウィルフレドは溜息を吐いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一方のシンノスケであるが、
(ま、マジで殺されるかと思ったでござる)
布団の中に包まりガタガタと震えていた。
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